第16話 賽の河原
瞼から一滴の清らかなケチのつけようのないまっさらな雫が落ちていく。
その雫は星影に乱立しながら酷薄な運命に呪詛するようにこの地へ照り返り、強く意志を持ちながら、そして、淡い螢火を包みながら時の彼方へと消えていった。
「僕と同じだ。僕と同じ。幸彦は生まれてはいけないことはなかったんだ。僕はすごく嬉しかったよ。生まれる前は嫌な感情が勝っていたけれども、生まれてきてくれた幸彦が僕に向かって笑ってくれて、本当に僕は生きていて良かった、と思えたんだよ、こんな僕でも。幸彦は僕のたった一人の弟だ」
「あなたもそうだったんだよ?」
私は絵に描いたような滂沱の涙が止まらず、それは桜雨のように散りゆく運命を言おうがまま、知っていた。
「あなたも生まれたときはみんなから祝福されたんだよ? あなたのお母さんは心の底からあなたを産みたい、と願ってあなたは生まれたんだよ? それはあなたも同じだよ。あなたの弟さんもあなたも生まれていけないわけじゃなかった」
私の切情を聞いて彼は静かな憫笑を浮かべる。
「僕も普通とは違うからね。僕にも人から拒まれるような障碍があるんだ。幸彦とは違う障碍だけど、僕も普通とは違う生きづらさを抱えて生きてきた。……幸彦もそれを幸彦なりに感じながら生きていくのだろうか? 僕はすごく不安だよ。僕と同じ苦しみを弟にまで背負わせるなんて、神さまはどうして、残酷な運命を与えるのだろう? 君も分かるかい? そんな残酷な現実が」
「私には分からない。自分の内情さえも分からないから」
幸彦ちゃんは物音に敏感に察して起きたのか、個々の声を上げながらぐずりだした。
赤ちゃんか。久しぶりに見たけれども可愛い赤ちゃんだ、と思う。
確かに一部の人には後ろ指を指されない、普通の子とは違うかもしれないけど、すごく可愛い。
その事実は私がちゃんと保証する。生まれてはいけない命はないんだ、と。
「僕はさ迷い歩きながら生きていくんだ。僕は答えのない答えを見つけようと藻掻くしか術はない。ここ、――所謂、賽の河原に君は来てしまったんだね。僕が押し殺した闇に君は来てしまったんだね」
「真君の闇って?」
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