Phase 06 正体

「直子ちゃん、騙してすまなかった。俺が探偵と言うのは嘘だ。俺は警視庁の組織犯罪対策部の刑事だ」

「さ、さっきから意味が分かんないんだけど!?」

「まあ、厳密に言えば俺は刑事というか、潜入捜査官なんだけどな」

「もしかして、『歌舞伎町トラブルバスターズ』っていうのは……」

「あぁ、警視庁が用意しただよ」

「嘘つきッ!」

 俺は、三笘直子に平手打ちで殴られた。父親でさえ俺を殴った事は無かったのに。頬がヒリヒリと痛む。これは、愛のむちなんだろうか。もちろん、俺の父親が探偵と言うのは事実だし、俺が出稼ぎで上京したのも事実だ。しかし、「歌舞伎町トラブルバスターズ」がまさか警視庁組織犯罪対策部の直属の秘密組織だとは思わなかった。ある意味、俺も嵌められたのだろうか。しかし今はそんな事は関係ない。とにかく、川口蓮を追い詰めないと。

「川口蓮だったな。お前が歌舞伎町でのは事実なのか?」

「じ、事実です……。俺は元々田宮高校のスクールカウンセラーでした。いくら学校が荒れていると雖も、矢張りスクールカウンセラーは必要不可欠です。しかし、俺はスクールカウンセラーとして最低の行為をしてしまった。

「その薬物はどこから仕入れたんだ」

祖露門ソロモンという半グレ集団です。更にさかのぼると颯天会はやてかいという関東最大の暴力団に繋がります。祖露門は颯天会とコネクションを持っていて、北朝鮮から横流しされた覚醒剤やMDMAを仕入れていました。そして、俺は祖露門の一員として田宮高校に潜入。スクールカウンセラーとして薬物汚染に関わっていました」

「つまり、三笘直子や浅野希良々に薬物を手渡したのもお前だったのか」

「はい。その通りです。学校じゃ場所が悪いので、彼女たちには歌舞伎町まで来てもらうようにお願いしていました」

「なぜ、歌舞伎町を指定したんだ」

「田宮高校は新宿にある高校じゃないですか」

「そうだな」

「歌舞伎町に近い高校であることを考えたら、彼女たちも放課後に来やすい。流石に夜が深くなると子供にとって危険な街になってしまうが、夕方ならまだ安全だ」

「それだけの理由で、子供たちを薬物漬けにしたのかッ!」

「す、すみませんでした……」

「川口蓮容疑者、お前を薬事法違反及び覚醒剤取締法違反で逮捕するッ!」

「は、はい……」

 こうして、川口蓮は逮捕された。彼は悲しい顔をしながらうつむいていた。それは、後悔の念もあるのだろうけど、自分の生徒である子供たちを薬物で汚染してしまったという罪悪感もあるのだろう。それにしても、俺はこれで良かったのだろうか。伽藍がらんどうと化したラブホテルの一室の中で、俺は薫に話しかける。

「薫、これで良かったんすか?」

「ああ、良いんだ。拓実をおとりに使ったのは少し後悔しているけどな」

「どういうことっすか?」

「拓実、三笘直子に惚れていただろ?」

「そ、そんな事無いっすよ! 俺は依頼人として三笘直子と接触していただけっすよ!」

「いや、お前、三笘直子とヤッただろ」

「や、ヤッてませんよ!」

「いや、ヤッていた。ベッドの軋む音と三笘直子の喘ぎ声が丸聞こえだったぞ」

「そ、そんなぁ……。それはともかく、川口蓮の事を『厄介な捕物』と言っていたが、どういう事っすか?」

「ああ、話すと長くなる。それに僕はその時の記憶が曖昧あいまいだ。詳しくは律に聞くんだな」

「わ、分かったっすよ……」

 そういうことで、俺は律に詳しい話を聞くことにした。


「なあ、律」

「薬研君、どうしたんだ?」

「川口蓮を捕らえたのは、お前だったな」

「そうだけど……。なぜそれを僕に聞くんだ」

「薫のヤツがお前に聞けと言ってきたからだ」

「ったく、鯰尾君も面倒くさい人だな。仕方ない、僕の口から説明してやろう。あの時、川口蓮は祖露門のアジトの近くで煙草たばこを吸っていた。煙草と言っても、彼のことだから恐らく大麻だろう。不審に思った僕と鯰尾君が川口蓮に近づくと、危険を察知したのか彼は逃げ出した。もちろん、歌舞伎町の裏路地というのは人間の動脈と静脈のように複雑に絡み合っている。いくら東都電鉄が再開発で新しい複合ビルを建てたとしても、矢張り昔ながらの路地は厄介だ。最終的に川口蓮が逃げ込んだ先が行き止まりだったから、追い詰めることが出来たようなものだ」

「そうだったんすね……」

「とにかく、この事件は解決した。君に口出しできることはもう無い」

「わ、わかったっすよ……」

 相変わらず、俺は鯰尾薫と骨喰律の事が理解できない。それは俺が「歌舞伎町トラブルバスターズ」の外様とざまということもあるのだろうけど、矢っ張りもう少し2人の事をディグりたい。しかし、機密事項があまりにも多すぎる。いずれ分かることだろうけど、今はその時ではないのだろうか。俺は、そう思いながら味のしなくなったブルーベリーガムをずっと噛んでいた。

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