Phase 05 接触

 噂には聞いていたが、薬物の売人は浅野希良々が言っていた通りとても気さくな男性だった。俺が言うのも違和感があるが、絵に描いたようなチャラ男といった感じだった。俺は、売人に話しかける。

「お兄さん、見かけない顔だね? 誰の紹介なんだ?」

「俺は浅野希良々の紹介でこちらに来た。『アイス』を売ってもらえないか」

「浅野希良々ねぇ。彼女は僕の優良顧客だ。だから、特別に『アイス』を5グラムで売ってやる。ほら、さっさと持っていけ」

「その前に、名前を聞いておきたい。ちなみに俺の名前は薬研拓実だ」

「そうだね。僕の名前は川口蓮かわぐちれん。歌舞伎町でをやっている」

「そうか。俺も歌舞伎町の裏社会に精通している。だから、今後も会う機会は多いはずだ」

「もしかして、同業者?」

「いや、同業者ではない。でも、コネクションは持っておきたい。それだけの話だ」

「なるほど。じゃあ、今後ともよろしく」

「ああ、分かってる」


 こうして、俺は川口蓮と名乗る人物からアイス、すなわち覚醒剤を入手した。もちろん、こんなモノを持っていたら俺は逮捕される。ここからが俺の仕事だ。俺はスマホで信濃綺世に連絡を取る。電話は直ぐに繋がった。

「ああ、拓実くんか。一体何の用だ?」

「綺世、業者が判明したっす」

「それは本当か」

「本当っす。名前は川口蓮と名乗っていたっす」

「川口蓮か。どこかで聞いたような……」

「恐らく綺世が追っている半グレ集団のメンバーの一員で間違いないっす。ところで、たまには薫に連絡取っているんすか?」

「そう言えば取っていなかった。薫の記憶が消える前に連絡を取らないとな。僕の方も色々と手掛かりを得た」

「マジで?」

「本当。しかし、これ以上陰でコソコソやっていると半グレ集団にバレるかもしれない」

「そうっすよね。引き続き、綺世は調査を続けてほしいっす」

「ああ、分かっているよ。それが僕の仕事だからね」

「じゃ、これで」

「次に会う時は、健康体で頼むぞ」

「それはどういう意味だ」

「いや、何でもないっす」

 こうして、俺は電話を切った。


「もしもし、薫?」

「なんだ、綺世か。しばらく連絡がないから心配したじゃないか」

「ごめんごめん。僕は今、『祖露門ソロモン』という半グレ集団に潜入しています。さっき拓実くんから連絡があったんですけど、業者は恐らく川口蓮という名前で間違いないでしょう」

「それは本当か」

「本当です。拓実くんは彼から『アイス』と呼ばれる何かを購入したようです」

「『アイス』か。恐らく覚醒剤の隠語だろうな」

「拓実くん、そんなモノ持っているんですか!? それじゃあ警察に捕まっちゃいますよ!」

「大丈夫、その心配は要らない」

「?」

「恐らく、拓実は今一人で戦っている。依頼人の事、覚えているか? 生憎あいにく僕は記憶を一部失っているから、曖昧あいまいなことしか思い出せないんだけど」

「確か、三笘直子という名前のキャバ嬢でしたよね。ダイエット薬と偽って購入したMDMAに手を染めてしまって薬物依存になった。そして、禁断症状による幻覚を見るのが怖いから、売人を追い詰めてほしいとかそういう話だった気がする」

「正解だ。僕の勘が正しければ、拓実は恐らく依頼人である三笘直子と接触しているところだろう」

「か、薫は依頼人の事を黒幕と疑っているんですか!?」

「まあ、半分正解、半分不正解といったところかな。薫は一連の薬物汚染の黒幕ではない。しかし、

「そ、それはどういう事ですか!?」

「今はまだその時じゃない。拓実からの連絡を待つしかないんだ」

「そんな事言われても……。矢っ張り拓実くんが心配ですよ」

「だから、心配は要らない。恐らく2日後には売人は逮捕されている」

「その言葉、信じていいんですよね」

「もちろんだ」

「はい……」


 川口蓮から『アイス』を入手した俺は、三笘直子に指定された場所へと向かった。そこは、ラブホテル街の一角だった。もしかして、俺は三笘直子とヤるつもりなんだろうか。確かに、探偵といえども女性との肉体的な接触は欠かせない。それは、新しい生命いのちを授かる儀式でもあり、コミュニケーションの一つでもある。案の定、三笘直子は色っぽい服に身を包んで俺を誘惑していた。

「薬研さん、こっちです」

「直子ちゃん、今日はよろしくっす」

「大丈夫。これ、今日使うゴムだから」

「そうっすよね。ゴム着けてないと直子ちゃんを妊娠させちゃうことになっちゃいますからね」

「薬研さんって、こういうのは自信あるんですか?」

「あまり自信は無いが、少なくとも直子ちゃんを満足させることは出来るっす」

「ありがとう」

 俺と三笘直子は、裸になる。そして、俺は三笘直子を抱きしめた。三笘直子のか弱い鼓動が、俺の手に伝わってくる。

 ――そして、俺は軋むベッドの上で三笘直子と一つの生命体になった。


 事が済んだ後、俺は本題に切り込んだ。仮令それが三笘直子の精神メンタルを傷つけるとしても、今の俺には関係なかった。

「なあ、直子ちゃん。お前、まさかだろうな」

「そ、そんな事ないですよ。っていうかなんで私にダイエット薬を売りつけた業者の名前を知っているんですか?」

「さっき、川口蓮と接触してきたからだ。これはだ」

「か、覚醒剤!?」

「ああ、純度100パーセントの本物の覚醒剤だ。もちろん、俺は使わないけどな」

「もしかして、あなたって只者ただものじゃないですよね」

「そうだ。俺は探偵だからな」

「か、帰って下さい!なんだかあなたにめられた気分です!」

「いや、帰らない」

「どうしてですか!」

「お前は既に

「えっ?」

「とぼけても無駄だ。じきにお前は捕らえられる。ほら、俺のスマホに着信が入ってきた」

「意味が分かりません!」

 困惑する三笘直子を余所よそに、俺は薫からの着信に出る。

「もしもし? 薫? 今なら三笘直子は文字通りの丸裸だ」

「そうか。ならば、追い詰めるだけだな」

「分かりました」

 ラブホテルの部屋の一室に、薫と律が乗り込んでくる。そして、遅れて川口蓮も入ってきた。川口蓮の腕には、手錠がかけられている。

「やれやれ、厄介な捕物とりものだった。拓実、今度からはもうちょっと早く気付いてくれ」

「れ、蓮さん!?」

「直子さん、ゴメン。俺、薬研拓実に嵌められた」

「どういうことなの?」

「薬研拓実は、だ」


 ――俺の素性が、バレてしまった。しかし、これ以上バラすことなんて何もない。

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