Phase 03 それぞれの事情

 三笘直子は震えるような声で事情を説明する。ダメージを受けた茶色の髪が、痛々しく見える。そして、白い腕をよく見ると、自傷行為リストカットの傷痕も見当たる。仕事をする時は恐らく露出の低い服で傷痕を見せないようにしているのだろう。そんな事を考えつつも、僕は本題に入ろうとした。

「三笘さん、あなたはどうして危険ドラッグに手を出したんですか?」

「危険ドラッグだと、考えたことも無かったんです。かつて私が通っていた高校では、ダイエット薬が流行っていました。どう見ても危ない錠剤だとは分かっていたんですけど、『みんなが飲んでいるんだったら大丈夫だろう』という慢心から、手を出してしまいました。友人から錠剤を5錠分けてもらって、んだ次の日から体がみるみると痩せていきました。効果は覿面てきめんだと思ったんです。でも、なんだか身の回りが可怪おかしくなっちゃって、幻覚が見えるようになりました。恐らく禁断症状でしょう。そして、私は薬代を稼ぐために高校を退学してキャバ嬢になりました」

「なるほど。しかし、そういう理由で危険ドラッグに手を出すなんて、両親に怒られなかったのか」

「私、んです。幼い頃に父親から虐待を受けて、母親は離婚して家から出ていきました。それで、父親と2人暮らしをしていたんですけど、父親の虐待はエスカレートするばかりでした。そして、先日泣きながら家出をしたんです」

「そうだったんですね。どこにも助けを求めることが出来なかったから、僕たちに頼ってきたと」

「そうです。たまたま近くの雑居ビルに『歌舞伎町トラブルバスターズ』という看板があったから、あなたたちの元を訪れたんです」

「まあ、確かに僕たちはトラブルを解決するためにここで働いているが、三笘さんがやっている事は紛れもなく覚醒剤取締法違反だ。最悪の場合、警察に逮捕されることになるんだけど、それでもいいのか」

「いいんです。これ以上私の身が危険ドラッグによってむしばまれるのは厭なんです」

「そうか。それなら、僕たちが危険ドラッグの業者を捕まえる。だから、三笘さんは僕に情報提供をして欲しい。そのためにも、まずは薬物汚染の爆心地と思われる高校を訪れたい」

「わ、分かりました……。なんだか、退学した高校に行くのは気が引けるんですが、仕方ないですよね」

「僕はプロファイリングをするから、そこの薬研拓実という人物と一緒に学校へ行くんだ」

「三笘ちゃん、初めまして。俺が薬研拓実っす」

「は、初めまして……。私は三笘直子です。薬研さん、よろしくね」

「おうッ! 俺に任せておけ」

 こうして、僕は拓実に全てを託すことにした。そもそもの話、昼は映画館のポップコーン売り場でアルバイトをしているから、歌舞伎町トラブルバスターズとしての仕事が出来ないのが事実なのだけれど。


 翌日。映画館のポップコーン売り場で、僕は心配をしていた。拓実は無事に高校へ潜入できたのだろうか。そして、送り出してから返事がない綺世は無事なのだろうか。恐らく拓実は大丈夫だろうが、綺世に関してはここ2日ふつか連絡がない。綺世は僕が「2日間の記憶しか保てない」事を知っているから、潜入捜査中でも1日に1回は連絡してくるのだが、まるで心臓の鼓動が止まったかのように連絡が途絶えてしまった。もしかしたら、何かあったのだろうか。このままだと、僕の記憶が失われてしまう。そんな事を思いながら接客していると、碧がやってきた。

「薫くん、なにボーッとしてんの? 仮令たとえ記憶出来ない病気だとしても、アタシのことは覚えてよね」

「ああ、碧か。碧は違法なダイエット薬に手を出した事はないか?」

「そんなモノ、ないに決まってるじゃん」

「だよな」

「というか、どうしてそんな事をアタシに聞くの?」

「ああ、何でもない」

 碧には僕の夜の顔は秘密にしてある。バレたら一大事じゃ済まないかもしれないからだ。まあ、薄々感づいてはいるのだろうけど。

「それより、今日は何を見に来たんだ」

「『名探偵ナンコツ』の最新作よ」

「碧がアニメに興味があるなんて思わなかった」

「アタシのオタクっぷりをナメてもらったら困るね。こう見えて『名探偵ナンコツ』は原作全巻持っているし、劇場版も毎年見ている。今年はナンコツくんに子供になる薬を投与した悪の組織との戦いらしいから、見逃せないのよ」

「薬と悪の組織か……」

「急にどうしたの?」

「悪の組織には、薬が付き物だなと思って」

「?」

「ああ、気にしないで。ただの考え事だから」

「昔から思っていたけど、薫くんってなんか考え方がユニークだね」

「それってどういう事なんだ」

「変人? まあ、何でもいいんだけど」

「僕は変人だったのか……」

「そろそろ開場だから、アタシはこれで行くね。仕事がんばって」

「へいへい」

 どうやら、碧は僕の事を変人だと思っているようだ。そもそもの話、僕が碧と幼なじみになったのは幼稚園の頃まで遡るらしい。しかし、残念ながらその頃の記憶は抜け落ちている。抜け落ちている記憶さえ思い出せたら、僕はこんなに苦労しなくてもいいのだけれど、思い出そうとすればするほど記憶がぼやけてしまう。それが気に入らない。そう思いつつ、僕はポップコーンを売り捌いていた。

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