第3話 心寧
「いやはや、危ないったらありゃしない」
先ほどまでの瑠々の声とは対照的な明るくはねっかえりの良い声が千早の鼓膜を揺らした。
「あなたは……」
「心寧!」
いつの間にか千早の後ろに立ち、両の手を彼の肩に載せる少女。
心寧と呼ばれた彼女はするりと両の手を千早の首へと巻き付けていく。
「もう、勝手に殺さないでよ。私が千早君のことずっと好きなの知ってるでしょ?」
「はあ? それは私も一緒なんだけど。ていうか、あなた、食べたわね?」
言って、瑠々は心寧を睨みつける。
睨まれた心寧はいらずらな笑みを浮かべる。
心寧の能力は『
能力発動から一時間、特定の事象・事物を吸収することができる。
心寧は瑠々の能力を食べたのである。
そんな彼女の能力に影響をもたらしたのは、彼女の『一途』さである。
小学校一年生の時に千早と同じクラスになった彼女は、入学して彼を見た瞬間から彼を思い続けた。彼に好きな人ができても、彼を好きな人ができても、彼の思いがこちらに向かなかったとしても、中学から殲女に編入することになって同じ学校に通えなくなった時でも、彼を好きでい続けると決めたのである。
「おかげでお腹いっぱいだよ。瑠々の能力って胃がもたれそう」
「くっ。言いたい放題言って。能力なくてもあなたなんか」
そこまで言うと瑠々は膝を地面についてしまった。
「もー、無理しちゃって。千早くん殺そうとして無駄に能力の質上げすぎだよ」
「うる……さい……わね」
能力はシンプルに体力を消耗する。
瑠々は最愛の人の最期を自分だけのものするために塵も残さぬ覚悟で能力を使用したのである。
その分、反動は如何ほどか。
瑠々は反動で動けない。
心寧と千早は逃げ出した。
逃げ出して数分。
広大な校内の中でも人気につきにくい場所である体育倉庫裏へとたどり着いた。
「しかし、千早君も災難だね」
心寧は少しだけ息を切らしながら意中の彼を見つめる。
その吐息に、漏れる彼女の体温に千早の鼓動は少しだけ高鳴る。
危機を共有した二人の距離は自然と近くなる。
「それでね、私は怪獣になった君を倒したいんだ」
はずだったけれども、千早にとってみれば次なる恐怖の始まりであった。
なんとなく千早はこう言われるような気がしていた。
瑠々から逃げながらちらちらと彼を見る彼女の視線の奥にぎらついたものがあったから。
「だって君は今怪獣でしょ。私は怪獣とひたむきに戦ってきた君が好きだったの。だから私も怪獣とひたむきに戦っていきたいの。だって千早君もそうだったから。私もそうでなきゃいけないの。ごめんね、千早君」
もはや彼女の心の中にいる千早は誰なのか。
物理的に目の前に存在する千早自身も言われながら困惑した。
そう、心寧は一途である。
そうであるがゆえに千早という存在に対して視野狭窄となってしまったのである。
「さっき能力は使ったけど、大丈夫だよ。実は最近、五分も待てば別のモノを食べれるようになったんだ。すごいでしょ。怪獣はもういなくなったけど、ひたむきに怪獣を倒してきた千早君に負けないように訓練を続けていたんだ。だって、私もひたむきに怪獣を倒したいから」
心寧は一途過ぎである。
もはや千早が見えないくらいに一方向しか見ていない。
彼女の肩ほどまで伸びた茶色がかった髪が優しく揺れる。
またしても終わったな。
まあ、でもこれだけ好いてくれている彼女に食われるものありだな。
千早は瑠々のときよりも早めに決断を下した。
「千早君。これからも怪獣倒していこうね」
どこからのこれからだろう。
最後に心に残った疑問を大事に抱きしめながら千早はその時を待った。
しかし、自身の健在を告げるように、鼓膜が再び揺れる。
「うふふ。心寧ちゃん、残念」
心寧の能力は確実に発動していた。
しかし、千早は食べられることなく、目の前にいる心寧は苦虫を嚙み潰したような顔をしているだけだった。
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