第4話 道程

 チ——ン。

 8畳ほどの和室に、鈴の音が響く。

 引っ越しを機に、母方の祖父の家を間借りしている峰家。以前住んでいた家も一戸建てではあったが、祖父の家には劣っている。年期は入っているものの、3LDKに加え、歴代の先祖を祀った仏間まで用意されていた——。


「お父さん、おはよう」

 部屋の隅に寄せられた漆塗りの慎ましやかな仏壇。そこには爽やかな笑みを浮かべた男性の遺影がひとつ供えられており、峰は感慨深そうに遺影を眺めた。

「報告⁉︎ バンドメンバーが3人揃ったんだ。みんな個性豊かで、一癖も二癖もある子たちなんだけどさ。面白いバンドになると思う。大江さんは美人だけど、たまにすごい怖い顔するし、新見さんはポテンシャルはあるのに極度のコミュ障だし、国府田くんは天邪鬼だし、私に至ってはお父さんも知っての通りでしょ。まあ、正直私も上手くいくかは分からないんだけどさ。それでもあの時のことが忘れられないから、お父さんの分まで私叫ぶよ。だから聞いてて、天国から。いやっ、仏教だから極楽か。まあ、そういうことだから。報告終わり。

じゃあ、学校行ってくるね」

 屈託のない笑みを見せる峰は、腰を浮かす。背後から「圭ちゃん。私、先に出るから」という母親からの声に返事をし、早朝からのルーティンは終了した。

 立ち上がり、踵を返した段階で登校の路についた峰は、おもむろに歩を止める。まっすぐ前を見据えるその瞳には、徒ならぬ闘気が籠っていた。頬を二度叩き、峰はさらに闘魂注入。そして、一言。

「よしっ」

 と呟くのだった。


 意気込んで登校した峰であったが、課外活動は放課後へと持ち越される。心持としては昼休みから詰めた話がしたかったものの、国府田が首を縦に振らなかった。それもそのはずで、国府田との取決めにより、峰は同じ大学に入学することになっている。しかし、峰の学力と言えば平均の域を出ず、昼休みを学習時間に補填することほかなかった。

 図書室の机に頭を突き合わせて、受験を控えた男女が仲睦まじく勉強をしていると言えば聞こえは良いが、それは峰にとって苦痛の二文字でしかなかった。それでも以前の峰なら悲壮感漂う表情を浮かべて絶望に打ち拉がれていたかもしれない。しかし、今は違う。何と言っても困難に立ち向かってくれる仲間がいるから。

 そう思って真っ先に、峰は2人に声を掛けた。期待も虚しく断られてしまったが——。

 そんなだから、峰の放課後に掛ける思いはひとしおで、集合場所に指定していた図書館に、いの一番にやって来た国府田に詰め寄ってしまう。

「お疲れ様、国府田くん⁉ 来てくれてありがとう」

「あ、ああ。そりゃあ、来るさ。そういう話だったじゃないか」

 峰の勢いに気圧されて、国府田は若干仰け反っているが、気にする素振りも見せない峰は、留まることを知らない。

「それはそうだけどさ。国府田くんが一番乗りだなんて思わなかったんだもん。だって最初はあんなに渋ってたじゃん」

「無理矢理勉強に付き合わせたからな。それで行かないのは流石に無いだろ」

「無理矢理だなんて、そんなそんな——。もしかして、私、顔に出てた?」

「まあ」

「本当に、ゴメン。気持ち良く勉強をしているところを」

峰は手を合わせ、お茶目な表情で謝罪の意を示すが、国府田は「別に気にしてないから」

と反応が薄い。だから、峰も「そう?」と真意を探ることしかできず、場に会話が無くなる。

 しばらく静寂が続く中で、それを嫌ったのはどうやら峰だけではなかったらしく、国府田が口を開いた。

「あと、俺のことをガリ勉みたいに言うのは止めてくれ。俺だって好きでやってる訳じゃないんだ」

「そうなの。にしては、身の入り方が尋常じゃないと思うけど」

「それは父親の影響だな」

「へー、お父さん教育熱心なんだ」

「決してそういうわけじゃないよ」

 家族を評価されて気分を害する人間などいないという了見での言葉だが、それを明確に否定され、峰にも打つ手がなかった。

「俺の父親が言うことと言えば、現状に対する恨みだけ。建設的な話はまったくしない。だから、俺はあんな風になりたくないから勉学に励んでるんだ。学歴があれば、視野が広がるだろ?」

「それには同感。でも、お父さんのことを悪く言うのは良くないと思う」

 聞くなり国府田は、乾いた笑みを溢す。

「さぞかし峰さんの父親は優しいんだろうな。じゃないと、そんなこと言えない」

 峰の思いがあるように、国府田の思いもある。むやみにパーソナルな部分に触れてしまった報いかもしれないが、それで言えば国府田も同じだった。だから、聞き方によってその言葉は仕返しにも取れる。峰にそのつもりはなくとも……。

「私、父親いないんだよね。流行病が重症化して、そのまま逝っちゃった」

 感情を込めず、淡々と峰が話す一方、国府田は言葉を詰まらせる。そして、一瞬の逡巡の後、捻り出した答えが「すまん」だけだった。

 案の定、雰囲気はお通夜ムード。グラウンドで額に汗している運動部の掛け声が、やたらと耳に届く。


——丹高、ファイオー、ファイオー

 

 意図せず全校生徒を鼓舞する運動部。かたや辺境の地で停滞している二人。

 無神経だったと謝罪をしたのにもかかわらず、峰からの返答が「いいよ」のみ。ままならない国府田は、ブツブツと言葉を紡ぐのだった。

「そんなこととはつゆ知らず、配慮に欠けた」

「まあ、人間生きていれば失敗の一つや二つあるから、全然気にしてないよ。どうせ、いずれ言わないといけないことだと思ってたしさ。きっかけをくれてありがとうだよ」

 峰は柔和に笑い、優しく話しかけるも、納得がいっていない国府田は、「本当にすまん」と思い詰めた表情だった。

 踏切の警報音が遠くで鳴っている。次いで峰の意識に電車の走行音が上ったところで、狙いすましたかのように図書室の扉が開いた。

「お疲れー、二人とも」

 溌剌とした声音で勢いよく入ってきた大江。その後ろを新見がおずおずと連れ立っていた。

「新見ちゃんが、外で待ってたけど——。何かあったの?」

 変わらず美人な大江は、怪訝な面持ちで二人を見る。

「んーん。何でもないよ。ごめんね、新見さん。待たせちゃって」

「い、いえっ。私は……」

 未だ尚辺りには、鬱屈とした雰囲気が漂っている。それを払拭する気概を峰、国府田、新見が持ち合わせているはずもなく、やはりそこは社交性に長けた大江の役目である。「もう」と口を尖らせ、空気を切り裂いた。

「活動初日というのに、どうしてそんなにテンションが低いの? 上げてこうよ⁉︎」

 3人の視線の先で、大江が嬉々として語る。

決して雰囲気を一掃したわけではないが、それでも一助になったのは確かで、峰が口火を切る。

「立ち話もなんだから、取りあえず座らない? 空きは一杯あるからさ」

 ガランとしている図書室の一角を、峰が指す。初めに歩を進めたのは国府田。それに連なり、各々が歩を進め着席することで、晴れて第一回の課外活動が開始された。


「本日はお集まり頂き、ありがとうございます。それでは第一回目の活動を始めたいと思います」

 あまりにも形式張った前置きをしたのは、峰。さらに「本日の議題は担当楽器の選定です。各々、経験したことのある楽器がありましたら、挙手にてお願いします」と続ける訳だが、その堅苦しさに他の者は追随することができず、大江が不満を漏らす。

「峰ちゃん⁉︎ 堅すぎる。そんなんじゃ、恐縮しちゃうじゃん。ねえ」

 そう言って大江は隣の新見、次いで正面の国府田に是非を問うが、先に返答したのは国府田であった。

「恐縮するかどうかはさて置き、堅すぎるというのには同意だな」

「わ、私もちょっとやり難いなとは思いました」

 控えめに呟く新見。それは峰の表情を窺いながらの発言であったが、やはり苦情であることには変わらず、民主主義に基づいて峰の進行方針は軌道修正される。

「そう? ちょっと、肩に力を入れ過ぎちゃったかも。じゃあもっと、フランクに行くよ」

 峰は目を閉じ、呼吸を整える。そして、刮目するやいなや、机に乗り出した。

「ねえ、みんな⁉︎ 楽器弾いたことある?」

 ガタつく机を気にも止めず、一心に問いかける峰。勢いだけで言えば先程と雲泥の差であるが、勢い過多なのも事実。国府田からの「加減を知らないのか」と悪態を吐かれるものの、当の本人には響いていなかった。故に、切り出しも早い。

「私は専らギターなんだけど。もしかしてギター専の人いた?」

 反応が得られず、思わず畳み掛ける峰に対して新見がぎこち無いのは言うまでもなく、一方の大江はやはり場数を踏んでいるようで、そのテンションも卒無くこなす。

「触ったことがあるのはピアノかな。言っても小学生の時に無理矢理通わされたピアノ教室でだけどね」

「その口振り。もしかしてピアノ嫌いになっちゃったとか?」

「別にそんなことないよ。当時は天真爛漫なおてんば娘だったから、ピアノ弾いてるよりも遊びたかったってこと。決してピアノ自体に嫌悪感があるわけじゃないわ」

「なら良かった。じゃあ、大江さんはキーボード担当ってことでいい?」

「オッケー」

 気前よく承諾する大江は、浅く座り直す。ゆったり構えて聞き役に徹すると思いきや、変わって峰サイドに立つのだった。

「じゃあ、あとはドラムとベースと——。ボーカルもだっけ?」

 峰に素朴な問を投げ掛ける大江。それに峰は「うん」とだけ首を縦に振るのみで、同意を得られた大江は話を続けた。

「私、思うに。国府田くんはベースだと思うんだけど。どう?」

「そう、だね。イメージだけなら。どうかな、国府田くん。やってみる?」

 バンド活動を推し進めることに余念が無い峰は、透かさず国府田に視線を送る。口調はあくまでもフランクであるものの、その視線には熱い思いが込められていた。

 届けこの思いとの一念で、ひたすらに国府田を見つめる峰。しかし、国府田に変化はなかった。相変わらず気怠そうな表情を浮かべて、ことの成り行きを窺っている時にふと声を掛けたにも関わらず、ピクりとも表情筋を動かすことなく視線だけを向ける。そして、言った。

「どういうイメージなのかは知らんが、そもそも楽器は触ったことないからな。こだわりは無い」

 些か投げやりな言葉ではあったが、選定する上でこれと決めたモノがないのは願ったり叶ったりでもある。峰は採用の太鼓判を押す勢いで机を軽くドンと鳴らし、採用の「さ」を言いかけたところで大江に口を挟まれた。おかげでいきなり机を叩くおかしな女子生徒のレッテルを貼られることを免れない。

「えらく斜に構えてるじゃん。内心じゃ、これでモテるとか思ってるんじゃないの?」

 それは大江にしてみれば友人間での軽口なのかもしれないが、相手によっては怒髪天を衝く言葉なのも事実。峰としては開幕直後に波風立てるのは勘弁してほしかったが、そこは相手が国府田であることが救いとなる。

 言われた本人はやはり何処吹く風というふうに、話を切り出した。

「ああ、そう言うこともあるのか。全く頭になかった。しかし、そういう側面があるのなら、少し後悔するかもしれないな」

 何食わぬ顔で衝撃発言をする国府田に、心中穏やかでない峰は動揺が隠しきれない。

「そ、それはまたどうして?」

「だって、俺。モテたいとは大して思ってないからな。できれば、外連味は少しでいい」

「それを世の男子が聞いたら、発狂するんじゃない。男子の風上にも置けないって——。だって、そうでしょ。女の子にモテるなんて、いつの時代も男子諸君のテーマじゃん」

 と大江は何やら興味深そうに話を掘る。その真意が峰にも分からず、終始二人の会話に耳を傾ける。

「一概にそうも言えんだろ。こうやって俺という存在がいるんだから」

 それを聞くやいなや大江は、いやらしく目尻を下げた。

「強がりなんじゃないの?」

 どうしてそこまで突っ掛かるのかと考えた時、峰の脳裏に一つの可能性が過ぎる。自身の容姿に対する自負。先日、大江が自身の容姿を遠回しであったものの、自画自賛していたのを記憶していた。

 そんな大江に対して、国府田は女子の気を引こうとは思わないと言う。それすなわち女子に対する国府田の興味度合いを意味し、延いては自他ともに認める美人の大江に対する挑戦状でもあった。その攻防と言える局面は、「じゃあ、聞くが」と国府田の反撃に移る。

「大江さんだったら、嬉しいのか? 男女問わずちやほやされて。この俺の耳にまで届いてるぞ」

「……」

 大江の返答はない。しかし、それが全てを語ってもいた。

 鋭い問いにぐうの音も出ず、言葉に詰まらせる大江。一本取られたと言わんばかりに両手を上げ、そして吐息混じりに「ごめん」と溢すのだった。

「自分のことを棚に上げしてたわ。ちやほやされて気分が悪いわけじゃないけど、取り立てて嬉しいわけでもなかった。自分を過小評価されたみたいで、少しムキになっちゃった。——峰ちゃんもごめんね。話、続けよ⁉︎」

 情緒のジェットコースターと言えよう。急降下したと思いきや、穏やかな声音。友人はいないと主張するクールな大江であっても自尊心が冒されれば、感情的になる。これが友人がいない所以なのかもしれないが、大江の素であるのは確かだった。自身をさらけ出すことさえも厭わない。そこに友情の片鱗がある。

 しかし、当然いまの峰がそれを知るわけもなく口籠ってしまい、フェーズは大江にあった。

「あとは、ボーカルとドラムだよね」

 大江は右手を顎に当て考える素振りを見せるが……、間をおかずしてその手を外す。

「うりゃッ」

 掛け声と同時に隣の新見の横腹に軽い打撃。ビクついたものの、そこは新見である。声を上げることはなく、只々驚きの眼差しで大江を見つめるだけだった。それを大江は悪戯を思いついた子供のように目尻を垂らし、新見を見る。そして、次の瞬間——。

 何を思ったか、大江が新見の脇腹を再び攻める。それも執拗に。

 絶え間なく攻められ、ついには声を上げる新見。

「止めてくださいって」

おそらく滅多に拝めない新見の腹から出した声に一同が驚愕し、感銘を受けた。

「どう? 峰ちゃん」

 何やら誇らしげに大江が峰を見る。対して峰も意を察し、満更でもない表情で腕を組んでいる。

「いいねっ」

 敏腕プロデューサーさながら、峰は新見を指した。

「でしょっ。この前、発声を聞いてから気になってたんだよね」

 理解の及ばない新見を他所に、大江が嬉々として峰に被せるように言う。

「透明感がありつつも、その中に力強さもある。申し分ない」

 ボーカルに新見を推したい峰と大江。しかしながら、そこに大いなる障壁があるのも事実で、峰は「でも」と続けるのだった。

「新見ちゃんだしね……」

 峰は含蓄のある一言を添え、新見に視線を向けるが、当の本人は全く理解していない様子。だから、駄目元で口にする。

「新見ちゃん、これは提案なんだけど」

 入りは慎重に。新見が「はい」と耳を傾けたところで、峰は爆弾を投下する。

「ボーカルやってくれない?」

「……、えっ⁉」

 鋭く空間を切り裂く新見の声はやはり魅力的で、故に、峰に諦める手はなかった。


 夜も更け、峰の所は自室にあった。

あの後、一頻り新見を勧誘したものの、「無理です」の一点張りで決して首を縦に振ることはなく話は平行線をたどり、のらりくらりと下校のチャイムを向かえ、今に至る。

夕食を終え、ようやく消化し切ったと消化器官が息を吐くそんな時、峰は無性にデザートが食べたくなってしまった。それも有り合わせの果物ではく、コンビニの限定プリンが。

そうなると善は急げ。峰は財布片手に自室を飛び出す。しかし、時間が時間だけに足音は忍ばせた。階下からはテレビの音と共に母親と祖父母の談笑。これはシメたと歩を進めるが、階段に差し掛かったところで、老朽化により家屋が軋んだ。それでも最後の一足を踏み込み、玄関に向かおうとしたその時。居間の戸が開き、母親が顔を出した。

「どうしたの?」

「ちょっと、コンビニ行ってくる」

「……そう。気を付けてね」

「何か買って来るものとかある?」

「……お父さんお母さん、何かいるものある? 圭ちゃんがコンビニ行くって言ってるけど」

 母親の意識が居間の中に移る。祖父母にも確認を取っているようだが、玄関にいる峰にもそのやり取りは筒抜けで、返答を待つまでもなかった。しかし、聞かなかったら聞かなかったで、帰宅後が怖い。玄関先に飾られている数年前に釣った鯛の魚拓を眺めていると、間もなく声が掛かった。

「おじいちゃん達は何もいらないんだって。だから、お母さんの分だけ。何か冷たくて甘いものお願い。お金は後で渡すからさ」

「はーい」

 立て付けの悪い引き戸が音を立てる。いざ出陣と、峰は外界へ一歩を踏み出した。春もたけなわとは言え、朝夕はまだ冷える。出た瞬間、寒風が頬を撫でるも、暖房での火照りを和らげて却って心地よかった。

「じゃあ、行ってきまーす」

 峰は慣習に倣いそう告げて、後ろ手に引き戸を閉めようとしたが、後方からの声に手が止まる。

「圭ちゃん⁉︎ ちゃんとスマホ持った?」

「持ってるよ」

「スマホはすぐに110番できるようにね」

「はいはい」

「知らない人について行っちゃダメよ」

「もう⁉︎」

 あまりの扱いに語気を強め、峰は思わず振り返る。

「私、そんな歳じゃないから。子供扱いしないでよね」

 文句を垂れる峰であったが、一方の母親はというと口許に笑みを浮かべている。だから、これはからかわれたのだと峰は顔を歪めるも、そこは母子の関係である。母親の「行ってらっしゃい」の言葉ですべてが完結され、峰も渋々引き戸を閉めるしかなった。

「……」

 寒風が峰の頬を再び攫う。玄関先で佇む峰の鼻孔をどこからともなく漂う野菜を炒める匂いが擽るも、食後ということもあってすでに腹の虫は収まっており、俄然、食後のデザートの口。なれば善は急げと、峰は足早にコンビニへと向かった。

 

——ズッ、ズッ、ズッ


家々が軒を連ねる区画を、クロックスを引きずる音だけがやけにこだまする。前方に見える幹線道路を数秒置きの間隔で車が流れているが、夜も10時を過ぎれば日中とは様子が異なり大型トラックが多い印象だ。そして、また大型車特有のエンジン音が響き、ともれば峰の足音が目立つ。

そんなことが数回あって、峰は幹線道路に出た。ここまで来れば、道程も終盤に差し掛かったも同然。視線を右に向ければ、数百メートル先に煌々と光る看板が見えた。

 目的地が見えたことで、峰の歩調も自然と速くなる。刻一刻とコンビニに迫る。脳裏には行き付けのコンビニということもあって、スイーツの陳列棚が過ぎる。限定プリンにふんわりどら焼き、カスタードクリームのたい焼き。りんごのカヌレも捨て難い。叶うことなら店頭の甘味を全て食べたいところであるが、峰のお財布事情は決して恵まれたものではなかった。ゆえに厳選に厳選を重ね。和なのか洋なのか。乾物なのかしっとりしているのか。細部から絞り込み、これという一品を決める。ものの数十メートルという間に。

 峰の意識はそちらに割かれ、危機回避能力も著しく低下しているそんなとき。軒下に赤提灯をつり下げた焼き鳥屋に差し掛かる。

 和風の格子戸の隙間からは規制緩和により以前の賑わいが窺えるが、今の峰にとっては些細な事であった。意識の端に追いやり、ひたすら突き進む。

 コンビニまで目前。後ろの焼き鳥屋の戸が開くも、峰は気にしない。


「ありがとうございました。またのお越しを⁉」

 

ハツラツとした男性の声が、車の走行音の間を縫って響く。若々しくあって、どことなく聞き覚えのある声に、峰は思わず振り向いた。

店員は頭を下げた瞬間だった。

こちらを気にすることも無く、店員は職務に戻ろうとする。その横顔に、峰は見覚えがあった。右眉の剃り込み、ビジュアル系を思わせる鼻の高さ。それはまごうことなく田嶋だった。

峰は踵を返すも田嶋の姿がなく、すでに店内。

峰は店まで戻り、戸を少し開け店内を窺った。

「……」

 そこには印象とは打って変わってテキパキと職務をこなす田嶋の姿。

 峰はポケットからスマホを取り出す。そして、アプリを立ち上げ、パシャッと一枚。シャッター音が気掛かりではあったが、取り越し苦労に終わる。峰はそそくさとコンビニへと向かうのだった。

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