第4話 静流

「私が入り混じってたら食べられないよね。発動頻度だけ変えても駄目だよー。もっと精度も上げていかないと」

「静流さん……」

 声の主はこの学校の生徒会副会長の静流であった。

 そんな彼女が顔を出したのは千早の胸元からであった。

 ホラーチックな登場に通常の人ならば驚くのであろうが、静流のことを知る二人からすれば特段驚くことはなかった。

 一つに束ねられた艶やかな黒髪が千早の視界を滑らかに横切る。

 静流の能力は『パラサイト君の血管に住みたい』。

 他者に入り込み、細胞レベルで寄生し、行動を自由に操ることができる能力である。

 彼女の能力に影響を与えたのは彼女の誰かに『依存』したいという願望であった。

 静流はその凛々しい見た目のせいか生まれてからこれまで多くの人に頼られて生きてきた。

 頼られ過ぎるがゆえに、抱えてきたプレッシャーも凄まじいものであった。

 もうこれ以上、頼られるのは限界だといったタイミングで颯爽と現れたのが千早であった。

 日本トップのその存在感と頼もしさに彼女の抑え込んできた依存心は爆発をした。

 要するに惚れたのである。

「ちはくん、今のうちに逃げましょ」

「え? あ、はい」

「逃がさない……っ」

 心寧は体を動かそうとするが、動かない。

 動けない。

「ふふっ。さっきちはくんと手を繋いでいたときにあなたにも私を入れておいたのよ」

 静流は振り返りざまに心寧にウインクをする。

 心憎い流儀である。

 そして再び走り始めて数分後。

 二人は校舎内に存在する生徒会室へとたどり着いた。

「ここなら生徒会役員以外入ってこれないから大丈夫よ」

 静流はドアを閉める。

 鍵も閉める。

 そして彼の逃げ道も塞ぐ。

 しかし彼はまだ気づかない。

「それにしてもちはくんもどうしてまた怪獣なんかに」

「いや、それが朝起きたらこうなってて。俺にも何が何だかさっぱりなんですよ」

 そうなのね、と言いながら静流は千早の唇をなぞる。

 人間のものとは異なる感触に静流はこれまでにない興奮を覚える。

「安心して。私があなたを倒してあげるわ」

「静流さん……ま、で」

 千早は言葉を失う。なぜなら静流の表情がこれまで見たことがないものとなっていたからだ。

 まるで欲情しているかのように頬は紅色に染まり、唇の上を舌が這う。

 静流は千早に依存していた。

 依存し続けてきた。

 しかし、そうであるがゆえに、依存してきた対象が急に殲滅対象となったことに得も言われぬ背徳的な感情を見出してしまったのだ。

 依存したい対象が倒すべき対象に。

 マゾヒストだと思ってても実はサディスト。

 そんな感じである。

 たぶん。

 よくある話である。

 知らんけど。

 千早からしたらよくあってほしくない話ではあったが。

「大丈夫。細胞はさっき【挿入】済みでしょう? もう逃げられないから。じっくりちはくんを壊してあげるわ」

 静流の舌が千早の口元に届く。

 ああ、またしても終わったな。

 まあでも静流さんになら(中略)千早は諦めた。

 しかしまたしてもまたしても彼に終わりは来なかった。

 代わりに夏直前とは思えないほどの冷気が彼を包み込んでいた。

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