第6話

 週末のある日。

 その日は俺が待ち望んでいた日だった。


「ここまで長かった……。しかし、ついに……」


 手に持ったスマホ画面には、可愛らしくデフォルメされた大きな白い卵が映し出されている。

 少しひび割れの見られるこの卵は、『ペンギンの涙』というスマホアプリゲームの卵である。


 『ペンギンの涙』はペンギンの卵をかえすだけという単純明快な目的にもかかわらず、超高難易度のゲームとして一部のゲームマニアで人気を博している。

 温度・湿度のシビアな調整はもちろんのこと、卵をでたり、声掛け等の回数やタイミングも重要で、不定期に揺れる卵に対して的確なアクションを返すのも必須とされるゲームだった。

 攻略サイトには卵を孵化ふかできずに涙するプレイヤーが続出し、逆に孵化ふかを成し遂げたプレイヤーは『ペンギンマイスター』の称号であがめられていた。


 そんなゲームにハマった俺も、数えきれないほどの卵を腐らせてきた。

 しかし、ついにペンギンマイスターの称号を得るときが来た!


 卵の殻に大きくヒビが入り、そして――。

 ……スマホの通知が来た?


「何だよ、この良いときに……」


 問答無用でその通知をスマホ外へとスワイプし、除外する。

 しかし、すぐに新しく追加される通知。

 即座にスワイプし除外すると、また新しい通知が来る。


「何だっていうんだよ……」


 それはTwitterのメッセージが届いたことを知らせる通知だった。

 しかし、俺はTwitterのメッセージはほとんど使ったことがなかった。

 Twitter自体、青空そらの写真を気の向くままに少しずつアップするだけで、フォロー数もフォロワー数も二桁に届かず、当然と言えば当然なのだが。


 根負けした俺は通知をタッチし、メッセージ画面を開いて――。

 寝ていた自室のベッドから飛び起きた。


青空そらちゃんの写真、全然アップしてないじゃん!!

 もう写真撮るの止めちゃったの!?

 困るんですけど!?』


 彼女からのメッセージクレームだった。

 一瞬唖然とした俺だったが、すぐに気を取り直して反応した。


『お前のために撮ってアップしてるんじゃないわい!!

 というか、このアカウント知ってたのかよ!?』


 Twitterで青空そらの写真をアップしていることは彼女に伝えてはいなかった。

 彼女の方からもそういう話題を振られることはなかった。


『ショウに会う前から知ってるわよ!!』

『そんなの初耳だぞ!!』

『だって、言ってないもん!!』

『なんでだよ!?』


 ギャーギャーと騒がしいメッセージの応酬を行う彼女と俺。

 まるであの水族館に一緒にいるかのようにだった。

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