第4話-▼執務と対策
目が覚めたらいつものベッドにあるキャノピーが見えます。それを初めて見た‛わたし’は勿論定番なので見知らぬ天井だ、と言わざるを得なかった。定番ですから。大事なことなので二回言います。
そう、‛わたし’は転生した、セオファニア・アインツ・ファウストと言うファウスト王国の第二王位継承者に。前世で遊んでいた乙女ゲーム、‛学院ラバーズタイム’の世界のサポートキャラとして。
「殿下、入ります」
寝室の扉を軽くノックしてから入ってきたのはナタルと私の専属メイドのカーラです。勿論カーラは定番のイギリス式メイド服を着ていますわ。ナタルは公の場ではないから騎士としての正装である全身鎧は着用していませんが、帯剣していて白いブラウスと黒いトラウザー、そして篭手などの軽鎧いう動きやすい服装をしています。
「殿下、目が覚めているのならいい加減起きて下さい。報告書もたまっていますし、女王陛下より賜った学院の執務も山積みです」
「せめて朝食をとるぐらいの時間は欲しいわ。ナタル、あなた最近私に激しくなってない?せっかく母上のメイドとしての行儀見習いが終わって高等部を始める前に羽を伸ばせる時なのに」
「それはそれ、これはこれです。息抜きの時間は午後に開けておきました。勿論、必要な案件がすべて片付いてたらの話ですが」
ナタルは微笑んでいますが目が笑っていません...
「ナタルの意地悪軍曹」
口が滑った途端ハッと気が付いてナタルを見るとやはりまだ笑顔ですが...後ろに蔵王権現様が見えてしまうのは何故でしょう。
「殿下、最近私が片付いけている報告書も殿下が処理してくださるのですね?」
ナタル、それは脅迫というのよ。口を滑らせた私が悪かったです、すいません!カーラも朝食とコーヒーも載せたカートを横にして同情気味に苦笑していないで助けて!
実のところ、第一継承権を持つ双子の弟も国政に少しずつ慣れるために同じように執務を行うはずでしたが、どうやら反抗期に入ったらしく、そのとばっちりが私に来ている。三つ年上の第三王位継承権を持つセリウルグ兄上も私と同じように数年前から愚弟の代わりに国政に関わっている。
「まあまあ、ナタル様も殿下もそれまでにしませんか?暖かい朝食を食べれば一日も前向きに迎えられます」
ナタルが昔からの信頼できる少し(実は結構)厳しい同僚な感じと例えれば、カーラは面倒見のいい先輩で幼少の頃から世話になっている。とはいっても昔から容姿が変わっていませんから、少しエルフかその他の亜人族の血が混ざっているのかと疑ってはいます。
この二人に加えてもう一人の側近のエイブは恐らく部屋の外で待機しているのでしょう。彼を待たせ続けるのも気が引けるし...山積みになっているかもしれない執務も片付けるべく、カーラに朝食の準備をしてもらう。その間に身だしなみを整え、紅色に白いスリーブのワンピースを着る。
「ナタルとカーラも一緒にコーヒーぐらい飲みましょう?一人だけでは少し寂しいわ」
前は二人とも私がお誘いをしても乗らなかったけれど、少しずつ融通が利くようになり、朝食は一緒にとらなくともコーヒーは一緒に飲んでくれる。今は雑談とか服、お菓子などの会話も普通にしています。主従関係を超えての友達付き合いはエイブを加えての四人しかいない時間以外勿論しませんが。
「エイブは喜怒鬼刃人の事を調べるために王都の冒険者ギルドに出かけています。あと、アミルの過去を調べようとしたのですが...奇妙な問題が出てきたんです」
朝食を食べ終わり、私の執務室へ向かう最中エイブが不在なのを気づき、ナタルに聞いたら彼女は昨日の試合後ナタル達に頼んでいた要件の報告を始めました。奇妙な問題とは何のことかと問うと、ナタルはアミルの経歴に関する資料を探していたカーラに話の続きを促した。
「はい、彼がヴァルトレギナ家直下の寄子であることは確認できました。ですが彼は騎士爵家の子息ではなく、騎士爵を持っているのです。そして爵位は殿下もご存じの通り、受け継がないかぎり王家にしか任命権がありません。その権利は女王陛下か王配にしかありませんし、以前の彼の経歴はそれ以外に何も見つけられませんでした」
カーラの報告だけど色々察せる事があります。カーラ自身は王女殿下の専属メイドとして私の身の回りの世話だけではなく、一通りの戦闘訓練や護衛方法、潜入技術、情報収集、その他の主を守り、支援するための術を多く学んでいる。それでもカーラは彼の経歴を探っても他に何も見つけられなかった。
アミルは爵位を持っている事実しかわからなかった。その事実から彼の情報は公爵家だけではなく、王家も彼の過去に関わっているとしか思えません。公爵家もわざわざ王宮から遠ざけるような事をし、ローザに彼の過去を詮索するのを止めているのも引っかかります。ますますアミルという人物像が見えなくなってきましたわ。
「...カーラ、彼の経歴を調べるのは一旦中止してください。もし王家が何かしら関わっているのなら私は貴女を守れないわ。わざわざ爵位を持たせながら経歴を抹消しているのは余程の込み入った事情があるとしか思えません」
何故かアミルに関して深い闇が付きまとっているとしか思えない。誰でも嫌な予感はするでしょう。
「エイブが喜怒鬼刃人とやらを調べていますから、そちらの報告待ちですね」
ナタルの言う通りアミルの件はエイブの報告待ちとして後回しにする。それより執務室に着いたらこの報告書の山が私を陰鬱な気分にします。第二王位継承者だからも~う少し楽に出来ると思ったのですが、あのバカのせいでこちらの仕事が増えているような気がしてなりません。
「はぁ~...まあこの書類の山を見ていても片付きませんから早く始めましょう。ナタル、今日中に済ませた方がいい案件と報告書は?」
主を脅迫気味に仕事させながらもナタルは優秀である。机に置いてある書類は全て重要性により分けられてますし、大半は私が報告書に目を通すだけだったり、彼女やエイブの提案に少々修正してから承認するだけのものが多いです。カーラももともとメイドなのでお茶とか書類整理を手伝ってくれています。
「では学院の入学式に備えて今年の編入生の取り扱いに関する報告書を先に。その次に王都から北東に位置する迷宮、通称‛アルタイルの迷宮’を学院の授業に使うことに関し、浮上した問題についての報告を」
ナタルの指摘した書類に目を通す。編入生に関しては色々な事情が重なっていることがあり、なるべく報告書に目を通しています。今年は乙女ゲームの物語が始まると予測しているからその事前準備の一つが学院への編入生であります。幸い母上も学院に貴族だけではなく名を挙げている冒険者や見込みがありそうな人材を国の為に取り入るべく事を進めていたので、庶民であるはずのヒロインと思われる人達を編入させることに成功しました。
ただ母上の提案により、たった二人だけ優秀な庶民の生徒だけではなく、A級冒険者のパーティーから三人、そして騎士爵だから本来下級クラスに入るはずのアミルもヴァルトレギナ公爵と母上の後押しで上級クラスに編入することになっている。
「ナタル、編入生達はなるべく同じクラスにできないかしら。私はセオと愚弟の友人、エイブを同じクラスに出来るかどうか母上に打診するわ。主な理由は王家の一員かその側近が傍にいれば編入に対する反発やいざこざを以前に防ぐという事にしましょう。A級冒険者もいる事ですし、授業内容に関する問題点、そして編入生達の学院生活の修正案も提案書にまとめ上げるから全部まとめて母上にもっていって、カーラ」
クラスの配置の表向きの理由はナタルに伝えたとおりになりますが、この世界は腐っても乙女ゲームの世界なのですからなるべく設定通りに事を進めようとしましょう。冒険者が編入するのも母上の提案とはいえ、ゲーム内では主人公のレベル上げとかシナリオを進めるためのクエストのきっかけで手間が省けます。しかし、ヒロインの特徴や名前がうろ覚えでしたので未だに庶民の編入生のどちらか特定出来ず、編入生の報告書に目を通している。
けれど次に差し出された書類の束でシナリオに支障が出るかもしれない気がかりがある。報告書よれば、現在アルタイルの迷宮は異常な数の魔獣の出現を調査中であり、学院の戦闘訓練授業としては使えないとのこと。アルタイルの迷宮は主人公がレベルを上げるためのダンジョンとも言える場所であり、同時に彼女が攻略対象との好感度も挙げて話も進めるイベントダンジョンでもある。
「やはりこれは少し問題ですね。授業のために他の迷宮の目星は付いていますが、冒険者ギルドから横取りされたとか素材の稼ぎ場が荒らされてるとかの苦情が出てきそうですわ。この調査は誰の命令で何のためかわかる、ナタル?」
「その件についてはあまり心配する事はないと思います。こちらの書類に詳細があります」
ナタルは纏めていた書類から一つの報告書を探し出して目の前に置いてくれる。
その報告書には奇妙な内容が書かれており、王国が受けた調査依頼の詳細でした。古代信教の本国、神帝教皇国からの聖遺物の調査と回収を冒険者ギルドに依頼し、ファウスト王国にその手伝いと許可をして欲しいとの事。そしてそれら特定された聖遺物の所有権を教皇国に譲ってもらうとの事。その許可を出したのは第三王位継承権を持つファウスト王国第一王子セリウルグ兄上が出しています。勿論、セリウルグ兄上は国政に関わっており、財務省の幹部でもありますからあまり違和感はありません。それでもアルタイルの迷宮がゲーム上重要なイベントダンジョンですからこそ、何かしら引っ掛かります。
「殿下、明日のお茶会の出し物などはどういたしますか?」
カーラは思惑に更けていた私に別の案件を持ち出した。
「え、ええ、そう言えばローザとアミルも招待していましたね。他の編入生達からの返答はどうでした?出来れば彼女彼らとも入学式前に一度会っておきたいですね」
ローザとアミルを招待したきっかけは先日茶葉をお土産として渡してきた冒険者を誘ったからでした。ローザと弟の間を取り持つ機会ができたのは副産物であり、学院初めての編入生達に事前に会う事と主人公を見極めるためです。
「はい、編入生達全員に声を掛けましたが、冒険者たち三人とアミル以外は忙しいので参加できないとの事です。...失礼招致で言いますが、ある程度貴族と接している冒険者はともかく、平民を招待すれば向こうも戸惑うと思います。ましてや殿下など彼女らにとっては雲上の存在と思われてもおかしくありません」
「...はぁ、まあ集まった人たちだけでもいいでしょう。あと、弟もちゃんと捕獲しておいてください。一応学院では同級生になりますし、王族としての代表にもなるのですから」
アルタイル迷宮の書類は後回しにし、明日の編入生達を含めたお茶会の方に気を回す。
...そして休憩はなかった...第一継承権を持っていないのに何で王族というのはブラック企業なの...
ナタルの鬼軍曹...
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