Phase 05 喰うか喰われるか
とりあえず、僕は依頼人に名前を聞くことにした。
「名前を教えてくれ」
「
鎌田悦子と名乗る女性は、白い肌に青い
「何か、証拠になるものはないのか」
「証拠と言っていいかどうかは分からないんですけど、私には恋人がいたんです。恋人の名前は
「そうか。それは気の毒だな」
「薫、ちょっといいっすか」
「拓実、どうしたんだ」
「俺、興梠篤人と知り合いっす」
「それは本当か!?」
「本当っす。嘘吐いてないっす」
「ならば話は早い。なんとか興梠篤人を突き止めて欲しい」
「任せろっす」
こうして、僕は拓実に興梠篤人の所在を突き止めるように依頼した。これが吉と出るか凶と出るかは分からないけど、今よりはいい結果になるのではないかと思う。
俺は綺世にある「連絡」をした。それは当然興梠篤人に関する連絡だ。あの事故以来、綺世は家に
「なあ、綺世。少しいいか」
「拓実か。どうしたんだ」
「祖露門に、興梠篤人という人物がいたのは覚えているか」
「確かにいたけど、一体どういう事だ」
「俺、興梠篤人と知り合いなんすよ。なんていうか、腐れ縁? そんな感じ」
「どこでコネクションを持ったんだ」
「まあ、今はその時じゃない。それはともかく、俺は興梠篤人に会いに行く。だから、連絡して欲しいっす」
「仕方ないな。連絡するから、例のバーで適当に待ち合わせしてくれ」
「分かったっす。それじゃ」
綺世の言う「例のバー」とは、所謂ショットバーである。祖露門の息がかかっているという点を除けば普通のバーである。しかし、耳をよく澄ますと中から女性の喘ぎ声が聞こえる。つまり、「例のバー」はそういう店なのだ。
俺は、とりあえず「シルバーブレット」を注文した。その名前は「銀の弾丸」と訳される事が多い。銀の弾丸は、吸血鬼や狼男を仕留めるときに使われるという。そういうのは、飽くまで空想上の話ではあるのだけれど、俺はなんとなく「祖露門」という悪を仕留めたかった。だから、このカクテルを注文した。やがて、俺の座っている席の隣に大柄な男性がやってきた。俺は、その男性に話しかける。
「やあ、拓実。久しぶりだな」
「篤人か。こちらこそ久しぶりっす」
「相変わらず元気そうだな。組織犯罪対策課の方はどうなっているんだ」
「骨休めといったところっすね。今はある私設の組織のサポートに回っているっす」
「組織?」
「まあ、『歌舞伎町トラブルバスターズ』っていう巫山戯た名前の私設組織なんすけどね。何でも歌舞伎町の犯罪を自分の手で取り締まりたいという事っす」
「そうか。それは、俺たち祖露門もターゲットにされているのか」
銃口が、俺の額に向けられる。俺の心臓の鼓動が早鐘を打つ。一呼吸置いて、俺は質問に答えた。
「そ、それは無いと思うっすね。流石にそこまでは追ってこないんじゃないんすかね」
「そうか。だったら良いのだが」
銃口が引き下げられた。俺は一命を取り留めたのだろうか。しかし、相変わらず心臓の鼓動は速く脈を打っている。そんな状況下でも、興梠篤人から情報を引き出さなければならない。
「篤人、お前は誰かを愛した事があるのか」
「それは……まあ、あるな。鎌田悦子というキャバ嬢に、俺は惚れた。そして俺のモノになってほしいという欲望も芽生えた。しかし、彼女は俺を拒絶した。それは俺が祖露門の一員である事がバレたからだろうか。そして、俺は彼女を犯した」
「それだけの理由で、彼女を犯したのかッ!」
「それはどうだろうか」
再び、銃口が俺の額へと向けられる。正直、興梠篤人の顔が死神に見えた。ここでしくじったら、俺の任務は終わってしまう。まさに「喰うか喰われるか」の話である。
「そうだ、篤人。俺と取引をしないか」
「取引? 一体何なんだ」
「俺を祖露門のメンバーにしてくれ」
「どういう事だ」
「俺は『歌舞伎町トラブルバスターズ』のやり方に疑問を呈していた。俺にとって『歌舞伎町トラブルバスターズ』は飽くまで私設の組織であり、正式な警視庁の組織ではない。故に、俺のような組織犯罪対策課の警官からしてみれば、あんなモノは邪魔でしかない。だから、俺は自らの手で『歌舞伎町トラブルバスターズ』をぶっ潰す」
「祖露門に入ったら、二度と引き返せないぞ。それは分かっているのか」
「分かっている。だからこそ、俺は祖露門のメンバーになる」
「いいな。じゃあ、この
俺は自らの親指に針を指し、血を出した。そして、祖露門の契約書に血判を押した。ここまで来たら、もう引き返せない。俺は「歌舞伎町トラブルバスターズ」の一員ではなく「祖露門」の一員として生きていく道を選んだのだ。それは警視庁組織犯罪対策課だけではなく「歌舞伎町トラブルバスターズ」への裏切りをも意味する。でも、これで良い。俺は、修羅になるために産まれてきた。今は修羅の道への
「これで薬研拓実は正式に祖露門のメンバーになった。後は、背中に彫り物を入れるだけだ」
「分かった。出来れば、
「そうだな……ならば、
「最強の鬼神を背中に背負うのか。いいな。上等だ」
こうして、俺は彫り師の元へと連れられた。正直、背中に彫り物を入れる勇気は無かった。
「君が、新しい祖露門のメンバーか」
「はい。名前は薬研拓実と言います」
「そうか。阿修羅の刺青を施して欲しいという依頼だったな。任せておけ」
こうして、俺は半裸になって椅子に座った。彫刻刀が背中に当てられると、激痛が走った。きっと、彫り物を施しているのだろう。これぐらい、我慢してやる。
「終わったぜ。いい感じに仕上がった」
「ありがとうございます」
俺は、鏡で自分の背中を見つめる。鬼神の顔が、そこに浮かんでいた。これから、俺は修羅の道へと進んでいくのだろうか。それは「歌舞伎町トラブルバスターズ」に対する裏切りであり、「祖露門」への忠誠を誓う事でもある。
――そして、俺は祖露門が運営するクラブへと連れられていった。
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