第4話

「ショウは、バイトしたりしないの?」

「……バイト?」


 彼女からの唐突な質問に、カメラの三脚をセットする手を止め、つい聞き返してしまった。


「あ、いや、カメラって、詳しくは分からないけど、色々お金かかるんじゃないかなって思って……」


 彼女は俺の手にある三脚を見つめている。

 どうやらカメラ関係の購入をどうしているか気になったらしい。


「ショウは週末にいつもここに来てバイトしている様子はないし……。もしかして……お金持ちだったりする!?」


 ハッとした様子の彼女の目は、いつも以上に輝きが増している。

 というより、目の中にドルマークが見える……。


「いやいや、そんなことないから……」


 俺は手を左右に振り、否定を表明する。


「三脚含めこれらのほとんどは、カメラが趣味の父親のお下がりなんだよ。自分で揃えたなら、確かにそこそこお金かかるだろうけどね」

「ふーん」


 何だか少し残念そうな彼女。

 一体何を期待していたんだろうか?


「それと、バイトは……」


 バイトはじつは以前していたことがあった。

 近所のコンビニのバイトである。


「……いや、何でもない」


 だが、言い掛けた俺はすぐに首を振った。

 カメラの新しいレンズを揃えたくなったのが、バイトを始めた理由だったのだが……。

 コンビニでのバイトは店長や他の店員、客との人間関係が面倒だった。

 このバイトを続けてでも欲しいレンズか?と考えた結果、辞めてしまったのだ。


「えっ?? 何??」


 話を途中で切り上げた俺に対して、彼女は疑惑の視線を向けてくる。

 が――、辞めたバイトの話を彼女にしてもどうせいじられるだけだ。

 そう考えた俺は方向転換をすることに決めた。


「何でもないって。――そういうお前はどうなんだよ?」

「……私!?」


 思わぬ反撃が来たと思ったのだろう。

 大げさに驚く彼女である。


「ああ、バイトはしないのか?」


 毎週末にここへ来ているのは彼女も同様だ。

 しかも、俺とは違い、彼女は人間関係を面倒に思ったりはきっとしないだろう。


「私は…………別に良いのよ。バイトするより青空そらちゃんに会いに来る方が大事なんだから」

「……そっか」

青空そらちゃんをお世話できるようなバイトがあれば、良いんだけどね~」


 彼女が目を向けた青空そらは、現在お食事の時間だった。

 飼育員さんが手に持ったバケツからアジを取り出し、群がるペンギンたちへと配給していく。

 そんな群れの先頭で青空そらは必死にアジをねだっている。


「……残念ながら、青空そらをお世話できるバイトは無いな」

「だよね~……」

「ただ、運が良ければ、来月には餌やりができると思うぞ」

「え??」

「来月、青空そらの誕生日イベントあるから。そこで餌やりは可能だ」

「本当に!?」


 一気にテンションが上がり、身を乗り出す彼女。


「当日の抽選に当たれば、だけどな」

「そんなの当たるに決まってるじゃん!」


 彼女はよく分からない自信を覗かせていた。


青空そらちゃんへの愛ならだれにも負けないからね!!」



 そして、迎えた青空そら誕生日イベント。

 圧倒的自信を持った彼女は、超高倍率の抽選を――――あっさりと外した。


 酷く落胆しながらもめげない彼女は、イベントの外からハッピーバースデーの歌を大声で歌って――。

 飼育員さんから怒られ、ジ・エンドとなっていた。

 もしかして、青空そらへの愛が重すぎたんじゃないだろうか??



 そんな感じで彼女との週末の日々を俺は過ごしていった。


 彼女と共に青空そらやペンギンについて一日中話し合う日があった。

 彼女の話が全く途切れず、彼女だけが話し続ける日があった。

 二人で何も話さずに、俺が青空そらの写真を撮り、隣で彼女がイラストを描いているだけなんて日もあった。


 明るく元気で騒がしすぎる彼女。

 しかし、俺が写真を撮るときだけは静かだった。

 スケッチブックを開き、無言で色鉛筆を走らせていた。

「私も集中したいのよ」と主張しているふうではあったが――。

 と気遣ってくれているように俺には思えた。

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