第15話 小夜千鳥
夜空の恋水の闇は落ち着くのに私はあなたの心にある闇空には怖気づいてしまうんだ。
――大丈夫だよ、と闇の奥から声がした。
――大丈夫、僕がここにいるから、と声は安穏なまでに温かった。
――僕が守るから、と続いたその切ない美声は喨喨たる小夜千鳥のように麗しかった。
私は母に守られる胎児のようにその身体ごと、丸くなる。
ここはどこなんだろう、と恋乱れ、迷いながらも地面に叩きつけられた空の雫への衝動が始まったとき、私は再び、あの薄暗い小部屋にいた。
前の行ったカサブランカの家に隠された、彼の部屋だ。
私は突然、渦中に見舞われても取り立てそれに驚かなかった。
意思が通じ合ったのだと思う。
ただそれだけなのだ、と。
「この子が幸彦。僕の弟。腹違いの弟」
部屋の月影が差し込んだ真ん中には赤ん坊を腕に抱いた彼がいた。
「可愛いだろう。僕のたった一人の弟なんだ」
彼に抱かれた嬰児はすやすやと全幅の信頼を寄せて眠っている。
愛おしそうに抱きながらいつもは曇りがちの横顔も今夜は顔が笑っていた。
「可愛いね。とても可愛いね」
私はほっと胸を撫で下ろした。君がこんな幸せそうな顔をしているから。
「幸彦の居場所はないんだよ。僕みたいに」
「どうして? それは違う」
その子の容貌は普通の子の顔と見るからに違った。
「こんなに可愛いじゃない」
彼はその幼気な子を手放すまい、とぎゅっと抱き寄せた。
「幸彦はダウン症なんだよ。お義母さんはすごく落ち込んでいるし、毎日泣いているよ。生まれた子どもに障碍があって、この先、何があるのか、分からなくてただ泣いてばかりでいる。父さんはやっと生まれた跡継ぎが、一流大学に進学できない子供だと判別して、義理の母さんを責めてばかりだよ。何で、診断を受け損ねたんだって。父さんはカンカンだし、父さんの母さんも責めてばかりだよ。幸彦の誕生を素直に喜べたのは僕くらいだ。幸彦は本当の父さんや母さんからも疎まれているんだ」
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