第12話 残花少女、透明な


 小夜里さんは申し訳なさそうな苦渋に満ちたようにお辞儀をした。


「私が行けるのはここまでです」


 小夜里さんは後ろ髪に止めてあった金細工でできた卯の花の花簪を解いた。



「もし、何かあったらこれを頼りに戻ってきてください。何か強い力を感じたらこの花簪を離さないでください。もし、離してしまったらあなたは二度と元の世界に戻れなくなってしまいます。では、準備してください」


 私はその古都の祇園町の新人の舞子さんが付けるような、卯の花の花簪を受け取った。



「真君はあの家の中にいるの?」


「そうですよ。あそこにいるのです」


湖には漣さえ立たず、静寂が妙に咽喉を纏わりついていた。


碧い水面の上には何か、不審な物体が浮かんでいる。


ああ、残花だ。


いや、本物の残花とは少し違う。



「硝子で出来た花なのね」


 言い聞かせるように呟くと、程なくして振り返ったら小夜里さんの姿は見る影もなかった。


「なるほどね」


 私は壊れそうな硝子質の残花に触れながらやっとの思いで理解した。



「私が行かなくちゃいけない。私の力だけで」


湖沼をひと掻き、泳ぐのにはそれなりの強力な力がいる。


私は荒れた鼻息を諫めようと静かに整えた。高校に入学してかた購入してもらったまだ新品に近い漆黒の皮靴を脱いだ。


黒いハイソックスも邪魔だから茹で卵の殻を指で破るように脱いだ。


そのまま、苔生した宝物が眠るような浮島のほうへ、小波を追いかけながら窮屈そうに泳いだ。


ゆっくりと並々と入った湖水を掻き、両足をばたつかせると、予想した通り、息の音が苦しくなった。



私はその度に島嶼のほうへ見上げ、我慢強く奮い立たせた。


浮島に到着したとき、私の身体はへとへとだった。



身体中が鉛を誤飲したように妙に重く、ブレーザーの制服やチェックのスカートの裾までずぶ濡れだった。


 

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