あお、チェック用(2023/02/16)
【○害のシーン:チェック用】
俺はユキノが言った言葉を理解できなかった。直後、覚悟を決めたようにユキノはすっと立ち上がると、システムウィンドウを開いてログアウトボタンに指をかける。
「私がゲームでやるべきことはここまで。トウヤ。私も……本当にやんなくちゃならないことを……やるわ」
「まてよ! どういう意味だよ! 強くならなきゃいけないんじゃなかったのか!」
「ありがとう……妹さん、助かるといいわね」
だがユキノはふわりと微笑むと、ログアウトエフェクトに包まれ、ゆっくりと俺の目の前から消えてしまった。
「ユキノ……」
どうしてだよ?
なにかのために強くなるんじゃなかったのか?
あれだけ《意思》を乗せた剣を使いながら、どうしてここまでなんて諦めるようなことをいうんだよ!?
……俺と一緒じゃ、なかったのか……
ユキノの真相を聞いたわけじゃない。それでも彼女と出会ってからの短い時間で重ねた剣からは、何かを叶えたいと思う願いがあることは間違いなく伝わった。
それをどうしてこの土壇場で諦めるようなことを言うのか俺にはまったくわからなかった。
ぼーっと小屋の床を見つめながら、俺は彼女が残した最後の表情を思い出していた。あの微笑みにはどんな意味があるんだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えていると、ユキノのいた場所に小さい――本のような物が落ちていることに気が付いた。床と同じ木目調のカバーがかかっていて、すぐには気づかなかったのだ。
それは日記帳だった。
落としたのか、忘れていったのか。理由はわからない。
よく見れば何度もなんどもめくったのか、その小口部分は何度もめくったあとがあり、分厚いカバーがかけられたそれはしっかりとブックバンドで閉じられていた。
俺は考え込んだ。考えて、考えて、自分の心に何度も聞いて――。
◆十九:
「はぁ……はぁ……」
フルトラッキングのゲームで散々鍛えたとはいえ、十二月の寒空の下を全力疾走するのは中々にしんどいものがあった。
スマホのマップを見ながら、目的地まであとこのペースで行ってもあと十分はかかる。
「思ったより遠い……!」
その《公園》へは俺のよく知った場所だった。小さい頃には家族となんども行って、かくれんぼをしたり、お堀でザリガニ捕りをして遊んだ記憶もある。その近辺の図書館では夏休みの宿題に明け暮れたし、近くの神社には家族揃って初詣に行くのが何よりも楽しみだった。
その場所がユキノの日記に書かれていたことは奇跡と呼ぶべきだ。神様は本当にいるのかもしれないと生まれて初めて思った。
ただそこは近場ではあったが、近所かというとそういうわけではない。
全力で走って汗だくになっていたが、厚着をしている時間すら惜しく、そのまま家を飛び出してきたのが幸いだった。……そう考えればマシに思えるが状況は最悪だった。
そうなる状況を想像しては頭から追い出し、重くなった脚に気合いを入れて速度を上げる。
家を出て、中学校の前を通り過ぎ、アンダーパスのアップダウンを走りきって、陸橋の下を駆け抜けた。
そうしてたどりついた公園の形状は残丘で、まだまだなだらかに登り坂が続く。
花見やイベントの時は出店がならび、上までの時間はあっという間なのに今は一秒一秒がとても長い。
――くそっ! どこに行ったら!
公園にはたどり着いたものの、その広い場所で人をひとり見つけるのは至難の業だった。加えて十二月の夜ともなると、あたりは暗闇に包まれて、街灯の明かりがあっても照らされるのはその真下だけ。
そんな状況の中で、現実世界で一度も会ったことのない人間に合うのは不可能だと思った。
――考えろっ!
俺はログアウト前に読んだ日記を思い出す。
あまりにも壮絶な内容に、まるで自分の家族が殺されかけた時のような感情が芽生えてきて、動悸が早くなる。
だけど絶対に《その場所》のヒントがあるはずだ。――ユキノが向かう目的の場所が!
坂を登りきるも、まだまだ選択肢は残っていた。
まっすぐ進んで神社を目指すか?
それとも右へ進んで、夜間は閉館している資料館の裏を探すか?
――どっちだ? どっちが正解なんだ!?
首を左右に振り、迷う。そんな時間はもう一秒だって無いのに、俺はあらゆる可能性を瞬時に精査し続け脳をフル回転させ考え続けた。
《ソード・デュエル》で彼女の奇襲を受けたシチュエーションを思い出が、
――だめだっ! 違う!
そのどれもはゲームでの出来事だ。該当する地形がこの公園にあるわけもなく、今になって俺はユキノのことを何も知らないことを改めて認識した。
――くそっ! どこにいけば!!
一歩踏み出そうとしてはためらって、膝に力が入る。
鼓動が早くなり、それは焦りに変わり、それがさらに鼓動を早める。
ドクンッ、ドクンッ、と自分の心臓がこれまでになく大きく聞こえた。
――だめなのか?
――俺には、誰かを助けることはできないのか?
出会ってからのユキノとの短い記憶。そして今一番助けたい妹との記憶が交互に脳内を流れ続ける。
その記憶の一コマにハッとする。
次の瞬間、俺の脚は、すぐ左の石階段を一段とばしで駆け登っていた。
確証なんて無い。そこに居る保証なんて無い。
それでももし、俺が《今のユキノ》だったらきっと――。
もう脚がパンパンだったけど、それでも絶対に居ると信じて、石段を登り続ける。
足の裏が痛い。
太ももがパンパンだ。
息が苦しい。
でも今はユキノが一番苦しいはずだから。
俺だけじゃなかった。《ソード・デュエル》で出会った、俺が誰にも話せなかったことを話せた人。解りあえる価値観を持った人。
だからそんなユキノを《こんな形》で失いたいとは思わなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
もう一歩も歩けない。
でも見つけた。
数十メートルの大きな大きな一本杉の下。
そこで息を殺して誰かを待っていたであろう《彼女》の表情は闇夜のせいで見えなかったが、その雰囲気、気配、そして殺気は間違いなく――
「ユキノ……なのか?」
「…………トウヤ、なの?」
相変わらず表情はよく見えない。服装もおそらくは音が出づらいものを選んだのだろう。俺と同様に冬場にはあまりにも軽装なことが暗闇の中からでも伺えた。
それでもユキノが手にしている《得物》の刀身がギラリと鈍く光るのだけは見えた気がした。
包丁、で間違いないだろう。
※ユキノの心境、表情を読み取る文章をここに入れる。時間の関係上、一旦この先は会話文で進めるので、冷静な時に感情を差し込むこと。
「こんなこと……本当に、あるんだね」
「日記を拾った。悪いと思ったけど見させてもらったよ。俺も……色々と驚いてるよ」
日記にはユキノの母親がなくなったこと。それが原因で中学では人間関係がギクシャクし、高校は地元の友達のいない場所へ進学したこと。そこで池田のイジメやユキノの友達の早紀も被害にあったこと――そして池田を殺すための練習として《PVPモード》へ参加し、優勝する強さを得て、確実に池田を殺す強さを手に入れたい。そんなことが書かれていた。
俺の視線はユキノが持っている包丁へと自然と向く。その柄を握る手は震えていて、しかし離さないようにと決意でしっかりと握り締めているようだった。
「そっか……最後の最後で私、とんだミスしちゃったんだなぁ……」
木陰からゆっくりと俺の方へ歩いてくると、少しだけ表情が見えた。
それはゲームの中で何度も見た、浅葱色のショートヘアで前髪をピンで止めている、どこにでもいる少女の顔だ。
「帰って……って行っても聞いてくれないよね」
「……ああ」
「そっか」
ユキノはゲーム内でよく見せる構えを取ると、その切っ先を俺へと向ける。
「私ね、この日のために強くなろうって決めたんだ」
足音を最小限に抑え、ゆっくりと近づいてくるユキノ。その動きはフルトラッキングゲームの《ソード・デュエル》ならでは恩恵と言ってもいい。
「最初は池田から逃げるために、早紀と一緒にただただ辛い毎日を忘れるためにゲームに逃げ込んだ。それが私の《ソード・デュエル》の世界。でもマインゴーシュに出会って、この方法を思いついた。強い人達ばかりいる《PVPモード》で優勝すれば、私の《剣》は本物になるんだって」
さらにじわりと、接近してくる。ゲームだったら切り掛ならないともう俺のHPはなくなっているだろう。だけど今は向き合わないといけない。
「あそこもどうしようもない奴らばっかりだったわ。金のため、名誉のため、私利私欲のために下らない感情をむき出しにする連中、まるで池田のようなやつらばっかり。――わかるでしょ、アンタも。あのゲームが《戦い》以外でも酷いことが」
ユキノの言うとおりだ。
彼女の日記に書かれている《イジメ》のようなものはゲーム内でも存在した。
ランカーを妬んでありもしない噂を流したり、特定のプレイヤーを数人で集中攻撃したり。時にはレア装備とランクポイントが交換できるというデマを流して詐欺まがいの行為で略奪する者もいた。
俺の悩みを聞くフリをして、ケルベロス・ドラゴンのいる火山までおびき寄せたスミスも言ってしまえばその類だが、彼女はグリードの言う事を聞かなければいけなかったことを考えれば、剣での戦い以外でも人間の醜い欲や野望が浮き出るのがこの《ソード・デュエル》というゲームと言える。
「結局どこに行っても一緒……池田みたいな連中に私みたいな人間はどんどん隅に追いやられる。……だったらもう、こうするしか方法がないじゃない!!」
ユキノは叫んで俺にまっすぐその切っ先を定め直す。
「帰ってよ! もう少ししたら池田が来る――あいつは私が壊したスマホ代を払うって言ったらこんな夜でも来るって言った大馬鹿よ! 何も知らないで金が手に入るってね! それでアンタが帰って、池田が来て、私が刺したらそれで終わるの! だから帰ってよ!!」
「だめだ、帰らない」
「なんで!!! アンタには関係ないでしょ!」
「関係ないさ。でも……そのやり方は……嫌いなやり方だ」
「嫌いって……どういうことよ!」
「逃げるな、って意味だよ。そうやって嫌なことに蓋をして、逃げ続けて、どうしようもなくなった結果がこれなんて……悲しすぎるじゃないか。だから俺は、ユキノのやり方は嫌いだ。賛成できない」
「とにかくアンタの好き嫌いで人の人生決めないでよ!」
「だったら! ユキノの好き嫌いで他人の人生奪っていいのかよ!!」
※地の文章
「ユキノのやろうとしてることは、あの俺の家族を巻き込んだ犯人や、ユキノがゲームで見下した連中……そして池田がしてきたことと同じ……いや、それ以下だ!」
「…………しってるわよ! …………そんなの、しってる……」
※地の文章
「…………でも、私にはこれしか、方法が思いつかなかったの……私の居場所を守る方法はもう……これしか」
「まだあるさ。俺だって絶望的な状況だった。でも一歩一歩進むしか無いってわかったから、戦えたんだ」
「それはトウヤが一人でも強いからよ!」
「言っただろ。俺は強くないって。確かに一人なら俺は逃げて自暴自棄になってたかもしれない。でも大切な人達がいたから強くなれたんだと思う」
「大切な、人……?」
「そうだよ。言葉をくれた病院の先生や、回復した両親。そして助けたい妹。みんながいる。だから俺は戦える。俺の《意思》が大切な人を守れる可能性があるってわかったら、がんばれてるんだと思う」
「でも……私にも大切な友達がいるのに……守れなかった……」
「あれはユキノのせいじゃない」
あれは誰でもあっても防ぎようのなかったこと――交通事故や通り魔事件に遭ったようなものだ。だからここでユキノが気にかける必要は本来ない。
でも、それすらもユキノが変われば解決するかもしれない。
「ユキノがもっと強くなればいいんだ。本当の意味で強くなれば。そしたら現状は変わる」
「……私が強く、なれば?」
「ああ。ユキノは十分強いよ。なんたって最弱の短剣でここまで来たんだ。そこに向かえる努力はすごいと思う」
「それは……池田を殺そうと思ったから……」
「でもそれだけの情熱があれば、本当の意味でユキノの居場所が守れるんじゃないか? そんな物騒なモノは……えっと、初めて会う女の子に言うのは恥ずかしいけど、似合わないと思うな」
「ばっ、ばかっ! いきなり何……言うのよ……」
「あ、えっと、その……つまりさ、もっと別の方法でぶつかってみたらいいと思うんだ。ちゃんと言葉にするとか、助けを求めるとかさ。さっきまであんだけ俺に叫んでたんだ。『やめてくれ』の一言ぐらい、今のユキノなら言えると思う」
「でも……私、ずっとそれが言えないで来た……」
「うん」
俺は静かに耳を傾ける。
「中学の時も周りの友達がどんどん離れていって『待ってよ』って言えなかった。もし言ったら、もっともっと人が離れていくような気がして……そしたらなんだか怖くなって、その一言が言えなかった」
「うん」
「高校に入ってからだって、私は悪くないってずっと思ってた。どうして努力して居場所を変えたのにまたこんな目にあうのって? 先生に言おうと思った。でも、それがきっかけで池田を逆撫でてもっとひどいことをされるんじゃないか――クラスの子に相談したらその子もイジメらるんじゃないか……ううん、その子自身も被害者にならないように池田側について、私の敵が増えるんじゃないかって。それで考えれば考えるほど悪い方向にいっちゃって……」
「うん」
「それで、何も言えなくなったの……私、言うのが怖い『もうやめて!』ってその一言を言うのがすごく怖いの……!」
「そっか」
ギリギリまで近づいてきたユキノ。これがゲームの中ならマインゴーシュのクリティカル距離だ。
だけど俺はユキノの肩にそっと手を置くと、
「俺にはユキノの問題を解決することはできない。だからユキノ自身が頑張って、それを言うことを応援するだけだ」
「……そんな……」
「でも、それで解決しなかったらさ、また相談に乗ってやるよ。たまたま家も近かったわけだし」
「……トウヤ」
「ユキノはもう一人じゃないんだ。……って勝手に名乗り出ちゃったけど、こういう逃げ方はアリだと思うぜ?」
「……うん、そうだね」
「だからまずは言ってみたらどうだ。きっぱり『やめて』ってさ。ゲームじゃあんな怖い顔ができるんだから、本気で怒ったら池田もビビるんじゃないか?」
「もう! 私ってそんな怖い顔してる?」
「してるだろ。包丁持って待ち伏せしてたんだから。ゲームだともっと怖いぜ?」
「……そう。そっか。うん、わかった。私、あとちょっとだけ頑張ってみる」
そう言うとユキノは内ポケットから包丁ケースを取り出すと、それをしまい俺に渡してきた。
「預かってくれる?」
「この時間に職質されたらヤバいな」
「トウヤは回避能力も高いでしょ? 頑張ってよ」
「まったく。いつも無茶苦茶なんだから。分かった。預かる――ん? これは?」
ケースにしまわれた包丁と一緒に差し出されたのは、メッセージアプリのQRコードが表示されたスマホだった。
「……私の連絡先、もし困ったことがあったら……トウヤが助けてくれるんでしょ? アンタのも教えなさいよね」
「あ、うん」
読み取るとユキノがメッセージアプリの連絡先に追加される。
「《雪乃》って本名まんまなんだな」
「トウヤだってまんま《※主人公の本名を漢字で○○》じゃない」
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