第9話 涼音
「きょ、京華さん。駄目ですよ。駄目、駄目、駄目です」
怯えたような声を発しながら千早と京華の間に立つ一人の少女。
彼女は両の手を胸の前で合わせ、半身で京華を見つめていた。
「涼音?」
「せ、先輩、お久しぶりです」
涼音と呼ばれた女生徒は不安そうな声を発しながらも、千早の前からどこうとしない。
「邪魔せんといてや」
「そ、そういうわけにはきません。むしろ京華さん、ここにいて大丈夫ですか?」
そう言うと涼音は静かに両手を広げる。
その目は前髪に隠れ見えはせず、さらに猫背も相まってより自信なさげに見える。
しかし、広げられた両の手は彼女の自信全てを凝縮したのかのように力強く開かれている。
そして無数に生み出される濃い紫色をした球体。
それらはまるで重力を無視するかのように宙に浮き、京華を取り囲んでいく。
「も、もしまだ続けるのであれば、この全てを京華さんにぶつけます。し、知ってるんですよ。京華さんが一度にテレポートさせることのできる数が限られていること」
「……うちの能力と相性悪すぎるな」
「す、すみません。先輩を守るためです」
時間にしたら僅か数秒。
しかし、当事者にとっては途方もないプレッシャーの中での数秒。
京華は諦めのつかない表情を浮かべながらその場から立ち去った。
「せせせせ、先輩っ」
涼音は千早の方へ振り返りざまにへたり込んでしまった。
「涼音!」
千早は慌てて駆け寄った。
そして震える肩にそっと手を添える。
「まったく、無茶しやがって」
「え、へへ」
少しだけ垂れた瞳から漏れるのは安堵であった。
涼音の能力は『
彼女の臆病な性格に起因するそれは、まるで自身を守るかのように毒を周囲にまき散らす。
彼女自身はその能力の強さや汎用性に気づくことなく、ただただ毒を出してしまう自身を嫌い、もともと臆病だった性格は能力が発現して以降より悪化していった。
そして、それまで以上に人と接することにも臆病になってしまっていた。
しかしそんな折、戦闘の中で千早にその能力の高さを見出され、かつ能力操作の指導を手厚く受けた涼音。
それ以来、涼音は千早に恋慕までいかないにしてもそれに近い感情を抱くようになった。
「せ、先輩が無事でよかったです」
「ああ、助かったよ……」
しかし、ここで千早はようやくここまでの流れを思い出す。
殲女の学生、しかも友人たちに襲われて救い出されて襲われて救い出されて、涼音で自身の目の前に現れたのは八人目。
もしかしてこの子にもやや理不尽な理由で自身を襲うのではないか。
そう思わざるを得なかった。
「涼音は俺のこと変な理由つけて倒そうとしたりしないよね?」
「もちろんです。こじつけたりしません。私はシンプルに怪獣怖いので先輩を倒します」
へたり込みんだ状態で強く拳を握る彼女。
臆病で人と接するのが苦手だった彼女が自身の意見をこうもはっきり主張できるとは。
千早は得も言われぬ感動と恐怖という相容れぬ二つの感情を同時に味わうことができた。
「それはどうにか変えられないの?」
千早は交渉する。
「そ、それはできません。す、すみません。怪獣怖いので倒します。怪獣怖いので、倒します」
どうやら大事なことだから二回言ったらしい。
またしても感動する千早。
そしてもうしんどいしやられてしまおうかという考えもよぎる。
大事な後輩を傷つけたくないし、おそらくこの状況を脱したとしてもまた新たな女生徒が登場する予感がする。
千早は薄々と感じていた。女生徒の連続的な登場の必然性を。
「で、では、いきますね先輩」
涼音は再び両の手を広げ、千早を取り囲むようにして毒を孕む球体を生み出していく。
生みの苦しみと言わんばかりに涼音は嗚咽を漏らす。
「ほ、ほんとにごめんなさい。私が臆病なばっかりに……」
「涼音は悪くないよ。ただ俺が怪獣になったのがいけなかったんだ。ほんとに、なんでこんなことに」
千早は自身の掌を見つめた。
普段の形状、色とは異なるそれは静かに千早の中に暗い影を落とした。
死にたかったのかもしれない。
そう、千早は思った。
怪獣になり家族、友人に襲われる中でそんなことを考える暇もなかったのだけれど、今涼音との会話の中で微かにそう感じた。
これまで殲滅対象としてきた怪獣に自身がなってしまった。
それは絶望以外の何物でもなかった。
もしかしたら自分は宇宙人によって生み出された何かかもしれない。
そうでなければ怪獣なったことの説明がつかない。
ヒーローを気取っていた自身が怪獣だという事実。
受け入れがたいのに、受け入れざるを得ない現実がここにあった。
「え、えい!」
涼音はターゲットを取り囲む毒の球体を一気に駆動させる。
千早はそれら全てを受け入れるように目を閉じた。
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