第5話
「あのね……、今日は伝えなきゃいけないことがあるの」
彼女と出会って、何週……何か月が過ぎただろうか。
約束せずとも週末に会うことが当たり前となっていた。
当たり前のように、水族館では彼女が俺の隣にいた。
そんないつもの週末。
珍しくしおらしい彼女の姿がそこにはあった。
「どうかしたのか?」
一応心配した振りをし、聞いてはみる。
が、しかし、彼女のことである。
油断はできない。
どんなサプライズを持ってきたことやら。
「来週ね、海外に引っ越すことに決まったから」
「……えっ!?」
予想通り、サプライズだった。
しかし――。
予想に反して、楽しいものでも嬉しいものでもなかった。
「父親の仕事の都合でね。私も一緒にオーストラリアに行くことになったんだ」
「……」
「ペンギンパレードの見られるオーストラリア南部なんだよ。分かるでしょ? ペンギン……パレード…………」
「……」
何も言い出せない俺に、いつも
「……あの、じつは、最初からここには短い期間しかいないことは決まっていて……。でも、言い出すタイミングを失っちゃって、……言い出せなくってさ」
目を赤くして、涙を溜めている彼女。
「ごめん……」
いつも明るい彼女の初めて見せる顔だった。
「でも、お詫びというか……
そう言った彼女は、自身が着ていたTシャツに手をかけて……。
――Tシャツを脱ぎ始めた??
「ちょ!? 何、やってるんだよ!?」
俺らの周りに人はいないが、離れたところには母と子の親子連れが見える。
どこで誰が見ているか分かったものではない。
「はい……、どうぞ……」
焦って周りをキョロキョロする俺へと、脱いだTシャツを手渡ししてくる彼女。
片方の手で、一応胸を隠してはいる。
しかし、細い腕では隠し切れない水色のブラが僅かに見える。
「ああ、分かったよ!!」
やけくそ気味にそう言った俺は、着ていたTシャツを素早く脱いだ。
彼女からシャツを受け取ると同時に、脱いだシャツを彼女へと押し付けた。
「コレ、着ろ!! 早く!!」
頷いた彼女は俺からシャツを受け取り、素早く袖を通した。
それを見届け、俺も同じく彼女から受け取ったシャツを身に付けた。
結局、お詫びとか餞別とかではなく、互いのTシャツを交換しただけとなったわけである。
――翌週。
彼女からもらったイラスト付きのTシャツを着て、俺はいつも通りに水族館へ向かった。
しかし、水族館にもう彼女の姿はない。
カメラを構えるまでもなく、俺はすぐに気付いた。
もう一人では水族館に通えなくなっていたことに。
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