第7話 環奈
再び千早を襲う衝撃。
そして届く声。
「美里先輩、そこままです!」
「その声は環奈!」
美里が振り返った先にいたのは、殲女の一年生用ネクタイをきっちりとつけた少女だった。
環奈と呼ばれた少女は怒っているようで、その可愛らしい顔にミスマッチな皺が眉間に寄っている。
「なんで何も問題を解決しようとしないまま心中しようとするんですか!」
むんっ、と頬膨らませる彼女の頬から小さな放電が起こる。
そう、彼女の能力は『
文字通り電気を体から発生させ、対象を攻撃する能力である。
シンプルである。
「千早先輩も千早先輩です。死のうとしないでください。初恋の人が別の女性と心中とか一生のトラウマものですよ」
再び彼女の頬から電気が漏れる。
「まったく。……それでこれからどうするつもりなんですか?」
「どうって。そう言えばどうすべきなんだろう」
千早は考え込む。
朝起きて怪獣になってて、姉と父に襲われそうになったから家を飛び出して、殲女に入ったと気づいた後、次々と襲われて。
「まずはしっかりと身を隠して、怪獣になった原因を探ってみるべきでしょう。このまま学園内をウロウロしていてもまた襲われるだけでしょうし」
「そうだな、そうした方がよさそう……だ」
千早はアイコンタクトを取ろうと美里を振り返った。
と同時に、美里は地面に伏してしまった。
「大丈夫ですよ。気絶する程度に加減しましたから」
千早の背筋に冷たい汗が流れる。
美里の横に立つ環奈。
その全身からは総毛だつほどの電流が溢れ出ていた。
環奈の能力はシンプルである。
シンプルであるがゆえに極めればその威力も絶大なものとなる。
「環奈、なんでこんなことを?」
「こんなこと? 私の初恋の人である千早先輩と心中しようとしたからですよ。知ってますか? 初恋は成就するか、何かしらの障害で結ばれない場合は初恋相手が死ぬのがセオリーなんですよ。でも死ぬのは別の女とじゃない。美里先輩とじゃないんですよ」
「いや、ついさっき怪獣になった原因をって」
そこまで言って千早は口を噤む。
「原因をなんでしたっけ?」
環奈の能力に影響を及ぼしたのはその『純粋』さである。
彼女はその純粋さゆえに初恋というものに憧れ以上の感情を抱いてきた。
だからこそ初恋について勉強を重ねた。
どうすれば素敵な初恋ができるのか、どうすれば初恋が初恋らしく成就するのか、もししなかった場合はどうするべきかを。
主に少女漫画を情報の入手元として活用してきた。
「先輩。ねえ、先輩。私の初恋の人。怪獣になってしまった初恋の人」
一歩、環奈が近づいてくる。
環奈の顔にはいつもの快活な笑みが張り付いている。
しかし、体を覆う電気がその快活さを消し飛ばしている。
「覚えてますか? 初めて会ったあの日のこと。春風に吹かれて飛ばされてしまった私の帽子を拾ってくれたのが先輩でしたね。あの時、あの瞬間から私の初恋は始まったんです。先輩を想う日々はそれはもう私の望んだ初恋そのものでした。だから……」
さらに一歩、環奈は距離を詰める。
針で刺すようなプレッシャーが千早を襲う。
その圧の初恋感のなさに変な笑顔が漏れる。
「私が初恋を終わらせなきゃいけないんです。だって私の初恋だから」
環奈は両手を振り上げる。
「さようなら私の初恋の人」
まるで悲劇のヒロインのような悲しい顔を浮かべながら、彼女はあらん限りの力を振り絞って初恋の人である千早に攻撃を発動する。
理科実験室はものの見事に吹き飛び、そこに残されたのは環奈だけであった。
「千早先輩、どうしてこんなことに……」
環奈の頬を大粒の涙が落ちていく。先輩が怪獣にさえならなければ美しい初恋のままだったのに、と検討違いな成分を多分に含んだ涙が落ちていく。
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