第3話 魔女の婚礼って素敵ね!

 お互いに顔も見えないし、ネリーは頭だってないのに、ためらいもなく求婚してくれる甲冑の騎士様。

 砂漠の白砂で傷がついたのか、銀色の甲冑には細やかな擦り傷が沢山ある。

 そんな傷が見えるほどの距離で、エルネストは膝を折り、ネリーの手を取りながら、真摯に求婚の言葉を捧げてくれて。

 ネリーの乙女心が、薔薇色に染まってしまいそう。

 それなのに「はい」と伝えるには、夢とか理想とか、そういうものが両手にいっぱいありすぎていて。

 ネリーの首から、文字にもなれない感情たちが、もわりもわりと千切れながら流れていく。

 エルネストはネリーの綴る文字から目をそらしてくれない。傷がついた銀色のバイザーの奥で、深いサファイアブルーの瞳がネリーを見つめている。

 止まってしまった二人の時間を動かすように、ラァラが頬杖をつきながら、ネリーに言葉を投げかけた。


「ネリー、泉の精霊姫と穢れた獣の話、好きだろ」

【好きだけど、それがなぁに?】


 物語の話をふられて、ネリーの首がちょっと動く。白い首筋が柔らかく動いて、ライラックのチョーカーに住んでいるカメオの女性が身じろいだようにも見えた。

 ラァラはそんなネリーへ、物語をなぞるように、ゆっくりと魔法の言葉をうそぶく。


「エルネストはイケメンかもしれないなぁ。いや、プライドが高いドロテが醜くなる呪いをかけたんだから、イケメンに違いない。そのイケメンがお前に求婚してんだ。応えてやらなきゃ、もったいなくないか?」

【なんてこと……!】

「いや、あの、ラァラ殿?」


 ラァラの口八丁な言葉に、エルネストが居心地悪そうに反応する。

 鎧をがしゃりと鳴らして、エルネストもラァラを振り向いたけれど、頬杖をついている赤毛の少女はその見た目に似合わない眼光の鋭さで彼を黙らせた。その迫力にどうしてか逆らえなくて、エルネストはぐっと言葉を飲みこむ。


「ネリー、どうだ? 今ならイケメンと結婚できるぞ」

【えっ、でも、わたし、まだ長生きしたいし……】


 ちょっと揺れ動き始めていたネリーの乙女心も、自分の理想を思い出したようにしぶりだす。ゆらゆらと雲の文字が不満げにけぶって、ラァラの顔へとかかった。

 その雲の文字を鬱陶しそうに手で払ったラァラは、ネリーに呆れたようで。


「ネリー、長生きなんてろくなもんじゃないぞ。あたしを見ろ。四百年生きても出会いがない! 蔦の婆さんだってなぁ、七百年生きた果てに食虫植物の精と縁づいただろうが。あぁなりたいか?」

【そんなことはないわ! 蔦の魔女のセラ様は、ちゃぁんと添い遂げられたもの! ……お墓が、ウツボユメカズラの中だったのは、どうかと思うけれど……】


 魔女の森の東には、食虫植物の蔦がたくさん茂る場所がある。

 あそこは魔女の墓場で、ネリーが幼い頃、一人の魔女がその伴侶の腕の中……いや、肚(はら)の中で永遠の眠りについた場所だ。

 ネリーはたとえ食虫植物の精だろうと、真の愛を見つけてその種を遺し、今や子々孫々に囲まれて眠りについた魔女セラのことを敬愛している。ただ一つだけ、彼女がその生の終焉として選んだのが、永遠に枯れないウツボユメカズラの消化液に溶けることだったというのだけが、理解できなかったけれど。

 それに、魔女に出会いがないわけじゃないと思う。

 お師匠であり母親代わりでもあったネルテだって、永遠の命を捨ててでも添い遂げたい運命の人に出会い、ドロテを産んだのだから。

 ネリーだって、そんな恋、してみたい。

 それなのに、まだひよっこ魔女のネリーに、結婚しろだなんて。

 ネリーの葛藤を、もやもやと雲の文字が綴っていく。

 ラァラはそれを読んで、もうひと押しとばかりに畳みかけた。色々と言い訳しても、ネリーはエルネスト本人を嫌がっていないから。


「ネリー、よく聞け。あたしがエルネストをここに連れてきたのはな、ドロテのこともあるが、こいつがお前の運命だからなんだよ」

【わたしの運命……?】

「そうだ。魔女スティラの占いだ。それで縁づいていたのが、お前なんだ」

【スティラが占ったのね……!?】


 ネリーの首からたちのぼる文字がまた乱れる。

 スティラは魔女の集落一の占い師。ドロテが白夜砂漠の向こうへ行ってしまったというのも、彼女が占った。

 そんなスティラの占いで、エルネストとネリーの運命が結ばれていた……?

 ネリーは意識をエルネストへと向き直した。エルネストもラァラから視線を外して、ネリーへと視線を戻している。

 相変わらず、お互いの表情は読めないけれど。

 ネリーの首から流れていく雲が、風もないのに右に左に忙しなくけぶっている。


「ネリー。エルネストを助けてやってくれないか。この魔女の集落で、お前にしか、エルネストは救えない。あたしたちじゃあ、砂漠を越えられないからさ。それにこれで、首も取り戻せるだろ?」


 スティラが占った。

 運命がつながっている。

 ネリーにしか救えない。

 首が、取り戻せるかもしれない。

 その言葉たちが、ネリーのあどけない使命感に火を点けた。


【そう……そうね! そうなのね! わたしの運命の人なのね、エルネストさん……!】

「えっ、えぇっ?」


 それまで首から上だけしか動きを見せなかったネリーが、急にエルネストの手を両手で握り返した。椅子から崩れるように床に膝をついて、エルネストと視線を合わせ――ようとしたのかもしれない。だってそこには首がないから、本当のところはわからない。

 急に手のひらをくるりと返したネリーにエルネストが呆気にとられていると、ネリーの雲の文字は踊るように彼を取り巻いて。


【そうなったら婚礼の準備をしなくちゃね! 魔女の婚礼に必要なものは何だったかしら! ちょっとまってて頂戴ね、儀式書を持ってくるわ!】

「あの、ネリーさん!?」


 静止する間もなく、ネリーはエルネストの手からしゅるりと逃れて、居間を出て行ってしまった。


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