4.3

「ねえ、もっと派手に飲もうよ」

「…」

「ボトルを入れちゃおうか」

「”毒なお酒はお飲みでない”」

 アンソニーの言葉に、彼女は一切の身動きができなくなった。

「以前読んだ小説の中で、酒場で荒れる男に、その店の女がこう言うんです」

 彼女は、アンソニーの顔に恐る恐る目を向けた。目の前にいる小さなウサギが何を言おうとしているのか。

「良い女だなと思いました。いつか自分も、お客様にこんなセリフを言うことがあるのかなあって想像して…」

 アンソニーの顔には、間違いなく優しい微笑みが浮かんでいた。ウサギも微笑むことができるのだ。

「それから…、差し出がましいことかもしれませんが、お客様が使おうとしているお金は、本当は使ってはいけないお金なんじゃありませんか?」

 彼女の顔が、苦しそうに歪む。

「こういう仕事をしてると、なんとなく分かるんです。私達のほうが人間よりも鼻が利くせいもあるかもしれませんが…」

 アンソニーはこれを言う時、冗談めかした。実際問題として、ウサギの嗅覚が人間よりも優れているのかは分からない。

「だから、今日はもうほどほどにしておきましょう。次のカクテルは薄めに作ってもらいましょうね」

 彼女の目から、一筋の涙がこぼれる。

「ゆっくりしていってください。何か楽しい話しをしましょう。例えば…」

 アンソニーはちょっとしたジョークをいくつか披露した。

 彼女は何も言わずに聞いていた。ごく小さく、くすんくすんとハンカチで目と鼻をぬぐう音の他は何も漏らさずに、ウサギの話しにただ頷いていた。

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