2章 浮気調査とすれ違っていた過去
2-1
翌朝。
目が覚めると、ジル様がベッドに
きつく
チャーリーさんはジル様が紐で縛られているのを見るや、「
とはいえ、ジル様にとっては大変
人前で勝手にしゃべらないことだけは昨日決めていたけれど、それに加えてジル様からは彼の意識がない時に勝手に動き回らないでほしいこと、わたくしからはおトイレとお
わたくしの要望を聞いたジル様が、「お風呂は無理じゃありませんか?」と苦言を
やっぱりお風呂は
数学か経済学の教科書を読んでもらえればすぐに
『今
ぷうっと
「いえ、なんとも人間くさい
『それ馬鹿にしてません!?』
「別に馬鹿にしているつもりはありませんよ―― それより、
制服に
『わかっていますわ。昨日のような失態はもうしませんからご安心ください』
何より今のわたくしには、
目立つような行動は
わたくしは鏡の中に映る制服姿のジル様を見つめて、すました顔をしていられるのも今のうちですわよと
浮気調査一日目。
ジル様とコーデリア様は
ジル様の中で午後の授業を受けながら、
ない。今は事を
いつか読んだ小説の内容を思い出しながら内心うんうんと
(あ……また……今日何度目かしら?)
今日一日体を共有してわかったのは、ジル様がいかに真面目に授業を受けていないかということだった。
教室の後方にあるジル様の席からは教室全体が
最初こそ窓の外に何か気になるものでもあるのかと思っていたのだけれど、すぐにその視界の中央にアリーシャがいることに気づいた。
( ―― もしかして、わたくしを見ていますの?)
自意識
窓際の前のほうに座るアリーシャがジル様の視線に気づいた様子はない。彼女はノートにペン先を押しつけたまま、うとうとと船を
午後のぽかぽかした陽気に苦手な経済学の時間だ。眠くなるのも
生前もよく授業中にうとうとしていたのを思い出して
(ああああ、後ろ! ジル様に思いっきり見られてますわよ!)
自分のことながら
結局この日は浮気の証拠は得られず、浮気調査一日目はジル様が授業中によそ見ばかりしているということしかわからなかった。
*****
浮気調査二日目。
この日も
今日は放課後ブライト様のお屋敷にお
王都
そんな空気をものともせずに、ブライト様が「ただいまー」と誰もいないエントランスに声をかければ、
『ヒィッ! ななな、なんですの、これ!?』
短く上げた悲鳴に、ブライト様が苦笑する。
「びっくりさせちゃってごめん。うち、ご先祖様の幽霊と同居しててさ」
ブライト様がなんてことないようにものすごいことを言ってのけた。
ブライト様自身は幽霊を見る能力はないそうですが、花瓶が宙に浮いたりする現象は
ブライト様に案内されるまま彼の私室に招かれたわたくしとジル様は、入ってすぐにそこかしこに積み上げられた本に目が
「散らかっててごめんね」と言ったブライト様は、わたくしたちをソファーに座るように
「とりあえず、調子はどう? 体がおかしいとか
「今のところ肉体的にはおかしいところはありませんが、精神的に疲れますね」
「まぁ、他人と四六時中一緒にいるっていうのは気を
『わたくしもそんな感じですわ。お
一番気力を持っていかれるのはおトイレの時だけど、恥ずかしいのでそれは
「なるほどね……いくつか確認したいんだけど、ジルベルトの体って今どうなってるの? 二人とも自由に動かせるの?」
ブライト様は今のジル様の
「いえ、今のところは僕だけのようですね」
『わたくしが今動かせるのは口だけですわね。ジル……ベルト様が寝ている間は自由に動き回れるのですが、起きると急に体の自由が失われる感じです』
「なるほど……体の所有権はジルベルトにあるみたいだね」
ブライト様は聞いたことを書き記していく。
ジル様には取り
そんなことを聞いてどうするのかとジル様が聞けば、ブライト様は手にしていたペンをクルクル回しながら幽霊について説明してくれた。
「
『未練、ですか?』
「うん。で、幽霊が人に取り憑く場合っていうのは、その未練に関係していることが多いんだよ。だから君たちにも何か思い当たることはないか聞いてるってわけ」
『…………』
【未練】と聞いて最初に頭に浮かんだのは、
わたくしは無言を
ブライト様はわたくしたちの話を聞いた後で、テーブルの上に積み上げられた本を一冊手に取った。
「あれから僕のほうでも調べてみたんだけど、
そう言って手にしていた本をパラパラ
ブライト様の説明を聞きながら、わたくしは内心焦っていた。人形の中なんかに魂を移されたら、今以上に身動きがとれなくなってしまう。まだ何一つ浮気の証拠を集められていないのに、今ジル様の体から追い出されては困る。
このままでは、わたくしを助けるどころか同じ未来を
おまけにブライト様の持ってきたビスクドールは、目がぎょろりとしていて
どうにか
『どうしてよりにもよって、そんな不気味なお人形さんなんですの!?』
「不気味だなんてひどいな。しょうがないじゃないか、うちにある女の子の人形なんてこれくらいしかなかったんだから――さぁ、ものは試しだよ。はい、ジルベルト。これ
ブライト様は黒いローブを羽織ると、
円の外にいるブライト様はジル様と同じく月桂樹で作られた冠を頭に載せて、聞いたこともない言語で
その
(まずいですわ! 追い出されてたまるものですか!)
わたくしは必死にジル様の体にしがみつくようにして儀式に
ややあって、ブライト様が力ある言葉をもって手を天に
(た、耐えきりましたわ……)
ほっと胸をなでおろすと、ブライト様が息を切らしながら「どう?」と
「まぁ、そう
ブライト様はがっかりするジル様を
ふと目が合ったブライト様が
「夜眠れなくて、よく
夜眠れないというブライト様の目の下に浮いた
ブライト様の淹れてくれたお茶は、ほのかにオレンジの香りがした。ふわふわとした気分になってきたと思ったら、ジル様の体がぐらりと
がわたくしに移っていた。
急にどうしたのかしらと、自由に動くようになった体に視線を落として手を握ったり開いたりしていると、向かいに座るブライト様から声がかけられた。
「―― ジルベルトは寝たかな?」
まるでジル様が寝るとわかっていたような口ぶりに
『どういうおつもりですか? ジル様になにをなさったの!?』
「少しだけジルベルト
どうやらジル様よりもわたくしのほうが感覚が鈍いという特性を利用して、
「そう身構えないでよ。ねぇ、
『…………え?』
さらりと言われた名前に目を見開く。驚いてブライト様の顔を見ると、にこやかな
「どうして? って顔だね。君も知ってるだろ? 僕が人のオーラを見ることができるってこと」
『え、ええ……でも、だからって、どうして……』
それに何の関係があるのだろうと、ごくりとつばを飲み込んでブライト様の言葉を待つ。
「人のオーラっていうのはね、誰一人として同じ色をしてる人はいないんだよ。一昨日、ジルベルトと会った時は驚いたよ。アリーシャ嬢と
『で、でも、アリーシャは別に……』
「うん、いるね。本来なら同じ時間に同じ人間が二人いるなんて
ブライト様は
『わたくしだってわからないのです。死んだはずなのに、目が覚めたらジル様の体だし、一年半も時が
「時が巻き戻ってる!? それ、本当!? 」
ブライト様が驚きのあまり腰を浮かせて
本当かと言われると正直自信がない。時を
ひとしきり話を聞いた後、ブライト様はなにやら考えるように親指の
でしょうね。わたくしだって、ブライト様の立場だったら信じられませんもの。
もとより信じてもらえないと思っていたとはいえ、やはり信じてもらえないというのは
「違う違う! 僕が信じられないって言ったのは、ジルベルトが浮気してたってとこ」
『そこ!?』
「時が巻き戻ってることを確認する術はないけど、世の中には逆行転生の魔術書なんてものが存在してるくらいだからね。そこは信じるよ」
『逆行転生の魔術書? そんなものがあるのですか?』
「うん。うちの禁書庫で読んだことがあるよ」
世間話をするかのようにさらりと言ってのけたブライト様は、一度言葉を切った後に「ねぇ、アリーシャ嬢」と口を開いた。
「……どうしてジルベルトに名前を忘れただなんて
図星を指されて膝の上で手を握りしめる。
『……だって、気づいてくださらなかったんですもの。仮にも
不快感を隠さずに答えると、ブライト様は額に手を当てて深くため息をついた。
「なるほど……君はそう思ってるわけか……」
ブライト様は
『……あの、ブライト様?』
呼びかけると、ブライト様はゆっくりした動作でわたくしと目を合わせ――にっこりと
「どうせすぐには解決しないんだ。この機会にジルベルトのことをよく見てあげてよ」
『…………どういう意味ですの?』
言葉の真意がわからずに聞き返すと、ブライト様はにっこりとした笑みを浮かべたまま
「ジルベルトが浮気するやつかどうか、君の目で確かめてってこと」と答えた。
ブライト様はジル様が浮気なんてするはずないって思っているのでしょうけど、浮気なんて外聞の悪いことを友達に話すとは思えない。きっとブライト様は知らされていないだけなのだろう。
どのみち浮気調査をしているので結果はおのずと出てくるはず。この
『浮気調査、望むところですわ』
「決まりだね。それじゃあ結果がわかるまでは、君がアリーシャ嬢だってことはジルベルトに
にこにこと
放課後、ジル様はコーデリア様から授業で作ったという
「午後の授業で刺繍をしたんです。よろしければもらっていただけないかと思って」
細い
自身が刺繍した小物を
ジル様だって女性が刺繍のハンカチを男性に贈ることの意味はわかっているはず。
これは立派な浮気現場といえるだろう。
ようやく
「すみません、コーデリア嬢。申し訳ないのですが、受け取れません」
(え!? 受け取りませんの!?)
てっきり
「……それは、婚約者がいらっしゃるからですか?」
「ええ」
「それは存じてますわ。でも、私……上手くできたから、ずっと
コーデリア様の目がみるみる
ジル様は彼女の涙に
「すみません。それでも、僕はアリーシャを裏切るようなことはしたくないので――――ああ、泣かないでください!」
「せめて見ていただくだけでもだめですか?」
「ええと……見るだけでよければ……」
ジル様の返事に、今にも泣きだしそうだったコーデリア様の顔がぱぁっと明るくなる。
彼女は折りたたまれていたハンカチを開いて、もっと近くで見てくださいとジル様に体を近づけた。
赤やピンクの小さな花が左下と右上に
「綺麗な花ですね。これは何という花なんですか?」
「アネモネです」
花の名前を聞かれたコーデリア様がはにかむように
アネモネ。花言葉は確か【あなたを愛する】とか【はかない
そういえば、思い出してきましたわ。
確かこの授業、花言葉を調べてその花を刺繍したハンカチを誰かにプレゼントするという
ジル様が花言葉まで知っているかはわからないけれど、婚約者のいる相手に【愛してます】という花言葉の花を刺繍したハンカチを贈ろうとするなんて正気の
あまりのことに
その不安げな表情に、この時のことを思い出した。
帰りにハンカチをお
にお話しする二人を見ているのが
―――― でも、本当は違った。
ジル様はちゃんと婚約者であるわたくしのことを優先してくれて、きっぱり受け取れないと断ってくれていた。
時を
コーデリア様の長い
「アリーシャ……?」
ジル様が小さく呟きをもらし、教室内をぐるりと見渡す。目線の動きからアリーシャを
わたくしはアリーシャの場所を教えようと口を開きかけ、きゅっと口を結んだ。
かつてのわたくしがそうだったように、おそらく
ジル様は最後にもう一度アリーシャの席に目を向けると、そのまま教室を出て人けの少ない
移動教室で使った教室、図書室、医務室、食堂。
広い学園内を走り回るジル様を間近で見て、『どうして』と心の中で呟く。
どうしてこんなに
『もうとっくに帰ってしまったのではないですか?』
教室
アリーシャの机に
けれど、ジル様は「いいえ」ときっぱり首を横に振った。
「放課後、少し会えないかと言っていたんです。アリーシャが何も言わずに帰るなんてあ
りえません」
傾いた赤い太陽が誰もいなくなった廊下を照らして、足元の
まだ学園内のどこかにいると信じてくださっているジル様に心を打たれ、わたくしは今
まで黙っていたアリーシャの居場所を伝えることにした。
『…………中庭です』
「中庭?」
『中庭の、池の近く……おそらくそこにいます』
かつて、二人の仲を誤解したまま教室を出たわたくしが向かった場所がそこだった。
どこでもいいから人のいないところへと足の向くままに歩き回ったせいで、どういう経路を
ジル様は理由も聞かずに廊下の手すりを
きょろきょろとあたりを見回すジル様の視界が、風になびく銀の髪を
「アリーシャ!」
ジル様が駆け寄りながら声をかけると、木の幹に背中を預けるようにして座っていたアリーシャがびくりと体を
そうしているうちにジル様がアリーシャのもとにたどり着いてしまう。膝をついて正面からアリーシャの顔を
「アリーシャ、何かあったんですか!?」
アリーシャの泣き顔を見たジル様が彼女の両肩を揺さぶった。違う、というようにアリーシャが頭を横に振る。
「では、誰かに何かされて!?」
それも違うとアリーシャが頭を振って否定する。大きな
「……ど、して……? コーデリア様とご一緒だったのでは……?」
「確かにコーデリア嬢とは話をしていましたけど、放課後はあなたと約束をしていたでしょう?」
「……だから、追いかけてきてくださいましたの?」
消え入りそうな声で尋ねられ、ジル様は「ええ」と頷き返した。そうしていつまで
「見つけられてよかった……何があったんですか? 僕でよければ聞かせていただけませんか?」
ジル様が
「…………」
不安そうな彼女の表情からは、コーデリア様から贈られたハンカチのことを聞きたい、けど
誤解なんだからさっさと確かめてしまえばいいのにと、目の前でもじもじする自分にもどかしくなってくる。
(ああ、もう! じれったいですわね!)
ジル様にはしゃべらないでくださいと言われていたけれど、このままでは
『一言だけ言わせてください―― アリーシャ、ジル……僕はコーデリア嬢のハンカチを受け取っていませんからね』
「っ!」
なるべくジル様っぽく聞えるように伝えると、アリーシャは深い青色の目を大きく見開いて小さく息をのんだ。
「ほんと、に……? 本当にコーデリア様からもらっていませんの……?」
その一言でジル様はアリーシャがなぜ泣いていたのか察してくれたらしい。わたくしの言葉を
「ええ。渡されましたけど、受け取りませんでしたから」
「どうして……?」
「どうしても何も。あなたという婚約者がいるのに受け取るわけがないでしょう?」
ジル様はそう言うと、アリーシャから少し目をそらして
「その……アリーシャは僕に……」
「え?」
上手く聞き取れなくてアリーシャが聞き返すと、ジル様は意を決したように先ほどより大きな声で
「アリーシャは僕に作ってくれなかったんですか?」
「ふぇ!?」
「あなたも授業でハンカチに刺繍をしたのでしょう?」
「はい……あの、でも……わたくしの作ったものなんかで本当によろしいのでしょうか……?」
鞄からオフホワイトのハンカチを取り出してもじもじするアリーシャに、ジル様は
「ええ。あなたのがいいんです」
その一言を聞いて、アリーシャは
(うんうん、誤解が解けてよかったよかった―― って、全然よくありませんわ! ああ、なんてこと……裏切られるってわかっているのに、これ以上二人を仲良くさせてどうしますの!?)
二人の楽しそうな会話を流し聞きつつ、わたくしはジル様の中で頭を
帰りの馬車の中で、ジル様はアリーシャからもらったハンカチを
ジル様はわたくしのがほしいと言ってくれたけれど、いざもらったらこんな下手な刺繍でがっかりしているんじゃないかしら? と心配になって聞いてみる。
『そんなにそれがほしかったんですか?』
『……コーデリア様のを断ってまで?』
「どうしてコーデリア嬢が出てくるんですか」
『だって、どう見たってコーデリア様のほうがお上手だったではありませんか』
「たしかにコーデリア嬢の刺繍はお店で売っていても
ジル様はそう言ってハンカチに刺繍された青い花をそっとなでると、ふと何かを思い出
したように顔を上げた。
「そうだ、あなたにもお礼を言おうと思っていたんです。今日はありがとうございました」
『え?』
「アリーシャの居場所を教えてくれたでしょう?」
『べ、別にあなたのために教えたわけでは……』
わたくしはただ誤解したままのアリーシャが
(なによ。調子が
いなくなったアリーシャを学園中捜し回ってくれたり、ハンカチをもらって
そこまで考えてから、ふとある可能性に思い至った。
もしかして、ジル様とコーデリア様はまだ
本当のところどうなのかしらと聞いてみようかどうか迷っていると、「それにしても」とジル様が先に口を開いた。
「どうしてあなたはアリーシャが中庭にいるとわかったのですか?」
『それ、は……』
わたくしは答えに詰まった。かつての自分がそうだったからとは言えるわけがない。どうにかして誤魔化さなければと言葉を探したわたくしは、『幽霊だけが使える
*****
それから数日後の放課後。
コーデリア様につかまって教室を出るのが遅れたジル様は、アリーシャと一緒に帰る約束を取りつけるべく、教員室に向かった彼女の後を追いかけていた。
廊下の角を曲がったところで、ジル様がピタリと足を止めた。どうしたのかしら? と思ったのも
『ええええ!?』
思わず驚きの声をあげてしまって、その口をジル様に
だって、だって……アリーシャと金髪の青年がキスしていたんだもの。
いや、正確には少し
声を殺してよくよく観察して見てみると、相手はくせのある
(ええ!? どういうことですの!? こんなことありましたっけ!?)
半ばパニックになって、ぐるぐると思考をめぐらせ、過去の記憶を急いで
(何でもいい。どんな
この日のことを
一つだけ思い当たることがあった。
そういえば先生から
少しして、アリーシャとライアン様が何事もなかったかのように歩き出す。
「…………」
ジル様はふらりと廊下の壁にもたれかかると、ずるずると座り込んでしまった。どうやらジル様は完全にアリーシャとライアン様がキスしたと誤解してしまったようだ。
そういえば、生前ある時からやけにジル様の態度がよそよそしくなったような気がする。
もしかして、これが原因だったりするのかしら? それでコーデリア様に気持ちが傾いたとか?
そんなことを考えていると、ジル様が絶望の
「…………そんな……アリーシャがライアンと浮気していたなんて……」
(浮気!?)
確かにジル様から見たら二人がキスしたように見えたのかもしれない。けれど、わたくしはそれが絶対にありえないことだと知っている。
(このままではアリーシャに
それは困る。浮気を疑われたままだなんて
『断じて違いますわ! ぜったい、ぜーったい、ありえません!』
「どこが違うっていうんですか……今のはどう見たって……!」
みなまで言えずにジル様が拳を握りしめる。
だめですわ……わたくしが何を言ったところで
『でしたら、直接確かめてみたらよろしいでしょう!』
「…………無理言わないでください。あんなの見た後で直接聞くなんて、僕には……」
『あんなの、ただの
ジル様ははっと顔を上げた。ジル様の目は遠ざかっていくアリーシャとライアン様の背中を捉え、すくりと立ち上がった。
「違います。アリーシャは……僕のアリーシャは絶対にそんなことはしません!」
そうして力強く一歩を
「アリーシャ! ライアン!」
ジル様の呼びかけに二人が振り返った。ジル様を見たアリーシャの顔が
その表情からはどう見ても浮気現場を見られてしまったというような後ろめたさは
いつも通りのアリーシャの様子に、ジル様の体から少し力が抜けるのがわかった。そうしてジル様が本題を切りだそうと口を開きかけた時、ライアン様がしめた! という顔でアリーシャとジル様の間に割り込んできた。
「なぁ、ジルベルト。運ぶの代わってもらっていいか? さっきから目が痛くて……医務室に診てもらいに行きたいんだ」
ジル様が
足早にその場を去っていくライアン様の背中を見送ってから、アリーシャと顔を見合わせる。
「目が、痛くて……?」
「そうなんです。ノートを運ぶのを手伝ってくださっていたのですが、急に目が痛くなってしまったみたいで……先ほど目に何か入っていないか見てみたのですけど、特に何か入っているようには見えなくて……」
「そう……でしたか……」
ジル様はぎこちなく
ノートを提出し終えて教員室を出ると、アリーシャが丁寧にお
「ありがとうございました」
「いえ。そういえば、ライアンとは途中で?」
「はい。うっかりノートを廊下にばら
「…………なんだ、そういうことだったんですね」
「え?」
「いえ、何でもありません。今度から荷物を運ぶときは呼んでください。僕がいつでも手伝いますから」
きょとんと首を
「そういえば、ジル様は
「あ! そうでした。あなたを誘いに来たんです――今日、一緒に帰りませんか?」
当初の目的を思い出して、ジル様がアリーシャに一緒に帰らないかと誘うと、彼女は嬉しそうな顔をして二つ返事で頷いた。
アリーシャをお屋敷に送り届けた後、二人きりになったタイミングでジル様から声をかけられた。
「先ほどはありがとうございました。あなたのおかげで変な誤解をせずにすみました」
言われてから、自分が意図せず二人の仲を取り持つ手助けをしてしまったことに気づいた。
浮気されたと思われたままなのは
「先日もアリーシャとのことで助けてくださいましたし、実はあなたは天が遣わしてくれた守護霊なのではないかと思えてきました」
都合のいい
むしろ
それと同時にジル様が好きなのはやっぱりアリーシャなのだと確信した。
ここ数日のすれ
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