Phase 04 アリアドネの糸

 それから、綺世は無事に退院した。緊急搬送から退院まで1ヶ月もかかってしまったので、僕たちからしてみればかなりのロスになったのは言うまでもない。そんな僕はと言うと、表の顔として相変わらず110シネマズでポップコーンを売り捌いている。それが仕事なのだから当然の話なのだけれど。

「あら、薫くん。相変わらずポップコーン売り捌いてんのね」

「それが本来の僕の仕事だから当然だろう。それで、今日は何を見に来たんだ。この時期は夏休みだから子供向け映画が多い。碧の眼鏡にかなう作品なんてあるわけ無いだろ」

「それがね、あるのよ」

「一体何なんだ」

「一つ質問。薫くんは『お化け』を信じたこと、ある?」

「いや、無いけど……」

「あら、そう。アタシは『おばけ百科』っていう夏休み映画を見に来たのよ。子供騙しの夏休み映画と雖も、矢っ張りキャスティングはそれなりにしっかりしているわよ。ビッグカップルで知られる古垣結衣奈が主演で、主題歌は古垣結衣奈の夫である星田源五郎が歌ってんのよ。中々Win-Winな関係だと思わない?」

「確かに、夫婦で同じ映画に関わっているのはWin-Winだな。利害関係の一致ともいうか」

「アタシと薫くんも、何かWin-Winな関係を築けたらいいんだけど」

「それはどういう意味だ」

「うーん、分かんない。あっ、映画始まっちゃうからアタシはこれで。またアジトで待っているから」

「わ、分かった……」

 碧が何を考えているのか、僕には分からない。けれども、共通の目的として「祖露門」の壊滅という目的があるのは言うまでもない。どこかに糸口を見つけられたらいいのだけれど、その糸口は蜘蛛の糸のように絡まって複雑になっている。そういえば、「アリアドネの糸」という言葉があったな。ギリシャ神話が語源となっていて、意味は確か迷宮で迷子になったときに道標みちしるべとなるべき糸だったか。もしかしたら、「祖露門」という迷宮にも「アリアドネの糸」があるのかもしれない。そんな事を思いながら、僕はポップコーンを売り捌いていた。


 やがて、夕方になる。僕のシフトはトラブルバスターズの活動に支障がないように組まれているので、退勤時間である。僕は制服を脱ぎ捨て、仮アジトへと向かう。仮アジトでは、碧と拓実、そして彰悟が待っていた。

「彰悟、久しぶりだな。颯天会への潜入捜査はどうなっている」

「順調ですね。どうやら颯天会の面々は僕のことを本当にヤクザだと思っているようです」

「それは本当か。しかし、僕の目にはどこからどう見てもホストにしか見えないのだが」

「最近のヤクザというのは強面こわもてよりもイケメンであることが重視されるらしいです。恐らく『インテリヤクザ』と呼ばれる面々の影響でしょう」

「なるほど。言われてみれば、颯天会は六本木の一等地に本部を構えていたな。フロント企業をうまく使えば、反社会的勢力であることをすり抜けることも可能だ」

「そうなんですよね。そういう事情もあって、僕は颯天会のフロント企業に配属されました」

「フロント企業とは?」

「ああ、要するに僕は歌舞伎町で女の子をスカウトする業務を任される事になった。スカウトした女の子はキャバ嬢としてキャバクラに対して売り込みに行く。そして、成功報酬は颯天会の金から支払われる。要はマネーロンダリングだよ」

「マネーロンダリングか。聞いたことはあったが、実際には地味な印象だな」

「動く金はおよそ10万円から多ければ100万円ぐらいですからね。まあ、最終的に金が流れる先は恐らく祖露門だと思いますけどね」

「そうだな。祖露門と颯天会が繋がっているのは紛れもない事実だ。引き続き突き止めて欲しい」

「分かっています。北条結弦の件もありますしね」

「薫、彰悟。俺からも質問っす」

「どうした、拓実」

「北条結弦って、どっかで会った事あるんすよね」

「それはどういう事だ」

「ほら、俺は裏社会に顔が広いっすから。どこで会ったかは忘れたんすけど、なんかイケメンだったんで写真は撮ってあるっす」

「これは紛れもなく北条結弦だな」

「彰悟、分かるのか」

「ああ、彼が北条結弦だ」

 拓実のスマホに映し出されていたのは、顔の整ったイケメンだった。仮に彼が北条結弦だとしたら、正真正銘のイケメンであることに間違いはない。

「そうだ。薫、このスマホの写真を『触媒』にして映像を見ることは出来ないのか」

「彰悟、そんな無茶な事を言うなよ」

「まあ、物は試しだ」

「そうだな。それで『何か』が分かるのなら、このスマホの画面を触媒にして真実を暴き出す」

「そうだ。その心意気だ。じゃあ、この写真を薫のスマホに転送するから、少し待っていろ」

 こうして、僕は拓実から北条結弦の写真を受け取ることにした。そして、そのスマホの写真を「触媒」にして手を触れた。

 何か、映像が見える気がする。しかし、黒いもやに包まれていて、断片的な映像しか見ることが出来ない。祖露門のメンバーとの会合で、高級フランス料理店にいる北条結弦。そこには、酒井任や江坂周作の姿もあった。

「俺たち、この仕事が成功したら颯天会の叔父貴おじきさかずきを交わす事が出来るんですか」

「そうですね。ただし、しくじったらその時点で破門です。慎重に頼みますよ」

「分かりました」

「まずは……」

 映像はそこで途切れてしまった。しかし、祖露門のメンバーが颯天会とコネクションを持っていること、そしてとある任務が成功したら祖露門のメンバーの誰かが颯天会の組員に昇進すること。これらは紛れもない事実であることが分かった。どこかで止めないと、祖露門という悪意は膨張して、歌舞伎町を黒い霧で包んでしまう。それだけはあってはならない。

「というわけで、薫、早速だけど依頼っす」

「拓実、詳しく教えてくれ」

「とあるキャバ嬢が祖露門のメンバーに犯された。薫には、キャバ嬢を犯した祖露門のメンバーを突き止めて欲しい」

「分かった。依頼人はそこにいるのか」

「ちょっと待ってほしいっす。悦子ちゃん、入ってきて」

「分かりました……」


 白い肌に、幸薄はっこうそうな表情を浮かべたキャバ嬢。それが、今回の依頼人だった。

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