Phase 06 裏切り

 クラブでは、EDMがけたたましく鳴り響いている。俺は、テーブルの中央へと座らされた。

「お前が、薬研拓実か。噂は聞いている。何でも『歌舞伎町トラブルバスターズ』を裏切って俺たちの元へとやってきたと」

「その通りです。俺は『歌舞伎町トラブルバスターズ』の活動方針に嫌気が差して、自ら裏切り行為に手を染めました」

「それで良かったと思っているのか」

「正直悩みました。けれども、俺の待遇を良くしてくれる場所なら半グレ集団でも利用します」

「そうか。改めて紹介するが、俺は祖露門のリーダーである酒井任だ。よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 そう言えば、あれから1週間経つけど拓実からの連絡が途絶えてしまったような気がする。彼の身に何があったのだろうか。

「そんなに薬研くんの事が心配なの?」

「ああ、心配だ。最後に会ったのは鎌田悦子から彼女を犯した相手を突き止める依頼を受けた時だからな」

「もしかして、薬研くんはんじゃない?」

「いくらなんでも、それは考えすぎだ」

「でも、薬研くんが私たちのやり方に嫌気を差していたのは事実よ」

「そうだな。最近、拓実の様子がおかしかったのは確かだ。なんというか、僕のことを恨んでいるような、そんな表情を浮かべることが多くなった」

「それは初耳よ。何があったのか、聞いてみるのはどうよ」

「流石にそれは拙いだろ……」

 重い空気が流れる中で、鎌田悦子がやってきた。

「あの、鯰尾さん?」

「はい。どうしましたか?」

「私にお手伝いできることが無いかと思って、こちらにやってきたんですけど……その様子だと、無さそうですね……」

「そんな事は無いです。例えば、興梠篤人のプロフィールを持ってくるとか、写真を持ってくるとか、そういうことでもいいんです。とにかく、少しでも情報があれば僕も拓実に情報を渡すことが出来ます」

「そうですか……では、少し待っていてください。プロフィールを持ってきます」

「ありがとう。助かるよ」

 数分後。鎌田悦子はコンビニでコピーを取って戻ってきた。恐らく、僕たちに対する情報提供だろう。

「これが、興梠篤人の情報か」

「そうですね。これ、ウチの店の出禁リストです」

「そうか。都内、そして関東にある半グレ集団及び暴力団、すなわち反社会的勢力はほぼ出禁扱いにしているんだな」

「当然ですよ。じゃないとクリーンな店作りが出来ないじゃないですか」

「なるほど。君の判断は正しいと思う。それで、この出禁リストを詳しく見せてもらってもいいかな」

「いいですよ。一応コピーですし」

 僕は、鎌田悦子が勤めるキャバクラの出禁リストをまじまじと見た。当然ながら、祖露門や颯天会の面々は出禁リストの中に入っている。意外だったのは、有名人の出禁も多いことだった。その中には、先日大騒動となった「プリティ・プリンス」のメンバーも含まれていた。彼らは西谷和義から女癖が悪いと聞いていたので、当然の話だろう。

「えーっと、興梠篤人……これだな。半グレ集団「祖露門」の幹部で、地位はリーダーである酒井任の次に高い。主に特殊詐欺や覚醒剤の密輸に関わっている事が多く、警視庁の組織犯罪対策課でも彼を追っている……か。中々厄介な人物だな」

「それと、これが興梠篤人の写真です」

「ありがとう。少しでも情報が得られると嬉しい」

「それで、これからどうすんのよ」

「僕は祖露門が運営するクラブへと突撃する。なんだか厭な予感がするからな」

「気をつけてよ。アンタ、最近色んな人から狙われているらしいじゃん」

「そうだな。一応覚悟は決めておくよ」


 こうして、僕は祖露門のアジト、すなわちクラブへと向かった。死神の影が見えたような気がしたけれども、ただの幻覚だろう。

「お前は誰だ」

「僕だ。『歌舞伎町トラブルバスターズ』のリーダーである鯰尾薫だ」

「歌舞伎町のネズミが、俺たちに何の用だ」

「興梠篤人に会わせてほしい」

「……それはどうだろうか」

 見覚えのある声が聞こえた。そして、見覚えのある顔が、

「た、拓実!?」

「薫、残念だったな。俺はもう『歌舞伎町トラブルバスターズ』の一員ではない。俺は祖露門の一員として、新しい道を歩むことにした」

「ふ、巫山戯るなッ! どうして拓実がそんな真似をするんだッ!」

「取引だよ」

「だ、誰だ!?」

 低い声と共に、長身の男性がこちらに向かってくる。スラックスが、善く似合うと思った。そして、長身の男性は僕に声をかける。

「ああ、俺が祖露門の幹部である興梠篤人だ。覚えておけ」

「君が、興梠篤人か。拓実の知り合いとは聞いていたが、どうして拓実を祖露門に誘ったんだ」

「お前たちのやり方に嫌気が差したからだよ」

「それは、本当か」

「本当だ。お前たちは『歌舞伎町トラブルバスターズ』として歌舞伎町のトラブルを解決していると聞くが、それは表向きの話だろう。裏では依頼人の女性を犯していると聞いた」

「う、嘘だッ! そんな事、僕はやっていない!」

「しかし、薬研拓実は言っていた。な」

「そ、そんな事はないッ! 僕は鎌田悦子を救おうとしただけだッ!」

「それはどうだろうか? お前が、は事実だろう?」

「そ、それは事実だが、そこまでの関係ではないッ!」

「そうか。ならば消えてもらうだけだッ!」

 銃口が、僕の額に向けられた。僕はこのまま死んでしまうのだろうか。なんとなく、走馬灯が走ったような気がする。これは、「死」を意味するのだろうか。

「お前はもうすぐ死ぬんだ。何か言い残すことはないか?」

「特に無い。強いて言えば、もう少しだけ長く生きたかった」

「それはどうしてだ」

「祖露門を、壊滅させるためだ」

「どうしても俺たちを壊滅させたいのか」

「そうだ。君たちは歌舞伎町の病巣、すなわち癌だ。だから、この手で癌を摘出するんだ」

「そうか。上等だ。ならば、死ねッ!」

 引鉄ひきがねが引かれる。心臓の鼓動が速くなる。銃殺ではなく、心不全によって死ぬのではないかというほど脈を打っている。どうせ僕は死ぬんだ。だから、僕は目をつむった。その時だった。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

「誰だッ!」

「なんか厭な気配がしたから、迎えに来てやったわよ」

「何だとこのクソビッチ!」

 華奢きゃしゃな体に、見たことがあるような顔。あれは……碧?

「碧、こんなところ来ちゃダメだッ! 早く帰るんだッ!」

「アタシは帰らないわよ。女だからって、ナメないでくれる!」


 ――もう、それで救われるのなら、どうなっても良かった。

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