秘密基地

「ここだよ、おじさん」

 少年の呼びかけに顔を上げ、男は少年の家を見て…驚きのあまり絶句する。

 そこは巨木に空いた大きなうろで…そこにできた洞窟のような空間で、少年は暮らしているようであった。

「こ、これが、君の…?」

「うん、まあそんな感じ。僕はこの樹海の中に、こんな場所をいくつか持ってるんだ。だから…家っていうよりは秘密基地って言えばいいのかな?」

「………………」

 男は想像の上をいく少年の暮らしぶりに思わず押し黙ってしまう。そんな男の気も知らず、少年はけろっとした様子で男を中に促す。

「まあ、入ってよ。案外居心地いいんだから。狭いけど、二人くらいならなんとか入れるんじゃないかな?」


 男は少年の秘密基地に入って驚く。そこには、小さいサイズの丸い木のちゃぶ台に、暖かそうな布団やふわふわのクッション…そしてやかんや鍋、お玉のような調理器具の他、木箱の中には日持ちのしそうな野菜や缶詰などの食糧まで…様々な物が揃っており、少年の言うように、意外と充実した暮らしぶりがうかがえた。

「こ、ここにある物はどうしたんだ? どこか別の場所から持ってきたのか?」

「ううん。持ってきた…というよりは、全部貰ったものだよ。僕、樹海の中で迷ってる人を案内してると感謝されることも多くてさ。そんな感じでいろいろと物を貰いながら生活してるんだ」

 少年が嬉しそうな様子で、少し自慢げに言う。

(ず、ずいぶんたくましいな…まだ子供なのに…)

 男は少年の話す内容にいちいち驚いてしまう自分に気が付く。


 少年の秘密基地である巨木のうろの中では、平たい石の上で小さな焚き火がパチパチと音をたてて燃え、その前に男と少年が並んで座っている。少年はその焚き火でやかんのお湯を沸かし、それでお茶を入れると、ほかほかと湯気のたった木のマグカップを男に差し出す。

「はい、どうぞ。樹海の中は陽が射さないから昼でも冷えるでしょ。とりあえず、それ飲んで温まってよ」

「あ、ありがとう」

 男は少年にお礼を言い、カップに口をつける。紅茶に近いがどこかクセのある、独特の味がするお茶だった。しかしそのお茶と少年のもてなしの温かさは、冷えた男の体だけでなく、樹海に来てから…いや、それ以前に船に乗った時から…ずっと冷え切っていた男の心まで温めてくれた。


 男がお茶を飲んでほっと一息ついたのを見ると、少年が話を切り出す。

「で? なんでここに来たの? もしかして、この樹海から出る気がないってことは…」

 少年はくりくりした目で男を見つめる。

「おじさんも、この樹海の…外の世界に嫌気がさした人?」

 男はこちらの事情を見透かしているような少年の言葉を聞いて、驚いた目で少年を見るが…確かに、樹海の中で道案内をしていたこの子なら、そういう人にも会ったことがあるのだろうか、と考える。

「まあ…そんな感じだ」

 男はぼそりと答える。

「ふーん」

 少年はそう言った後、自分もお茶をすすり、焚き火を眺めながら話を続ける。

「そういう人って、さっきおじさんが言ってた、人里離れた樹海の中にある『ノースの村』…そこを目的にやってきた人と、もうこれ以上生きたくなくて、この樹海で野垂れ死のうとして来た人…だいたいその二つに分かれるんだけど。おじさんはさっきノースの村が目的じゃないって言ってたから…」

 少年は男をじっと見る。

「もしかして、後の方の人?」

「…そうだ」

 そう言われた男は、ついに自ら命を絶とうと考えていることを認め…硬い表情で頷く。少年はしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言う。

「よかったら、話してくれない? おじさんが、何でここに来るようなことになったのか…」

 そう言われた男は、少しの間迷っているようだったが、真っ直ぐにこちらを見つめている少年を見て…話をすることに決めたのだろうか、こくりと頷き、ゆっくりと口を開く。


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