1章 目覚めたのは元婚約者の体の中!?
1-1
一体どれほどの時間が
初めて見る
『ここは……? ――――え!?』
自分自身の
『!?』
驚いて飛び起きると、いつもより体が軽い気がした。
不思議に思いながら体を見下ろして、言葉を失った。豊満とまではいかないまでも、あったはずのほどよい胸のふくらみがなくなっていたのだ。よく見れば、着ているのはいつものネグリジェではなく、上品な
(一体何が起こっていますの!?)
ベッドから
鏡に近づいていろんな角度から見てみてもジル様。
つまんだところが痛くない。ということは、やっぱり夢……?
「イタタタタ!」
勝手に口が動いたと思ったら、いきなり体の自由が
「うわっ! え……なんで僕こんなところに――」
『ええ!?どうして口が勝手に!?』
わたくしが疑問を口にすると
お
「は!?」
『え!?』
どちらからともなく
――もしかしてわたくし、幽霊になったの……?
鏡の中のジル様は
『あの……ジル、さま……?』
「…………」
ジル様は無言のまま口元を
「イタタ……夢じゃないし―― 一体何が……ハッ、まさか何か変なものに取り
『変なものって……仮にも婚約関係にあった者に対してずいぶんな言い方ですわね』
どうもそれがいけなかったらしい。わたくしの言葉に、ジル様が不快だといわんばかりに
「ずいぶんもなにも、あなたと婚約した覚えはないのですが……どなたかと
『はぁ!?』
(一方的に
あんまりな言いように
何かしら? と違和感の正体を確かめるべく
『…………あの、つかぬことをお
「十七ですが?」
『十七!?』
おかしい。歳が合わない。いえ、そもそもこの
あの日―― コーデリア様に階段から
それなのに、わたくしより誕生日の早かったジル様は十七歳だと答えた。
(…………時間が、
『本当に、本当に十七歳なんですか?』
「
『で、ですわよね』
平静を
(やっぱり時間が巻き戻ってる!?)
自分が立てた仮説を否定したいのに、机の上に
「おはようございます、ジルベルト様」
落ち着いたトーンの男の人の声が呼びかけてくる。ジル様は小さく「チャーリーか」と呟きをもらすと、声のボリュームを
「見つかると
言われなくたって、こっちだって自分を裏切って婚約破棄してきた相手と
わたくしはジル様の体を出ようとして……出ようとして―― 。
(え、ちょっと待って。これ、どうやったら出られますの!?)
どういうわけか手も足も動かない。動かそうと思って動かせるのは口だけだということに気づいて、サーッと血の気が引いていく。
『…………』
「どうしました?」
急にしゃべらなくなったせいか、鏡に映るジル様から訝しむような視線を向けられる。
でも、正直そんな不躾な視線も気にならないほどわたくしは
(どうしよう……一体どうしたら出られますの!?)
『…………あの』
『わたくしも一刻も早く出ていきたいのですが……』
「ですが?」
『これ、どうしたら出られますの……?』
「……………は!? ちょ、ちょっと待ってください! それって、出ていけないってことですか
!?」
『…………』
沈黙をもって
「そんな! 困ります!」
『わたくしだって困りますわ!』
「というか、大体あなた何なんですか! 勝手に人の体に取り憑いてきて!」
『なっ……! わたくしだって好きでこんなことになっているわけではありません! というか、本当にわたくしのことがわかりませんの!? わたくしはアリ――』
アリーシャですと言いかけた時、バンッとドアが開いて、モップを
たしか、バートル家の
「ジルベルト様! ご無事ですか!?」
そう言ってチャーリーさんは部屋の主であるジル様のもとに
「
部屋のどこかにひそんでいるかもしれない賊に
(賊……賊って、わたくしのこと!?)
「いや、賊ではなく――」
『賊だなんて、あんまりですわ!』
ジル様の言葉を
ぱちりと目を
「ですわ……?」
ジル様は口元に当てた手で顔半分を覆うと、
当初は
「にわかには信じがたい話だけど、朝起きたら女性の
『ですから、わたくしも好きで取り憑いたわけではないと言っているではありませんか』
ジル様から【わたくし】という
「なんとおいたわしい! ジルベルト様、すぐにお助けいたします!」
チャーリーさんはそう言うやいなや部屋を飛び出していくと、
「ジルベルト様の中にいる
「うわっ!」
『キャッ!』
「ちょっ……落ち着い……ゲホッ!」
落ち着いてと言おうとした
身を清めるには塩がいいとは聞いたことがあるけれど、こんなの幽霊じゃなくてもびっくりして体から出ていきたくなると思った。
ジル様は一心不乱に塩を
「チャーリー!」
「はっ!」
ジル様の声に、チャーリーさんが我に返ったように動きを止めて姿勢を正した。
自分より取り乱している人がいると自分がしっかりしなければと思うものらしい。かくいうわたくしも塩を撒き散らすチャーリーさんを見ていたら、不思議と冷静にならなきゃと思えるようになっていた。
「も、申し訳ございません! 私としたことが取り乱しました……とりあえず急ぎ
ずれた眼鏡をくいっと上げて
「いや。父にはまだ黙っておこう」
「しかし……」
「バートル家の次期当主が幽霊に取り憑かれたなんて世間に知られたら、家の
不本意だといわんばかりに、ジル様の眉間にぐぐっとしわが寄せられる。どうやらジル様は領地で
ゴシップ好きな貴族のことだ、あることないこと
わたくしとしても、婚約破棄された相手の中から出られなくなったなんて知られたら、メイベル家末代までの
ただこの三人でどうにかできるものなのかは
『あの……お塩でもどうにもならなかったものを、わたくしたちだけでどうにかできるとは思えないのですが……』
正直な気持ちを
「それについてですが、僕の友人にこういった事象に
「ああ、ブライト様でございますね。なるほど、あの方でしたらジルベルト様のよき相談相手になってくださることでしょう」
チャーリーさんが思い当たる人物の名前を挙げて
ジル様のお友達であるブライト・レイ様は
「さて、動くなら早いほうがいいでしょう。今日はこのまま学園に向かいます。チャーリー、馬車の準備を」
ジル様の指示を受けて、チャーリーさんが「かしこまりました」と部屋を出ていく。
学園という
『えっ!? あの! 何を!? 何をなさっていますの!?』
「何って
いきなりのことにびっくりして声を上げると、ジル様はきょとんとしてもう一つ
『お、お待ちください!』
「今度はなんです!?」
『女性の前で服を着替えるなんて、は、は、
破廉恥と言われて、ジル様があらわになった胸元を隠すように襟元を合わせてぎゅっと
「破廉恥って……そもそもこれは僕の体なのですが……」
『わかっています! わかっていますけど……!』
一つの体を共有しているのだから、着替えだって
見せられるこちらの身にもなってほしいと訴えると、ジル様から
「では、僕にこのままで出かけろとおっしゃるのですか?」
『う……』
さすがに寝衣のまま出かけろというのは
「極力目に触れないようにします。これ以上はどうにもできないので
そう言って着替えを再開させる。どうやら鏡に映らないように
とはいえ、ジル様と視界を共有しているせいで完全に見ないというのは無理だった。
ほどよく筋肉のついた体が視界に入ってきて顔を覆いたくなったけれど、あいにく手は自由に動かない。
結果、わたくしは
学園へと向かう馬車の中は重苦しい空気が漂っていた。
静かな分、ガラガラと車輪の音がやけに大きく聞こえる。腕を組んだままのジル様は
もの言いたげなため息に、わたくしは思わず口を開いた。
『何か思うところがあるのでしたら、言ったらいいじゃないですか』
「…………あなたのせいで
『まぁ! わたくしのせいだとおっしゃいますの!?』
家を出る時間が遅くなってしまったのはわたくしのせいだと言われてムッとして抗議すると、ジル様からも非難の言葉が返された。
「あなたが何度も狼狽えるから着替えに手間取ったんじゃないですか!」
『しょうがないでしょう!? 男の人の
「僕だって女性に見られながら着替えるのは初めてでした!」
『…………』
「…………」
『…………』
「…………不毛な言い合いはやめましょう」
ジル様がため息をついて窓の外に目を向けた。お互いにそれ以上口を開くことはなく、馬車の中に沈黙が流れる。
小窓に映りこんだジル様の整った顔を
(それにしても、どうしてこんなおかしなことになってしまったのかしら?)
この機会に状況を整理してみる。
今のところわかっているのは、死ぬ一年半前に時を
生前読んだ本によると、このように死んで時を遡る現象を【逆行】というらしいのだけれど、わたくしのように自分ではない
(これ、絶対戻ってくる体を
もともとうっかりしているところがあったとはいえ、こんなところで発揮しなくたっていいのにと自己
そんなことを考えていると、ジル様の口が「さっき」と動いた。
「チャーリーが部屋に来る前に、何か言いかけていましたよね?」
『え?』
「『わたくしは』って」
『あー……それでしたら、わたくしはアリ』
そういえば名前を言いかけたままだったと、言いそびれてしまっていた名前の続きを言おうとして―― 開きかけた口を閉じた。
これだけお話ししていても、ジル様はわたくしのことがわかりませんのね。何を言ってもジル様の声になってしまうから仕方がないとはいえ、婚約者だったわたくしのことに気づきもしないなんて。
その
―― すみません、アリーシャ。あなたとの婚約を
今でも耳に残っているあの言葉を知っているのはわたくしだけなのかと思ったら、なにやら悲しいを通り
もとはと言えば、ジル様が婚約破棄なんてするから、コーデリア様に階段から突き落とされてこんなことになったのに。おまけに逆行先を間違えて、ジル様の中から出られなくなってしまっただなんて……こんなの情けなさすぎてジル様に知られたくない。
ここにきて名前を知られたくないと思ってしまったわたくしは、ジル様に「アリ?」と聞き返されて、『アリ』から続く名前を
『アリ……アリ……アリ―― アリし日の名前なんて忘れてしまいましたわ! ですから、わたくしが何者かなんて聞いても
とっさに別の名前なんて出てこなくて、苦しまぎれに名前を忘れてしまったことにする。
体がない今の状態では、わたくしがアリーシャだと証明する手立てなんてありはしない。
バレるはずはないと高をくくって、ついでに何者かについても
なものを見るような目を小窓に映る自分に向けた。
『どうしてそんな残念な子を見るような目で見ますの!?』
「いえ……
『なっ……わたくしが噓をついているとでも!?』
内心ギクリとしながら反論すると、「そうではありませんけど」と歯切れが悪そうに返された。
これ以上はボロが出そうだと話をそらそうとしたところで、馬車が止まった。
馬車を降りたわたくしは、学園を前に懐かしさを覚えた。授業が始まるにはまだ
ジル様は教室へと向かわず、特別
どこへ向かっているのかしらと思っていると、図書室の前で歩みが止まった。
「おはようございます、ブライト。ちょっと他言無用で相談にのっていただきたいのですが、今いいですか?」
「おはよう、ジルベルト。
「ジルベルト、その中の人どうしたの……!?」
目の下にくっきり浮いた
「わかるのですか!? 」
『わたくしのことがわかりますの!?』
ジル様と順番に聞き返すと、ブライト様は驚いたように目を見開いたまま固まってしまった。ややあって、まばたきと共にブライト様がゆるりと首を横に
「いや、僕にわかるのはジルベルトに二人分のオーラが重なって見えるってことだけだよ」
―― 二人分のオーラが重なって見える――
そういえば、ブライト様は人のオーラを見る能力があると以前言っていましたっけ。
ジル様の中にいるわたくしの存在に気づいたのもその能力のおかげらしい。オーラが二つ重なっている状態というのは、幽霊に取り憑かれた人によく見られる現象だと教えてくれた。
ジル様はそれなら話は早いと、ブライト様の
「取り憑いた幽霊に出ていってもらう方法も知っていますか!?」
「そりゃ、うちの蔵書を調べれば方法くらいは見つかると思うけど……」
「でしたらお願いします、力をかしてください! こんなことが世間に
ジル様は額に手を当てて
「…………本音は?」
「…………もし世間に知れ渡ったら、アリーシャや彼女のご両親になんて思われるか……婚約が白紙になったら目も当てられません」
『白紙になったら目も当てられないだなんて……そんなことが言えるのでしたら、どうして婚約破棄なんてなさいましたの!?』
ジル様もブライト様も
「婚約破棄なんかしてません! 先ほども言いましたが、あなた僕をどなたかと勘違いしてらっしゃるのではないですか!? 僕は今まで一度も婚約破棄なんてしたことはありませんけど!」
『でしたら、あなたに婚約破棄されたわたくしは何だというのですか!?』
「だから! その相手は僕じゃないと言っているではありませんか!」
『いいえ、あなたです! この、裏切り者!』
「僕じゃありませんってば! 大体あなた自分の名前も忘れてしまっているくらい記憶があやふやなのでしょう!? 」
『うぐっ……!』
ここでそれを持ち出されるとは思わなかった。まさか名乗らなかったことが裏目に出るなんて……。
わたくしが言い淀んだ
「まぁまぁ、二人とも落ち着きなよ」
『「これが落ち着いていられるとでも!?」』
ジル様とわたくしの発言が見事に
「君たち息ぴったりだね。まぁ、なんとなく事情はわかってきたよ。その上でいろいろとつっこみたいところはあるけど、僕的にはジルベルトがアリーシャ
だなんて、よほどのことがない限り考えられないかな」
『…………』
(ブライト様もジル様の
「とりあえず何とかできないか僕のほうでも調べてみるから、ジルベルトたちは周りに
柔らかい口調なのにどこか
一時間目の開始が迫っていたこともあり、教室に移動することになった。
本の片付けをしてから追いかけるというブライト様を図書室に残して、ジル様と
教室に近づくにつれて廊下を行きかう人が増えてくる。この朝の
聞き覚えのある少女の声に体が
(コーデリア様……できればもう二度とお会いしたくはありませんでしたわ)
背中の中ほどまであるふんわりした
「おはようございます! 今日はいつもより遅いのですね」
「おはようございます、コーデリア嬢。ちょっと……いろいろありまして」
ジル様がぼやかして伝えると、コーデリア様はすっと手を伸ばしてきてジル様の髪に触れた。
「ふふっ、
乱れた髪を
「ところで来週のダンスの授業ですけど、ペアの相手はもうお決まりですか?」
手を前にしてもじもじと指をいじりながら、くりっとした大きな茶色の目が
(…………ずいぶん親密そうではありませんか)
心の中にドロドロと黒い感情が
『なるほど……今までもこうやって二人でこそこそしていましたのね?』
「え?」
忠告も忘れて
『ふご……!』
ぐぐっと口に力が
その時、よく通る声がジル様の名前を呼んだ。
「ジル様!」
聞き覚えのある―― いや、聞き覚えのありすぎる声にギクリとした。ジル様が声の方向を振り返ると、思った通り
生きている自分がいるかもしれないとは思っていたけれど、実際に本人を前にすると不思議な感覚で、息をのんだまま動けなくなってしまった。
一方、わたくしとは対照的にジル様の頰が
「おはようございます、アリーシャ」
「おはようございます。今日は珍しく遅いのですね」
アリーシャと名前を呼ばれた生前のわたくしがにこやかに
「ええ、さっきまで図書室にいたので」
「何かお探しの本でもありましたの?」
「いえ、ブライトに少し用があって……」
「まぁ、そうでしたのね」
「ええ」
自然と会話が
ジル様が隣を歩く生前のわたくし―― アリーシャをこっそり
その視線の先で、アリーシャはジル様が見ていることにも気づかず、何か話したほうがいいかしらと視線を
思えば、昔からわたくしとジル様は会話が続かないことがよくあった。
何か話さなければと思うのに、ジル様相手だとすごく
会話のないまま教室のドアをくぐり、それぞれの席へと分かれる。
自席に着いたジル様は机に
「今日はいつもより話せた……」
真っ先に思い浮かんだのはコーデリア様だった。上目遣いで可愛らしくダンスに
ジル様の中で一時間目の授業を聞き流しながら物思いに
時が巻き戻ったこの世界は、卒業の半年前―― ちょうど夏季の長期
自由に体を動かすこともしゃべることもままならないこの状況で、わたくしはこれからどうしたらいいのかしら。
休み時間になったタイミングで背後から背中をつつかれる。
ジル様が振り返ると、後ろの席に座るブライト様が身を乗り出して声をひそませた。
「ジルベルト、次の授業
「え? なぜ?」
剣術の授業がどうしたと言わんばかりのジル様に、ブライト様は「だから」と補足する。
「君の中のお
そう
このあと、ブライト様の懸念通り、振り下ろされる剣に
医務室のベッドに
「今日は
『……まったくですわ』
不本意ながら、わたくしもそれに同意する。
剣って、向けられるとあんなに
ジル様はいつも簡単そうにはじき返していたから、剣なんて簡単だと思い込んでいた。
ご
『ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした』
「いえ……剣を持つのが初めてなら、怖いと思っても仕方ありませんよ。僕のほうこそ初めにそのことに気づくべきでした」
あなたのせいで大変な目に
朝から不毛な言い合いばかりしていたから失念していたけれど、ジル様はもともと気遣いのできる
それを思い出してから、いやいやとジル様の中で首を振る。
どんなに優しく見えたって、この人は婚約者がいる身でありながら浮気できてしまう人なのだ。
今朝のジル様とコーデリア様のやりとりを思い出して
「ジル様、大丈夫ですか?」
アリーシャはベッドで横になっているジル様を見つけるやいなや、駆け寄ってきて心配そうに
こんな人、心配しなくても大丈夫でしてよ。
そう言おうとしたのに、ジル様が口元に力を入れているせいで上手くしゃべることができない。そうまでしてアリーシャに変に思われたくないらしい。根負けしてしゃべるのを諦めると、ジル様が言葉少なに今日は体調が悪いのでこのまま帰ることにしたと伝えた。
それを聞いて、アリーシャはさらに心配そうな顔をした。
ジル様を気遣う様子に、この子はまだ何も知らないのねと思った。
半年後にジル様に婚約破棄されることも、浮気されていたことも、コーデリア様に階段から突き落とされて死んでしまうことも、まだ何も知らないのだ。
ただジル様の婚約者として好きになってもらおうと
未来であんなことに巻き込まれるなんてと、目の前の何も知らない自分が
この時、ふとわたくしはこのために一年半時を遡ってきたのではないかと思った。
散々な死に方でしたもの。無念すぎて
(今なら……婚約破棄される前の今なら、ジル様が浮気している証拠を摑んで
そうなれば、きっとわたくしの無念も晴れて成仏できるかもしれない。
こうしてジル様の体の中に蘇ってしまったのだって、コーデリア様との浮気の証拠を集めるためだって考えれば納得がいく。
(わたくし、きっとそのために戻ってきたんだわ!)
その後、アリーシャと入れ違いでやってきたブライト様から、わたくしたちの状況について伝えられた。すぐに解決できるものじゃないことを知らされたジル様は、ブライト様から
どうしたのかしらと思って、あたりに人がいないのを確認してから
『えっと、どうかなさいましたの?』
「……すぐに解決できると思って我慢していましたが、もう限界です―――― トイレに行かせてください……」
わたくしはおトイレに行きたいとは感じていなかったけれど、ジル様はずっとトイレを我慢していたらしい。トイレのドアを開けようとするジル様を、はっとなって止める。
『待って! お願い待って! わたくしまだ結婚前なの!』
うら若き
「僕だって、こんな状態でトイレになんか行きたくないですよ! かといって、女子トイレに入るわけにもいかないでしょう! 他にどうすることもできないんです。目をつむって差し上げますから、どうか我慢してください!」
『ひぃやああああああ!』
わたくしは恥ずかしさと恥ずかしさと恥ずかしさに、ぎゅっと目をつむってやり過ごした。
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