Phase 08 激突
7月の終わり。
「薫、いいか。今日、颯天会に祖露門からのカネが輸送されてくる。恐らく、資金洗浄によってマネーロンダリングされたカネだろう。ちょっと手荒い任務になるかもしれないが、薫には現金輸送車を襲撃して欲しい」
「襲撃して、どうするんだ」
「そのまま颯天会の本部に向かって欲しい。僕は玄関で待っている」
「それってつまり、颯天会を襲撃するということか」
「そうだ。祖露門を壊滅させるためには、颯天会ごと叩かなければならない。颯天会に与えるダメージは微々たるものだろうが、祖露門に与えるダメージはかなりのものになるに違いない。これは一種の賭けだ」
「分かった。やれるだけ、やってみる」
色々と解決しなければいけないことが多いのに、いきなり「現金輸送車の襲撃」を頼まれるなんて、どういう事だろうか。あまりにも話が唐突じゃないか。しかし、彰悟からの頼みは断れない。僕は、黒い覆面を被り、彰悟から指定された場所へと向かった。指定された場所は、とても見覚えのある場所だった。それもそのはずだ。僕のバイト先、すなわち110シネマズ新宿の
「本当に、祖露門はここに来るのか」
「僕の勘を信じるんだ」
「勘なのか」
「東都電鉄歌舞伎町タワーが建っている場所は、かつて半グレ集団のたまり場として悪名を轟かせていたのは知っているか」
「そうだな。所謂『トー横キッズ』が屯していた場所は、ここで間違いない……そうか! 祖露門は、元々TODOシネマズ新宿の横の広場を拠点としていたのか!」
「ビンゴ! でも、東都電鉄がこの場所に複合型施設、つまり東都電鉄歌舞伎町タワーを建てると決めてから『浄化作戦』が始まって、『トー横キッズ』は姿を消したかに見えた。しかし、奴らはゴキブリのようにしぶとい。今でも、裏路地に半グレ集団や行き場を無くした子供たちが多数蔓延っているんだ。もちろん、その中には祖露門も含まれている」
「そうか。つまり、この場所から現金輸送車を襲撃すれば袋のネズミってわけか」
そんな話をしていると、怪しげな車がこちらに向かってきた。恐らく現金輸送車だろう。僕は、現金輸送車のドアをバールで
「薫、どうしてお前がここにいるんだ」
「さあな。拓実こそ、どうして祖露門なんかに入ったんだ」
車のハンドルを握っていたのは、紛れもなく薬研拓実だった。顔は薬によって痩せこけていて、目は虚ろだった。恐らく、覚醒剤を常用しているのだろう。
「俺には、俺のやり方がある。お前には関係ない」
「そんな事を言われても、僕は拓実を信じるしかない。もう引き返せないと分かっていても、拓実がいたから『歌舞伎町トラブルバスターズ』はここまでやってこられたんだ。だから、目を醒ましてほしい」
「巫山戯るなッ!」
僕は、拓実から投げ飛ばされるようにして車の外に放り出された。しかし、諦めるもんか。僕は必死で運転席にしがみ付く。
「しぶといなッ! 邪魔だッ!」
「そのしぶとさが、僕の悪いところなんだ。だから、諦めない」
「クソッ!」
車が急発進する。そして、猛スピードで新宿の街を駆け抜けていく。行き先は颯天会の本部、すなわち六本木である。当初のプランは滅茶苦茶になってしまったが、結果的に僕は颯天会の本部へとたどり着く事ができた。
颯天会の本部のエントランスでは、彰悟が煙草を吸って待っていた。
「薫、遅かったな」
「見ての通り、色々あったから」
「それで、拓実はどうなったんだ」
「颯天会の本部に着いた時点で薬品を嗅がせて、グッスリと眠らせた。一応、碧の方で保護してもらうようにしたから、心配は不要だ」
「それより、いよいよ祖露門と対決だな。自信はあるのか」
「正直言って、自信はない」
「大丈夫だ。僕が付いている」
「そうだな。仲間を信じる事が大切だからな」
「じゃあ、行くか」
「おうッ!」
こうして、僕は颯天会の本部へと入っていった。恐らく、祖露門の面々もここに潜んでいるのだろう。果たして、本当に僕は祖露門を壊滅させることが出来るのだろうか。心臓の鼓動を落ち着かせて、会議室へと向かう。
「出て行けッ! ここは部外者以外立ち入り禁止だッ!」
「それはどうでしょう」
「お前は、厚藤彰悟かッ! 裏切りやがったなッ!」
「裏切りも何も、僕は元々ヤクザなんかじゃないですよ?」
「じゃあ、一体何なんだ!」
「まあ、あなた達の言葉を借りるならば『歌舞伎町のネズミ』といったところかな? 一応これでも名前はあって『歌舞伎町トラブルバスターズ』っていうのが正式名称なんだけど、覚えてくれるかな?」
「そんな巫山戯た名前、覚えるわけがねぇよ!」
「そうですか。残念ですね。では、話を変えましょう。あなた達祖露門は先日ある女性を犯したそうですね。彼女の名前は鎌田悦子と言います。覚えていませんか?」
「確かに、オンナを犯したのは事実だが名前までは知らねぇよ!」
「あら、犯したとおっしゃいましたね。これは紛れもない事実だとみて間違いないですか?」
「クソッ! 口が滑っただけだッ!」
「言い逃れをしても無駄ですよ? 北条結弦さん?」
「おい、彰悟。どういう事だ。鎌田悦子を犯したのは興梠篤人のはずでは?」
「ああ、薫に説明するのを忘れていたな。北条結弦の本名は興梠篤人だ」
「それはどういう事だ」
「北条結弦は飽くまでもホストにおける源氏名だ」
「そうだったのか!」
「おいおい、2人して俺を追い詰めたいのか。確かに俺は鎌田悦子と肉体関係を持っていた。しかし、犯したことは一度としてないッ!」
「そんな事言っても無駄ですよ?」
「無駄だ? うるせぇなッ!」
「これを見ても、そんな事言えるんですか?」
その動画を見せると、北条結弦、もとい興梠篤人は焦りの表情を見せた。とあるキャバクラのVIPルームで談笑する2人。やがて、興梠篤人は鎌田悦子の服を脱がせようとする。当然、鎌田悦子は抵抗の表情を見せるのだが、興梠篤人が鎌田悦子に対して馬乗りになった。その後の事はあまり語りたくないが、少なくとも興梠篤人が鎌田悦子を犯したのは事実である。
「ど、どういう事だ。なぜこの動画が残っているんだッ!」
「普通、監視カメラというのは施設に対して何かトラブルがないか調べるために設置されている。当然、鎌田悦子が勤務していたキャバクラにもそれは設置されていた。彼女から事情を聞いたところ、犯された場所はVIPルームと言っていた。だから、僕はその場所の監視カメラを確認した。その結果、君の顔がバッチリと映っていた。ただそれだけの話だ」
「もういい。2人まとめてここで死んでもらう」
「そうですか」
拳銃に銃弾が
「どうした? 何をヘラヘラしている?」
「悲しんで死んだり、怒りながら死んだりするのはあまり良い死に方じゃないって事を母親から聞いたことがある。その母親は残念ながら病気でこの世を去ってしまったけど、その時の顔は安らかな笑顔を浮かべていた。記憶を保つことが難しい僕でも、その時の表情はよく覚えている」
「だからなんだ」
「僕は、死ぬことに対して恐れを持っていない」
「そうか。ならば、なおさら死んでもらうしかないな!」
引鉄が引かれていく。この距離に銃口が突きつけられるということは、即死を意味するのだろう。どうせ僕がいたところで、歌舞伎町の治安は良くならないし、何かが変わる訳ではない。でも、死ぬのにはまだ早いんじゃないかと思う。
「ちょっと待ってくれ」
「いきなりどうしたんだ。もうお前は死ぬしかないんだぞ」
「どうして、こんな真似をしているんだ」
「なんとなく、『悪』に憧れていたからだ」
「だから、半グレ集団を立ち上げたのか」
「そうだな。お前は、『関東連合』という半グレ集団を知っているか。彼らは元々関東でも有名な暴走族だったが、犯罪に手を染める事によって半グレ集団と化していった。川崎の小さな暴走族だった俺たちは、いつしか『関東連合のように関東を統一したい』という思いが強くなった。そのためなら犯罪も厭わないようになった。薬物、特殊詐欺、強姦、マネーロンダリング……そのつもりが無くても、俺たちは犯罪に手を染めるようになった。一度犯罪に手を染めると、もう引き返せない。それは分かっていた。しかし、歌舞伎町を拠点とする上で、俺たちは犯罪に手を染めるしかなかったんだ」
「そうか。君たちがやってきた事は、とてつもない重罪だ。それは法律で定められている」
「俺たちに法律なんて関係ない。ルールを破るのが、半グレ集団のやり方だ。他に言い残す事はないのか」
「言い残す事はもうない」
「じゃあ、死ねッ!」
覚悟を決めて、目を瞑る。今まで出会ってきた仲間たちの事。依頼人の事。そして、薬研拓実という相棒のこと。2週間以上の記憶を保つことが出来ないはずなのに、死ぬ間際になって色んなことを思い出したような気がする。今更思い出したって、どうせ待っているのは「死」だ。どうしてこんなときに記憶障害が治るんだ。そして、「あること」も明確に思い出した。僕は、口を開く。
「とりあえず、その拳銃を仕舞ってくれ。そして、僕の同級生である酒井任に会わせてくれ」
――全ての記憶を取り戻した僕は、同級生の名前を口にした。
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