第5話 桜子
「静流。あなたは少し頭を冷やしなさい」
「会長!」
千早が視線を向けた先に存在したのは、殲女の三年にして生徒会長の桜子であった。
「桜子さん、なんで邪魔するんですか?」
静流は苦痛に顔を歪めながら千早から距離を取る。
同時に、彼の中に存在させていた細胞も全て自身へと戻した。
「邪魔も何も、彼を倒すことはこの私が許しません」
桜子はその豊満な胸の下で両手を組む。
その姿に千早と静流は思わず息を呑む。神々しさすら感じる佇まいである。
彼女の能力は『
静流に壊されそうになった千早の体内に存在する静流の細胞だけ凍らせたのである。
さすが殲女の生徒会長である。
能力の繊細な操作かけては学園内、いや日本を見てもはや右に出るものはいない。
「あなたも彼を倒すことは本来的には望んでいないのでしょう? 一時の感情の高ぶりに流されるのは殲女を代表する立場としてあってはならないことです。さあ、静流は出ていきなさい」
「……はい」
静流は名残惜しそうに生徒会室を出ていった。
静流を見届けた後、桜子は千早に視線を移す。
「ごめんなさいね。あなたには私たちも何度も助けられてきたというのにあの子ったらまったく」
少しだけ気が抜けたのか、先ほどまでの威厳たっぷりな姿から打って変わって桜子は柔らかな笑みを浮かべる。
そのギャップに千早は思わず視線を逸らす。
美しい人の可愛らしい笑顔をほど破壊力の高いものはない。
「それで、怪獣から人間に戻る方法にあてはあるのかしら?」
「いえ、今のところはまったく」
「そうそれは困ったわね。どうにかしないといけないわ」
これはもしかして会長が一緒に元に戻る手段を考えてくれるのかもしれない。
それなら頼もしい限りだ。
千早は期待に胸を膨らませる。
「私が倒しましょう」
「ういいいっ!」
先ほどまでの期待へ全振りの流れは何だったのか。
突然の提案に千早の喉は恐ろしく締まってしまった。
「私じゃ駄目かしら? 怪獣は倒すべきものですし、それはが千早くんであっても、怪獣なら一緒でしょう」
「それは、そうですけど?」
「そうでしょう」
言って、生徒会長は笑う。
その笑顔の下にある血液はまるで温度がないかのよう。
彼女の能力に影響を与えたのがその『冷徹』さである。
彼女は他の追随を許さない圧倒的な能力操作によって、数多の怪獣を屠ってきた実績を持つ。
そしてその方法は慈悲という言葉が存在しないほど徹底的であった。
例え怪獣が投降しようとしても、例え怪獣に子どもがいたとしても、容赦はしなかった。
全ては人類のために。
「でも前から言っているように、私は君が好きだ。だから君だけ一人で逝かせることはしないよ。私も一緒だ。二人で死のう」
二人の周囲を逃げ場のない冷気が覆っていく。
彼女はその冷徹さゆえに学園でも戦場でもいつも孤独であった。
孤高の存在として憧れられはするものの、近づくものはいなかった。
孤独で孤独でどうしようもないほど寂しかった。
そんな彼女の前に現れたのが千早であった。
彼は彼女の冷徹さを認めてくれた。
人類のために私情を押し殺しながら戦っている彼女を、彼女のその信念を彼が気づき認めてくれたのである。
それは彼の心の強さと戦いの仲で培った関係性があってこそのものであった。
だから彼女は彼に自然と好意を持つようになった。
冷徹な彼女の涙は頬を伝いながら凍っていく。
その涙はどこまでも美しく、暖かさに溢れていた。
「駄目です会長! 俺だけ殺してください」
千早は叫んだ。
会長には生きていてほしい。
素直にそう思えたから。
「しかし私は君だけを殺すことなどできない」
「いいんです。会長になら僕は……」
「千早くん……」
「うるべしっ!」
そんな麗しい悲劇の中で、千早はまたしても喉奥から声を絞り出さざるを得なくなってしまった。
同時に千早は生徒会室のある四階から一階へと一気に床を突き抜けて落ちていった。
いや、正確には頭頂部にかかる圧に押しつぶされ、強制的に一階に床を破壊しながら落とされてしまった。
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