第11話 父①
千早が怪獣になった日の夜。
千早の家の地下。
そこには壁一面に備え付けれらたモニターとその他機材が存在し、さらに会議用のスペースまで完備されていた。
さながら秘密基地の様相を呈している。
楽しそうである。
そんな秘密基地感溢れる地下の一室において、千早の父は神妙な面持ちで椅子に腰かけている。
その手の組み方は碇ゲンドウである。
禿散らかしているのに、碇ゲンドウリスペクトである。
「本日、プランC9に協力してくれた皆様には感謝申し上げます」
千早父は会議室用テーブルを挟んで反対側に座る九人の美女に向かって礼を述べる。
その九人は本日、千早をしこたま追い詰めた面々であった。
九人は千早父の謝辞に応じるように首を縦に振る。
「今後も千早が怪獣になることがあるかと思いますが、お力添えいただきますようよろしくお願いします」
深々と頭を下げる父。
そしてその横には姉。そしてさらにその横には特段出番のなかった母が座っている。
「私、いえ私たちとしても千早のためならなんでもする所存ですので、こちらこそよろしくお願いします」
瑠々の返答に応じるように、今度は九人が深々と頭を下げる。
「こんなに思ってもらえるなんて、千早も幸せ者ね」
出番のなさをここぞとばかりに取り返そうと母が喋る。
「そうね。しかもこんなに可愛い子たちばかりで」
姉も喋る。
能力を披露できなかったフラストレーションが彼女を駆り立てる。
「そうだな。幸せ者だな我が息子は」
父も喋る。
禿散らかしている碇ゲンドウのくせに。
「それはそうと」
英梨が口を挟む。
「はやが怪獣になる期間は高校生の間だけってことでいいんですよね?」
「そういうことになりますね」
禿散らかしゲンドウは過去を慈しむ様に、髪の毛が猛烈に存在していたあの頃を思い返すように、頭を撫でた。
☆
千早の本当の父は怪獣である。
しかし、ただの怪獣ではなかった。
彼の父は人間の仲間として怪獣による侵略に抗い続けた怪獣であった。
人間側についたきっかけは、理念のない地球侵略に疑問を抱いたことであった。
怪獣は基本的に知性のない状態で生産をされている。
しかし稀に、十数年に一度の割合で知性を、しかも高い知性を持った怪獣が生まれてくることがあった。
知性をもった怪獣は殺処分の対象となるが、千早の父怪獣はその知性ゆえに知性がないふりをすることでその危機を乗り切った。
そして送り込まれた地球。
そこで目の当たりにしたのは、宇宙人による侵略によって傷つけられた街並み、破壊された自然、必死に抗う人々の姿であった。
それらを見てすぐに父怪獣は本星に連絡をとった。
なぜこのような侵略を行っているのか。
その目的を教えてほしいと。
本星の担当者は怪獣に知性があることに驚きながらもシンプルな答えを伝えてきた。
「地球侵略に意味はない。いや、昔は意味があったのかもしれないが、もはやその意味を我々の世代は受けついていない。それでも侵略をやめないのは上が動かないからだ。侵略を続けることを疑問視する上層部もいるが、もし侵略を止めたときに想定外のことが生じたら誰が責任をとるんだ? 世論も今のところ侵略賛成派が六十パーセントを超えている。止めない理由はあっても、止める理由がないから止まらない。それだけさ」
父怪獣は理由なき侵略の罪深さに唖然とした。
同時に決意する。
人間の側につこうと。
その時出会ったのが千早父、そう父禿であった。
父怪獣は戦闘力こそ低かったものの、その知性は地球上の誰よりも高く、怪獣殲滅のための兵器や装置を次々と開発をしていった。
その献身ぶりに初めは懐疑的な視線を向けていた父禿も次第に心を開き、気づけば親友のような存在になっていった。
それは父禿だけではない。
近くに住む人々、共に怪獣と戦う仲間、それら全てが父怪獣の思いを受け取りながら絆を深めていった。
父禿が結婚し、娘が生まれたとき泣きながら喜んでくれたのも父怪獣であった。
もはや父禿と家族同然の仲であった父怪獣。
しかし、そんな父怪獣に悲劇が訪れる。
父怪獣の加勢により勢いを増した地球側は次々と送り込まれる怪獣を殲滅していった。
その分、本星は怪獣の量産体制を余儀なくされ、コストが大幅にかさんでいってしまっていた。
そんな状況に業を煮やした上層部は父怪獣を暗殺するための特殊部隊を送り込んだのである。
その暗殺部隊にいち早く気づいた父禿が応戦したのだが、戦いを近くで見守っていた父怪獣に運悪く凶弾が命中してしまった。
「すまん……。すまん……。守れなくてすまん」
父禿の腕の中で死を悟った父怪獣は穏やかな表情を浮かべる。
「いいんです。私はこの星に来て人の暖かさを知ることができた。そして私もその受け取った暖かさを皆に返すことができた。それだけで十分です。でも一つだけ心残りがあるとすれば息子を置いていってしまうこと」
そう、父怪獣は無性生殖による子どもを設けていた。
千早である。
「大丈夫! 千早のことは俺たちに任せろ! お前とも家族になれたんだ。千早なんてもう既に家族だ家族」
父禿は大粒の涙を流しながら、それでも笑顔で父怪獣の不安を笑い飛ばそうとする父禿。
「ありがとう。でもやはり心配ではあるんです。私は自身が怪獣だとわかった上であなたたちと仲を深めることができた。でも、千早は自身が周囲と違うことを理解できないかもしれません。そのことで悩むかもしれません。私が傍にいてあげることができれば……」
そこまで言って父怪獣は唇を噛み締める。
「でもこのようなことを予想していなかったわけではないんです。いつか私を狙った刺客が来て殺されるかもしれない。そう考え、あの子には私が死ぬと発動するチップを埋め込んでいます」
「チップ? それはどういうチップなんだ?」
「細胞を人間に組成変化させるチップです。それによってあの子は人間に姿になるはずです」
「お、おおそうなのか。じゃあ君の心配も杞憂に終わるじゃないか」
「ええ、でももしかしたら子どもから大人に体と心が切り替わるころ、高校生あたりで怪獣に一時的に戻ってしまう可能性もあります。不安定な時期を抜ければ人間に固定されると思うのですが……」
「な、なんだそんなことか。そんなの俺に、いや、俺らに任せろ! そんな心配なんて杞憂だったなって天国で言わせてやる」
「本当に……ありがとう」
父怪獣はそれを最後に息を引き取った。
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