第3話-■散策と兆候

学院は王都と少し離ている浮島に位置していて、王都どころか地上に定期便か専用の飛空艇を使わなければ行き来出来ない。お忍びということでヴァルトレギナ家専用の飛空艇ではなく、学院からの定期便を使った。ローザの白銀髪も目立つのでフードを被っている。王都にある着陸場に着き、街中へ出ると普段は礼儀正しいお嬢様とは違う強かなお転婆なローザも目が年相応の純粋な好奇心で輝き、街中を歩く。



「アミル、あの店に寄って朝飯にしよう!リステが以前話していたからここのセットを食べてみたかったんだ!」



そうはしゃぎながらローザは大通りからやや外れた小さな喫茶店みたいなところに急ぎ足で入っていく。店内についていくと朝早い労働者のラッシュが終わったのか、客の数は少なめでほのぼのとコーヒーや食事を嗜んでいる者も少なくない。席へ案内するウェイターやメニューへのこだわりからして上級貴族向けとは言えないが品の高い店であることには間違いない。



「私はコーヒーと今日のおすすめのスコーン、そしてこのクランベリー、キノコとケイルの炒め物でお願いします」


一通りメニューを目を通してからローザは注文する。



「俺はコーヒーとこのセットでお願いします」



頼んで注文が来るまでの間、ローザは店中を興味津々で見まわし、無言でその時間を過ごした。



注文は思ったより早く届き、コーヒーの香ばしい香りが食欲をそそる。ローザはブル―ベリーとレモンのスコーンとコーヒーの組み合わせがよほどおいしかったのか、目を閉じてじっくり堪能している。注文したセットにはイタリアンソーセージに似ている香ばしい焼きソーセージに酸味が掛かった野菜の炒め物、そしてハッシュドポテトが添えられていて絶妙な味のバランスが食を進める。



「やはり聞いていた通り良い店だな。特に炒め物の方は味が苦いのかと心配だったが、炒め具合と塩加減で程よい旨さだ。お忍びでもこの店に来られてよかった」


よほど満足だったのか、食後のローザの雰囲気がほんわかとしている。



「確かにいい店だね。食べ物の組み合わせに配慮が回って食事も結構進んだし」



「...君は相変わらず言っていることと表情が釣り合わんな」


ローザは少し悲しげに言う。



「いや、笑ってるじゃん。ホラナ」


表情を豊かにし、ローザに向かってほほ笑む。



「そうじゃないさ...君の眼が昔と変わらず別の、遠い場所を見ているみたいなんでな...」



心配げな表情で、歯切れが悪いようにそう言う。



「...」



――― 後悔していることが色々とあるから。



「いや、別に謝って欲しいのではない。ただ...君の過去を詮索するなと父上に言われているし、私も踏み込むつもりはないが...私に仕える者が何を抱えているのかは少しは気になるのだ」


下を向いたローザの表情が前髪に隠れて見えない。



無言な一時が過ぎると急に気を切り替えたのか、強かな表情に戻っていた。



「それよりも今日は冒険者ギルドに用事があったのだろう?私も久しぶりに顔を出したいからな。高等部に入ったからには立場上自由に出来る時間は少なくなってしまうし」



そう言いながら勘定を済まし、店を出た。



「キャッ!!」



「あ!すまん!大丈夫か?!」



先に店から出たローザに何か起こったのか気になって店前に急いだ。



「...何やってるんですか...」



ローザと見知らぬ女子がしりもちをついていた。そしてフードも衝撃で外れていた。



「すみません、私が急いでいたせいなので、本当にごめんなさい」



「いや、こちらこそ周りに気がいかなかったから。それにほら、二人ともけがはないのだろう?」



「本当にすいません!急いでいるので失礼します!」



そう言いながらその娘はフードを被りなおして走り去っていった。ただフードを被る直前に淡い金色の掛かった桃髪に目を捕らわれた。その容姿に少し引っかかったので後ろ姿を見つめているとローザが機嫌悪そうに話しかけてきた。



「君は仕える身としてぶつかられて倒れた主人に何か掛ける言葉はないのかな?」


ジト目で言われた...



「...いやー、お嬢様は強かなものですから大丈夫かと思いましてー...」



仁王立ちしているローザに対しモノトーンでそう答えると眉がピクリと跳ね上がった。



「珍しい髪の色だったので見とれましたすいません」


つい早口になってしまう。



「...確かに珍しい髪の色だが、あれは恐らく何らかの高難度の魔法を使う事が多いからだろうな。現に私の眼の色が落ちて赤色になっているだろう?それはそうとして、早くギルドにいくぞ。ちんたらしてると日が暮れてしまう」



ご説明ありがとうございました~...でもさり気なくフードを被る前にポニーテールにしている髪をぶつけないでください...



――――



王都にある冒険者ギルドはそれなりの大きさを誇っていて、集まる冒険者も多種多様な戦闘職や人種がいる。人族は他種族と比べて一番比率が高いが、同時に褐色肌の人族や二メートル弱の高さも誇る人族の種もいる。その多種多様な人族に加えて鉱山族ドワーフ森人エルフ、妖獣族も少数このギルドの冒険者として存在する。



ただ、国の中心とも言える王都には雑用や低級のクエスト等は専用の業者や軍が行うことが多く、ギルドに集まる冒険者の大半は何らかの活躍で名を挙げているB級かそれ以上の強者揃いだ。だが腐っても冒険者であり、けんか腰で荒くれ者も多い。王国からの依頼は多いけど、正規軍や騎士団からはあまりいい目で見られないのでもある。



そしてその荒くれ者が集う普段から騒々しいギルドに入ったら、いつもとは比べにもならないほど静まっていた。ローザも感じ取っているので目を細めてギルドを見回していた。静かな緊張感が走っているギルドを見回していると、知り合いのA級冒険者の一人が読んでいた本を下ろし、声をかけてきた。



「あら、オーガブレイドじゃないかしら。ロザちゃんも久し振りねー。今日はギルドに何しに来たの?」


話しかけてきたのは幻影魔法や隠密系の魔法を使う冒険者、アンリだ。



ローザとともに挨拶した後ギルドでの様子を聞く。


「今日は鍛冶屋の旦那に頼んでおいた武器の修理を受け取りに来たんだよ。で、一体何が起こったんだ?皆辛気臭い顔なんかしてるが。あと誰が鬼だ、誰が」



「それはさっき誰かがカウンターに持ってきていた大きい箱じゃないかしら?あんなでかい得物を喜々と容易く振り回すからあなた変な異名が付くのよ。...あと、あんまり大きくは言えないけど王国の方からの大きな依頼でギルドが手詰まりなのよ。そしてその依頼の偵察のために送られたパーティーも一週間遅れているの」



「ああ、たぶんその箱だ。で、王国の依頼?一体何の依頼なんだ?」


聞きながらローザに目で質問するが、如何やら彼女も知らないようだ。



「王都の北東に位置するあの迷宮の調査よ。地図にはなかった隠し通路が三つぐらい新しく発見されたみたい。それでここにいるみんなは偵察隊が戻り次第の大部隊の一パーティーとの事で束縛されているわけ。私は違うけどね」


そう言いながらアンリはにへっと笑う。



「ああ、そう言えばあんたのパーティーの数人は学院の編入生だったんだね。そりゃあ運が悪かったね」



「どうかしらね、何故かこの依頼妙にきな臭さがあるのよね~...それはさておき、あの三人の事学院で面倒見てあげてね!」


茶目っ気あふれる笑顔でアンリはお願いした。



「おい...俺は貴族じゃね」



「わかってるわよ~、訳ありなんでしょ?ここに集まる皆は大抵訳ありよ。でも、隠すならロザちゃんも気を付けないとね」


そう言いアンリはローザに対しウィンクした。



はいそこー、明後日の方向に口笛吹くんじゃない。てゆーかそれ口笛にもなってないから。



ローザにジト目でにらんだ後言った、


「表向きは無理だけどあいつらのフォローは出来るだけするよ。一応知り合いだし」



そう言いながらカウンターに向かった。



「ありがとう。あなた色々ありそうだけど根はいいやつで信頼できるから頼みたかったのよ。あと、ギルドにいる古株や感の鋭い奴らには貴族だということがばれてるからね~、でもここにいる皆はあんまり詮索しないし他言しないから」



そう言いながらアンリは読んでいた魔導書に目を戻した。真昼間から酒を飲みながらの読書はなんとも言えないが...



「ローザもデカい依頼の事は王女殿下もバカ王子からも聞いてない?」


カウンターに向かって歩き名がらローザに問う。



「大抵の国家事業の話は私のところにも来るが、これほど大きな依頼の事は初耳だ。特に北東の迷宮と言えば学院の実技訓練や試験に使うものだから、何も通達がないのが不思議だな...う~む、探りを入れるべきか迷うな」



依頼の事を話しながらカウンターに着いた。



「おう、アミル!おめえ喜怒鬼刃人とかオーガブレイドとかまた新しい通り名なんか作りやがって、人間と扱われてねえぜ?」



話しかけてきたギルド職員はジロールという妖獣族だ。クエストの最中に負った傷のせいで冒険者を引退し、ギルド職員として働いてる。



「余計なお世話だ!どうせここにいるような冒険者は普通に考えて全員が化け物だろうが」



「わはは!確かにそうだけど、気を付けないとここにいる奴らにボコられるぜ?とりあえず修理に出していた武器を受け取りに来たんだろう?鍛冶のおっさん武器を見たとき目が点になってたぜ、こんな妙な剣の治し方なぞ知らん!っと言いながら。指示通りに直せたみたいだけどな」



そう言いジロールは箱をカウンターに出した。箱を開けるとバラバラに収納されている独特な形状の大型剣がある。刀身は斧みたいに柄から離れて固定出来るようになり、反対側には幾何学模様の装飾が施されている。



「どうだ?注文した通りに修理されているか?その変な装飾された部分はわからなかったようだからほっといたみたいだけど」



「...ああ、完全に修理されている。相変わらずいい仕事するな~おっさんは。前払いしといたから後でいい酒奢るって伝えといてくれ」



「おうよ!...あー、そう言えば...アンリからは国の依頼の事聞いたんだろ?...でかい声じゃ言えんが、古代神教と神の帝国の関連らしい。お前確か‘叛逆者’の情報、前から欲してたろ?一応こっちから探ってみるけど、気を付けろよ。あの教団は冒険者を相当毛嫌いしてるからな」


周りの冒険者やローザにも聞かれないようにジロールは情報を教えてくれる。



「古代神教が?それもあの迷宮に関連してる?...なんか引っ掛かるな...わかった、情報ありがとう。またな」



箱を受け取りギルド内を興味津々で見まわしているローザに声を掛ける。



「終わったのか?なら少し服を見て回ってから学院に戻ろう!」



...



お嬢様との王都の散策に付き合わされているのは半分荷物持ちのためだと後程疑う...



********


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