第17話 心の闇を、星


 ここは美しい居場所なのになぜ?



「ここは綺麗な場所だよ。星の小川も硝子の花も綺麗だよ。あなたの心の闇は綺麗なんだよ。恋草の闇を背けてばかりの人は夜の星の暗さの価値も分からないんだよ。闇がないと星は輝かないし、光ばかりじゃ、世界から糾弾されたように息が詰まるよ」



ここは彼の受け入れがたい闇なんだ。


ここに彼の傷心が隠されている。



降り積った赤い涙が集まって、宿り木のような見せかけの硝子の小宇宙を形作っているんだ。



「私は怖くないよ」


 その決断を強くはっきりと言えた。



「私は怖くない。あなたの過去を知っても」


潮騒のような塩辛い涙がどうして、こんなにもざらついた頬を濡らし、見境もなく流れてしまうのだろう。


出向いた経験則のない異国の砂嵐が吹き荒れる、路地裏で私は泣いていたような気がする。



前世に生きた私が藍藤色の褥で涙を隠す、追記された小夜すがらを、私は無意識のうちに宿縁を乞いながら思い出しているんだろうか。


私という人間に生まれる前の私はどんな人となりだったのだろう。


私が私を知る前の私は、有明の月の後朝の別れ、何を生き甲斐に、何を悔やみ、何を希望してその人生を全うしたのだろう。



「ただ」


 澄み切った不純物濃度のない、涙が木の芽風で飛ばされ、泡沫の真水が時雨心地の恋の闇路に舞っていく。


「あなたのことが好きなの」


 

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