身の上話
「私は、ここから海を越えて南にある『南大陸』の端の小さな町で生まれたのだが、ある夢を見て、ここから西にある『西大陸』最大の…そしてこの世界の中でも一二を争うくらい繁栄した都市…『ウエスの街』へやってきた。だが、私には夢を叶えるのに必要な才能がなくてな…その街では何をやっても上手くいかなかった」
男がぽつぽつと話し出すのを、少年は男を見つめたまま黙って聞いている。
「所持金も全て使い果たし、失意のまま南大陸に帰ったが…その時にはもう私の両親…家族はいなくてな。南大陸を
男はそう言った後、表情が暗くなる。
「しかしそこも、理不尽なギルドの取り潰しに合って…その恩人も、悲運な事故で亡くなり…私は、職を失った」
男は話しながら、思わず頭を抱える。
「もう、私はこれ以上この先…生きる意味を見出せない。私には昔から、何の才能もない…生きる
「…そっか。おじさんがそう思っちゃうなら、仕方ないのかな」
少年は男の話を否定することもなく、そうぽつりと言った後、顔を上げる。
「でも、それなら…ここで死ぬ前に、樹海の中にあるノースの村に行ってみたら? あそこは、外の世界が嫌になって樹海に逃れてきた人も結構住み着いてるみたいだよ。だから、おじさんのことも受け入れてくれるんじゃないかな?」
「……………」
男はそれを聞いても黙ったままだったが、やがて顔を上げ、弱々しい笑みを見せる。
「…そうかもしれない。だが…そんなところで私だけのうのうと暮らすというのも、それはそれで…置いてきた家族に対して申し訳ない」
少年はきょとんとした顔で男を見る。
「…え? おじさん、家族はもういないって言ってたんじゃ…」
「ああ、あれは、私の両親の話で…実はサウスの街に来て、仕事を見つけた後に、結婚している。息子も一人いる」
「ええー!!」
少年は目を見開き、驚きのあまり思わず立ち上がる。しかしその拍子に、木の
「いてっ!」
少年は強く打った頭をさすりながら、涙目で男に問いかける。
「じゃあ…どうして、ここで死ぬなんていう発想になるのさ! 家族もいるのに!」
「それは…」
男が何と答えようか考えながら口ごもっていると、男の答えを待つ前に少年が話を続ける。
「僕、さっき樹海の中にあるノースの村に行ったらいいのにって提案しちゃったけど…おじさんに家族がいるなら、あそこには絶対行っちゃダメだよ! あそこで長いこと暮らしたら、外の世界に戻った時、大変なことになるよ? あそこは…そういう風にできてるんだ」
(…それって…どういうことなんだ。世捨て人が集まる村…のような噂は聞いていたが。それだけ居心地が良いって意味なのか…?)
男は少年の言葉に疑問に思いつつ、ようやく先程の問いに答える。
「家族はいる。だが…家を飛び出してきた以上、もう会うことはできない。妻とは昔…妻の両親に反対されながらも、駆け落ちするようなかたちで所帯をもった。そして、いつの日か出世して、いずれは妻の一家を見返すつもりだった…。しかし亭主である私はあいかわらずのこの有様で…妻は未だ実家に帰れずにいる」
男はそう言うと、少し俯く。
「これ以上生きたとしても、愛する家族に迷惑をかけるだけなんだ。妻は私より随分年下で、まだ若い…。気立てもいいし、私とは別の相手を見つけることもできるだろう。それに妻の実家は裕福だから、私がいなければ…実家に帰って両親を頼ることもできるだろう。妻と息子…二人の為にも、私はいない方が良いんだ。私と一緒でない方が家族は幸せになれるんだ」
少年はそれを聞いて首を傾げる。
「何それ。奥さんを帰らせたいのなら、おじさんも一緒に奥さんの実家に行けばいいのに、なんでおじさんが一緒だと帰れないの?」
「そ、それは…」
男は少年にそう言われて、自分のプライドの高さが、妻が実家に帰る邪魔をしていることにはっと気が付く。
「おじさんのことが迷惑だなんて、おじさんが勝手に思ってるだけでしょ。もしかしたら、おじさんがいなくなる方が迷惑かもしれないよ? 周りがおじさんのことどう思ってるかなんて、勝手に決めたら駄目だよ」
少年は男をじっと見つめる。
「きっと家族はおじさんの帰りを待ってるよ? 待っている人がいるのなら、こんなとこにいないで帰るべきだよ!」
少年はそう言った後、ふいと目をそらし、下を向いて小声で呟く。
「大人ってずるいよ。子供のためだなんて言って…。僕だって…一緒に生きたかった。これから辛いことがあるからなんてこと言われても…一緒にいたかったのに…こんなところに置き去りにされたくなかった」
(…この子…過去に一体何があったんだろう)
男は少年の呟きを聞いて驚き…少年の過去を想像する。少年は顔を上げ、男を真っ直ぐに見て言う。
「奥さんの家の人に馬鹿にされたって、こんなとこで一人で死ぬよりはいいじゃない。死ぬより恥をかく方が嫌だなんて、おかしいよ」
男は少年の言葉を聞いて、考える。早く死んで楽になりたかった…死んで、何も為しえた
しかし少年の話を聞いていると、確かに、ここで死ぬなんて馬鹿げている…という感情が、芽生え始めてきた。
「…そうだな……少年の言う通りかもしれないな」
男がぽつりと言うと、それを聞いた少年はにっこりと笑みを見せる。
「でしょ? 正直、今だって、会えるなら僕なんかよりおじさんの家族に会いたいでしょ? そう思うなら、ここで死ぬ前に家に帰ってみたほうがいいよ」
少年の言葉を聞いて、男はゆっくりと口を開く。
「…それなら、案内してくれるか?」
「ん? どういうこと?」
きょとんとした顔の少年に、男はにやりと笑いかける。
「樹海の出口に…だよ。それが君の役目なんだろう?」
少年はパッと顔を輝かせ、勢いよく頷く。
「…うん! もちろん、任せてよ!」
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