第6話 美里

「千早くん!」

 桜子は穴を覗く。

 大きく空いた穴からは一階の床に叩きつけられた千早が横たわっていた。

 慌てて飛び降りようとした桜子に牽制が入る。

「動いちゃ駄目ですよ。このまま彼を押しつぶすこともできるんですから」

「……やはり美里か」

 桜子は声のした方へと視線を向ける。

 そこにいたのは他の生徒とは一線を画すスカートの短さと胸元の解放感、そして小麦色の肌を誇る少女であった。

 そう、シンプルにエロい存在がそこにいた。

「一緒に死ぬ? あはっ。そんなロマンチックな死に方私が許すわけないじゃないですか」

 美里はいたずらな笑みを浮かべながら、やや短めのツインテールをいじる。

「前から言っていますけど、私に靡いてもらうまで千早っちは誰にも渡しませんよ」

「しかし今彼は……」

 桜子の動揺を無視して美里は千早のもとへと降りていった。

 彼女の能力は『プレス君だけは靡かない』。

 重力操作である。

 能力の展開範囲は広くないが、人ひとりであれば一秒もかからずに二次元に落とし込むことができた。

「さあ、千早っち。私と行こっか」

「美里……」

「ほら、急がないとまた生徒会長が心中しようと襲ってくるじゃん」

 しばらく校内を歩き回り、二人は人気の少ない理科実験室へと入った。

 殲女は敷地に比例するように校舎も広く複雑に入り組んでいるため、人気のないところが多いのである。

 しかもまだ校内に生徒が少ない時間帯。

 うってけつである。

「さてさてさてさて、千早っち。これまたイかした見た目になったね」

 美里は千早の体をなまめかしい指使いで撫でる。

「そ、そう言ってくれるなよ。俺だって急にこ、こんなことになって困ってるんだ。ってやめて!」

 千早は思わず身を捩る。

 怪獣の固い皮膚でも感度は変わらないことに気づいてしまった。

 なんと無駄な情報か。

「でしょうね。全く私に靡いてこなかった罰があたったんだ」

 美里の能力に影響を与えたのは『蠱惑』的なその容姿と性格であった。

 ひと昔前の言い方をすれば小悪魔的といったところだろう。

 美里は愛されることが好きだった。

 自身の魅力に惹かれ、ひれ伏し、押しつぶされていく男どもの姿を見るのが何よりも好きだった。

 彼女の家庭は裕福ではあったが、その一方で愛を多く与えられることなく育ってきた。

 父は愛人を作り家に帰らず、母はそんな父だけを愛し追い求め、娘には興味を向けなかった。

 そのため、何よりも愛が欲しかった。

 愛欲しさに気が付けば蠱惑的な態度を取るようになってしまい、本来はシャイだった彼女の本質もそれに準じるようになってしまった。

 しかし、そんな彼女の前に現れたのが千早であった。

 千早は美里の誘惑に誘われるどころか、なぜそのような振る舞いをするのか問いただした。

 千早は人々のために懸命に怪獣と戦う彼女の姿を見て、彼女の本質に気が付いたのだ。

 勘がいい男はモテる。

「千早っちには感謝してるんだよ。こんな私をまっすぐ見てくれたのは君だけだったからさ。だから死ぬのなら私と死のう? 結局千早っちには振り向いてもらえなかったけど、私は君の傍にいることはできる。振り向いてもらえなくても。死ぬ瞬間、一緒にいる覚悟が私にはあるんだ」

 美里は普段の蠱惑的な雰囲気とは程遠い、とても無邪気な笑顔を見せる。

 彼女の本質を知る千早は、その笑顔の輝きに心が吸い込まれそうになる。

 そうだな、美里とならいいのかもしれない。

「美里、一緒に……がんがががあがががががががあがあががgっがあああがががgっ!」

「千早っち!」

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