Phase 04 実態

 そういうわけで、俺は薫に頼まれて三笘直子が通っていた高校へと潜入した。そもそも、「歌舞伎町トラブルバスターズ」のメンバーは薫の高校の同級生で結成されている。薫は24歳なので、18歳である俺よりも6歳年上になる。つまり、この俺・薬研拓実が「歌舞伎町トラブルバスターズ」の最年少メンバーである。だから学校に潜入しても怪しまれないという利点を薫から買われて潜入捜査を託されることになった。三笘直子が通っていた高校は、所謂いわゆるFランクの高校であり、度々他校とのトラブルの火種として悪名をとどろかせていた。現に、校門の落書きがそれを示している。


「都立田宮たみや高校か……。そういえば、とあるショート動画投稿サイトで『強豪校』というレッテルを貼られていたな」

「そうなんですよ。でも、私の学力だとここしか通えないって中学校の時の担任に言われてしまって……。仕方なくこの高校に通わざるを得なくなってしまいました」

「それで、通っていた時はどうだったんだ」

「周りからの目が冷たいというか、『田宮高校に通っているからアイツはバカだ』と電車の中でも噂話をされていました。私はそれが厭で、退校したときは清々せいせいとしました」

「まあ、日本は学歴社会でなおかつ学力社会だ。つまり、ろくに勉強できなかった三笘ちゃんの家庭環境に問題があるな」

「あの、薬研さん。私のこと、直子と呼んでもいいですよ?」

「そうっすか。じゃあ、これから直子ちゃんと呼ぶことにするか」

「ありがとうございます。それで、鯰尾さんから調べてほしいと言われたこと、覚えてますか?」

「もちろんだ、その件に関しては俺に任せておけ」


 俺が薫から任せられた調査は「田宮高校での薬物汚染の実態」だ。薫の話が正しければ、歌舞伎町で発生している子供による薬物汚染の爆心地が田宮高校にあるとのことだった。そもそも、子供が歌舞伎町に出入ではいりする事自体が異常事態なのだが、それには何か裏があるのかもしれない。だから、俺は三笘直子のクラスである3年A組へと潜入することにした。3年A組は、普通の高校におけるA組とは思えない程荒れていた。黒板には卑猥な落書きが描いてあって、周りはゴミで散らかっている。そして、誰も先生の話を聞いちゃいなかった。俺でさえ、大阪の高校に通っていた時に3年のクラスがA組だったのだけど、進学校というのもあってここまで荒れていなかった。むしろ、厳格なスクールカーストの元に成り立っていたような気がする。もっとも、俺はそれが厭で仕方なかったのだが。

「こんな学校に潜入捜査するなんて、色々と申し訳ないですよね……」

「いや、俺は平気っすよ?」

「そうなんですか?」

「俺は、昔からこの手の荒れた学校に対する実態調査をすることに憧れていたからな」

「へぇ……」

「まあ、俺の父親は探偵だったからな。恐らく父親から受け継いだ血が騒いでいるんだろう」


 俺の父親は大阪でも名の知れた探偵だった。大阪で探偵というと金曜日の夜中にやっているバラエティ番組を思い出すかもしれないが、俺の父親はをやっていた。主に大阪府警が匙を投げた事件の解決を依頼されることが多く、ミナミの裏社会からも「探偵の鬼」として恐れられていた。そして、俺は父親に「探偵の修行をするためにはまずは東京で腕を磨いてこないと」と言われて上京した。そして、歌舞伎町でたまたま「探偵募集中」の張り紙を見つけた。それが「歌舞伎町トラブルバスターズ」の求人広告だったのだ。本来なら未熟な探偵である俺は門前払いを食らうところだが、薫に父親の事を説明したら「猫の手も借りたいところだった」ということで即採用された。話の分かる人で助かると、俺は思った。

 

 それからというもの、俺は度々歌舞伎町に蔓延るトラブルを解決していったのだが、今回のような厄介なトラブルというのは、今まで聞いたことが無かった。今まではせいぜい「痴漢を捕まえてほしい」とか「迷子の猫を見つけてほしい」とか、そういうレベルの依頼しか来なかったのだが、いきなり「薬物汚染を止めてほしい」という依頼が来たので、探偵の血が騒いでいるのだ。


「それで、薬物汚染の火種は一体どこなんだ」

「私の同級生が『アイス』と呼ばれる白い粉を通販サイトで購入したんです。親にバレたくなかったから、取引場所は歌舞伎町で指定されました。同級生によると、とても気さくなお兄さんで、『いくらでも友人に紹介する』と言ってきたんです。そうしたら、同級生は私に『ダイエットサプリ』を進めてきました。最初は軽い気持ちで『ダイエットサプリ』に手を出したんですけど、それがまさかMDMAだとは思いませんでした。禁断症状に蝕まれて、私の躰はボロボロ。それから、『二度と薬には手を出さない』と誓ったんですよ。今回の調査も、『薬物に汚染されている田宮高校の告発』のためにあなた達に調査を依頼したんです」

「そうだったんすか。じゃあ、その同級生に聞いてみるのが一番っすね」

「だよね。でも、話聞いてくれるかな……」

「俺に任せろ」

 俺は、三笘直子の同級生に話を聞くことにした。同級生は、無愛想ぶあいそな顔でスマホを触っている。

「なあ、お前が三笘直子の同級生か」

「そうだけど、アタシに一体何の用よ」

「俺は見習い探偵の薬研拓実っす。お前の名前だけでも教えてくれたら嬉しいっす」

「ああ、仕方ないわね。アタシの名前は浅野希良々あさのきららよ。探偵風情ふぜいに話すことなんて何もないし、名前だけ覚えたらさっさと帰ってくれる?」

「浅野希良々か。確かに覚えたっすよ。それよりも、お前、

「ああ、冷たいお菓子ね。それがどうしたのよ」

「とぼけても無駄っすよ。本当の事を言ってもらわないと困るんすよ」

「仕方ないわね。確かにアタシは『アイス』を知っているわ。『ストロベリー』や『ブルーベリー』っていう種類も使ったことがあるけど、矢っ張り『アイス』が一番効き目が良かったわ。なんというか、頭が冴えんのよ。アンタも試してみる?」

「そうっすね。探偵は頭が冴えてないと困りますからね」

「じゃあ、これ連絡先。くれぐれもだけはしないでくれる?」

「もちろん、分かってるっすよ」

「連絡先も渡したし、帰ってくれる?」

「へいへい」


 こうして、俺は薬物の売人の手掛かりを手に入れた。あとは、売人を捕らえてらしめるだけだ。しかし、あまりにも順調に物事が進んでいるので逆に不安だ。とりあえず、俺は薫のスマホに連絡した。

「薫、いるか?」

「ああ、拓実か。『手押し』の情報は入手できたのか」

「もちろんだ。今から歌舞伎町の裏路地に殴り込みに行く」

「そうか。気をつけろよ」

「おう!」

 こうして、俺は売人から指定された場所へと向かった。歌舞伎町のネオンが、魍魎もうりょうを呼び寄せるように妖しく光っている。売人が魍魎としたら、俺はさしずめ魍魎を退治する陰陽師だろうか。そういえば、昔、そういう小説を読んだような気がする。面白い小説だったが、文庫本が分厚すぎて腱鞘炎になってしまったこともある。


 ――そんなくだらない事を考えながら、俺は売人と会うことにした。

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