第8話 京華
そして、当の千早はというと。
「あの子、可愛い顔してえぐいことするなー。ちーくんもああいうときはちゃんと逃げなあかんよ」
胸の谷間に埋まっていた。
いや、正確には埋もれさせれていた。
「ふょうふぁ?」
「あ、ごめんごめん。息できひんよな」
平均よりも大きな胸の谷間から解放された千早。
彼の座標軸はいつの間にか理科室とは複数の校舎を挟んで対極に位置する家庭科室に存在した。
「京華助かったよ」
千早は大きく深呼吸をする。
環奈の圧とそれに続く乳の圧で呼吸がほとんどできていなかった。
「困ったときはお互いさまや。気にせんでええよ」
京華と呼ばれた女生徒は白い歯を見せながら笑った。
その笑顔に千早も安堵感を覚える。
「それにしてもほんまに怪獣になってしもてるな」
京華はまじまじと千早の体を観察する。
前も後ろも左も右も上も下も。
隅々まで観察をする。
「京華、さすがにそんなに見つめられると恥ずかしいだけど」
「ごめんごめん。怪獣なんて久しぶりやし、それにその久しぶりの怪獣がちーくんやっていうのも新鮮過ぎて」
「それにしても京華、いつの間にテレポーテーションをあんな速度で行えるようになったんだ?」
そう、彼女の能力は『
「おお、気づいてくれたんか! さすがちーくん。せやねん。前は一、二分集中せんとテレポーテーションできひんかったんやけど、つい一昨日くらいから一瞬で飛べるなったんよー。まあまだ慣れてなくて今回は慌ててもうだけど。そのおかげで私の谷間処女、奪われてもうたわ」
京華は胸を押さえながら上目遣いで千早を見つめる。
潤んだ瞳に千早は焦る。
「いや、それはだって……」
「あははっ。冗談やって。気にせんといて。それよりもさ」
「お、おう」
「うちは美人やねんか」
「え? あ、まあそうだ、な」
話の方向性が急に変わってことに千早は戸惑う。
「きっとうちは薄命や。そやから多くの恋をしたいんよ。なのに君に助けられてから君のことしか考えられへんねん」
京華の能力に影響を与えたのはその『移り気』である。
気持ちがころころと移り行くように、彼女の体も飛んでいく。
京華はその能力ゆえに戦闘中はかく乱や情報収集を任されることが多かったのだが、一度大きなテレポートミスをしてしまったことがあった。
強力な数体の怪獣が同時にしかも同じ地点に出現したその日。
京華はいつものようにかく乱と情報収集を進めていたのだが、いつもより強大なかつ複数個体の怪獣の存在に焦ってしまい、テレポート地点を誤ってしまった。
テレポートした地点はまさに戦闘の中心。
怪獣たちの総攻撃を受けてしまうポイントであった。
京華は美人薄命と運命を受け入れながらも運命を呪った。
「大丈夫。俺の傍にいて」
その時、京華をかばいながら命がけで守ってくれたのが千早であった。
それ以来、京華は千早のことしか見えなくなってしまったのだ。
「だからちょうどよかった。怪獣になったんやったら倒せばええもんな。君を倒せばうちは新しい恋ができる。しゃーないんよ、うちは恋せんとあかんねん。大丈夫。うちも早くに死ぬからそんな長いこと寂しい思いはさせへん。待っててな」
そこまで言うと京華は千早に右の掌を向ける。
京華の能力は自身をテレポートさせるのはもちろん、小さな対象物であれば無理やり移動させることができた。
そう、人の頭部程度の大きさのものを。
「ちょ、ちょっと待って」
「ちーくん、堪忍な」
聞く耳を持たない京華は能力を発動する。
千早の頭部に向けて。
愛する人の頭をその手に収めるべく。
「あかん!」
しかし能力発動と同時に京華は焦りながらバックステップをする。
そして京華の立っていた位置に落ちる何か。
その何かは接地するとともに地面を静かに溶かしていく。
鈍い音を立てながら。
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