「噛みたかったんだけど、金メダル」


 俺が信じられないくらい冷静な声でポツリと呟く。

 その言葉を聞いて固まる、神の広げた両手がぷるぷる震え出した頃。

 あるはずのない冷たい風がすぎさり、さらに俺は努力の泡が消える音を耳にした。


「ー…はぁあああああ??!! いや、はぁああああ??!!」

「か、体が不便そうだし、辛い思いをたくさんしてきたでしょうし。それに、この世界の下界に降りるときは、何不自由ない体に生まれ変わることもできるんですよ?」


 それって、勝手に憐れまれたってことだろ。不幸だって。


――またかよ。


 俺は、幸せだったのに。


 これはブチギレ案件だ。拳に力を入れるかわりに腕の筋肉の血管が浮き出る。

 神が申し訳無さそうに小声で謝った。当たり前だ。


「それってさ、目星を俺に当ててたの?」

 

 ニコリと微笑みながら内心では1ミリも笑ってはいない。対し、神は満面の笑みで。


「あ、はい! 世一さんはパラリンピック連覇者でしたし、凄い人ほど苦労や苦痛を感じているよねってー…なりたくてなったわけじゃないですし、だから、その……転移させて生れ変れば……幸せかと思って……ごめんなさい」


 ははは。やっぱりそうか。

 俺は1つ息をついてから。一気に言い放った。


「表彰台乗るやつが不幸なんて思うわけないじゃんんんん! 今のこの状況がよっぽど不幸すぎるッッ」


 それでも足りない。全然足りない。


「せめてメダル咥えた状態でッッ。それか今すぐメダル転移でッッ」


 もう自分でも何を言ってるのかわからない。最後の方は悲鳴に近かった。

 ゼェハァと荒い息継ぎを繰り返す。


「プギャハハハ」


 またもや先程の女子の笑い声が聞こえてきたと思うと地面が気づくか気づかないくらいに揺れた。そしていつの間にか腕の所々と服に水滴がついて濡れていた。

 なんか、濡れてるし。それよりも。誰だよ、笑ったやつ。

 俺がどれだけこの日のために時間を割いてきたかしらないだろうが。

 鬼の形相になりながら。永遠と続く白、表彰台一人分サイズの陣、白とレースの神、そして俺。

 やはりどこを見渡しても女の子なんていない。


「ざまぁみやがれ我にちっこいなんてゆーからじゃ。プギャハハハ」


 なんというか、謎の女の子が笑えば服と腕が濡れるんだが。わずかに地面も揺れるし。

 怒りが半ば疲れになりながらも心が落ち着いてくる。

 そうだよなぁ。ここにいるのは神しかいない。

 俺はあんまり使ったことない頭を働かせ、辿り着いた答えを口に出す。


「神さんのー…腹話術?あ、でもそうなると変だな」

「そうですよ、世一さん。私、小さいって言われて怒るほど身長低くないですよ。フフッ」


 そうだよなぁと言いながら俺たちは朗らかに笑い合った。

 神は女子の中でも身長高いだろうし、まず明らかに声が違うと思う。


「我をちっこいちっこいゆーな! 下じゃ下!」


 下と言われてあるものは魔法陣だ。

 あー…ね。ちっさい魔法陣ね。

 他世界からの召喚みたいなものって漫画やらテレビとかで特大サイズだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。


「魔法陣ー…ってしゃべるもんなの?」


 驚きよりも疑問のほうが勝ってしまい、神に問いかける。

 あれ?でもそうなるとー…。

 この腕や服が濡れてるのって、さ。重点的に下だし、さ。俺いま魔法陣の真上だし、さ。

 それらから予測できることは1つ。


「魔法陣ー…ってツバ飛ばすん?」


 どうやら俺は、笑った魔法陣にツバを飛ばされたらしい。


「やっぱり、俺帰りたいんだけど」


 俺は信じられないくらい冷静な声ー…以下同文。

 その言葉を聞いて固まる、神のー…以下同文。

 あるはずのないー…以下同文、すぎさった。

 

 神が何かを振り切るみたいに両手で手を叩く。その表情はぎこちなく笑っている。


「この世界の説明を私が代弁しますね」

「帰らせてくれ」


 肩を落としながら『諦めが肝心』という言葉が頭に浮かんだ。

 いつからか破天荒な人生にも慣れていたらしい。

 俺はとりあえず、神の説明とやらを聞くことする。




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