第66話 令嬢たち
「サラ、彼女は我が国有数の大貴族であるディラン公爵家の末娘よ。付き合っておいて損はないわ」
「は、はい…」
すると、アデレイドが急に席を立った。
「皆、聞いてちょうだい。このサラは皇帝陛下から直々に第一夫人にと望まれたのよ」
途端に、席についている令嬢たちからどよめきの声が上がった。
特にマルガレーテは、何か言いたげに私の顔を食い入るように見つめていた。
アデレイドはテーブルの女性たちを見回して言った。
「だけど、諦めることはないわ。第二夫人以降は決まっていないのだから、あなたたちにもまだチャンスはあります。今日この場に招いたあなたたちは全員皇妃候補よ。次は皇宮で陛下を招いてサロンを開くつもりなの。陛下に気に入られるよう頑張るのですよ」
「はい!」
令嬢たちは元気よく返事をした。
この時私は初めてこのサロンの意味を理解した。
この人たちは皆、アデレイドの目に適った皇妃候補で、ライバル同士ってことなんだ。
それなのに、どこの誰だかわからない私がいきなり第一夫人に内定しましたなんて言われても、納得できないだろう。
絶対恨まれるよ…。
それからは、アデレイドの趣味の話や流行しているファッションについてなど、女性らしい話題が供された。
それから皇帝陛下の好みなどを、令嬢たちにアデレイドがクイズ形式で話を振って、それぞれに答えるという感じでお茶会は進んで行った。
この会、楽しいのかな…?
なんだか全員がずっと緊張していて、とにかく必死にアデレイドのご機嫌を取ろうとしているように見えた。
お茶会も終盤に近づくと、それぞれ席を立ってお嬢様同士会話をしたり、アデレイドを囲んで談笑したりしていた。
私はなんとなくその輪に入れなくて、少し離れた木陰のベンチに座って一人、音楽を聴いていた。
「サラさん、お話しませんか?」
そう言って私のところへやって来たのはマルガレーテだった。
近くで見ると赤毛ではなくて赤みのかかった金髪だったことがわかった。
透き通るような肌とグリーンの瞳、桜色の唇。
美少女だけど、年齢の割には化粧が濃いと思った。
それから気になったのは、その香りだった。
お化粧の匂いなのか香水の匂いなのかはわからないけど、昼間のお茶会には少々きつすぎると思った。
こういうの、誰も注意しないのかな?
私が注意するのは上から目線な気がするし、自分が良かれと思ってやっていることを他人に指摘されるのは、あまり気持ちの良いことではないはずだ。
できれば彼女のためにもアデレイドから忠告して欲しいと思う。
たぶん、皇帝陛下はこういうの嫌がると思うし。
その香りが強く鼻を突いた。
彼女が私の隣に、肩が触れる程近くに座ったからだ。
その香りの強さに、私は思わず顔をしかめてしまった。
「あら、どうかしまして?」
「あ、いえ…」
「サラさん。もしかして先日、噴水広場を皇帝陛下とお散歩なさってました?」
「えっ?あ…」
以前、すっぴんで皇帝に散歩に誘われた時のことだ。
そういや東屋に女性たちがいたけど、この人あそこにいたんだ…。
「あの時、東屋にいたんですか…!」
「やっぱりそうなのね。私、ちょうどあそこで友人たちとお茶会をしておりましたのよ」
マルガレーテはそう言って微笑んだ。
「私、不勉強で知らないのですけど、フェリシエ伯爵家というのは、どの辺りにご領地がございますの?」
「あの…実は私、養女なので…その、領地のこととか良くわからないんです」
「養女?ではお生まれは違いますの?ご出身はどちら?」
「えっと、外国の方で…、きっと知らないと思いますわ」
彼女は私のことをあれこれと聞きたがったけど、ほとんど答えることができなかったので、うやむやにしておいた。
たぶん怪しまれたとは思うけど、余計なことは言わないようにとアデレイドに釘を刺されていたから仕方がない。
私からこれ以上何も聞き出せないとわかると、今度はペラペラと自分のことを話し出した。
私は相槌を打つことしかできなかった。
マルガレーテが言うには、このサロンに招待されるということは貴族としての権力が強まることを意味しており、貴族の婦人たちはなんとかして招待されようと必死なのだという。
そのため貴族たちの間では、皇太后のお気に入りの者から賄賂を受け取って招待されるよう口利きをしてもらったり、あるいは皇太后お気に入りの者のスキャンダルを捏造して陥れ、自分がその座を奪おうとしたりすることもあるらしい。
要は、その名誉あるサロンに自分は何度も呼ばれているのだと自慢したかったようだ。
「実は以前、シリルさんという、皇太后様のお気に入りの子がいたのだけど、それで図に乗ってしまったのね。会話中も皇太后様の許可なくお話なさったりしていて、睨まれたりしていましたわ」
シリルって、さっき話に出て来た名前だ。
そういう前例があったから、皆恐れていたわけだ。
「それだけじゃなくて、シリルさんは裏で他の貴族の娘からこのサロンに招待してあげると言って賄賂を受け取っていたらしいの。私、その証拠を掴んで皇太后様にお知らせしたんですのよ。それで罰を食らって、サロンへ出入り禁止になったの。今は行方不明だという噂ですわ」
「ゆ、行方不明…?」
なんだか陰謀の匂いがする。
つまり、そのシリルという人の罪を、この人が暴いたということだ。
行方不明って、もしかして消されたとか…?
優雅なお茶会の裏で、そんな人間たちの欲望が渦巻いていると思うと怖くなった。
「ねえ、あなた、どうやって皇帝陛下に取り入ったんですの?」
直球の質問が来た。
「どうやってって…、別に何も…」
「噴水広場では、陛下と随分仲良くしていらっしゃったようにお見受けしましたわ」
「あ、あれは…散歩に誘われただけで…」
「皇帝陛下が昼間から女性と歩いていること自体、珍しいことなんですのよ?やはり…陛下は既にそういう仲なんですの?」
「そ、そういう仲!?」
「ねえ、知っていて?皇妃は処女じゃないとなれないんですって」
「…え?」
この人、何が言いたいんだろう。
「あなた、陛下に処女を捧げたんでしょう?」
「は?」
私は驚いて彼女の顔を凝視した。
この人、何でそんなこと聞くんだろう?
「処女を捧げたから第一夫人に指名されたということかしら。つまり、あなたは体で第一夫人の地位を買ったということかしら?」
「ええっ?ち、違いますよ!」
「殿方は処女を散らすのがお好きだと聞きますものね。そうでなければあなたのような田舎臭い人が第一夫人だなんておかしいもの」
「田舎臭い…?」
マルガレーテはクスッと嘲笑った。
この人、お嬢様なのに案外口が悪いな。
人の話をちっとも聞かないし。
サヤカとちょっとキャラ被るかも…。
「もしかして皇帝陛下は処女を抱いたのが初めてだったのかしら。きっとそれで夢中になってしまったのね。ああ、謎が解けてスッキリしましたわ!ポッと出のあなたがいきなり第一夫人だなんておかしいと思っていましたの」
マルガレーテは余裕ぶった態度で私を見た。
なんだか勝手に話をして頷いている。
私、何も言ってないんだけどなあ…。
「でも、それなら私にもチャンスがあるということですわね」
「はあ…?」
「第一夫人の座は皆が憧れているんですのよ。突然現れてその座をかっさらって行くのですから、恨みを買うことは必至ですわ。せいぜいお気をつけあそばせ」
マルガレーテは笑顔で言ったけど、その目の奥の眼光は鋭かった。
ふと周囲を見ると、他の令嬢たちもこちらを見ていた。
その視線に混じる悪意は、マルガレーテのものと同じに見えた。
本当に早く終わって欲しいと心から思った。
私はサロンがお開きになるまで、誰とも目を合わせないようにしていた。時々、アデレイドが気を遣って声をかけてきたけど、それ以外はなるべく一人で過ごした。
日が傾き始めた頃、サロンはようやくお開きとなり、令嬢たちは次々と帰路に付いた。
私も帰ろうと思ってウォルフを探していると、アデレイドに呼び止められた。
「ウォルフは馬車に不具合があったとかで、点検のために城へ戻ったわ。あなたは今夜、こちらに泊っていらっしゃい。明日、私の馬車で一緒に城へ戻りましょう」
「は、はい…」
なんだ、ウォルフってば、帰るなら一言言ってくれればいいのに。
アデレイドと二人って、緊張するんだけどな…。
ウォルフがいないんじゃ、どのみちここから帰れないので、離宮の客室に泊ることになった。
アデレイドに誘われて夕食を共にした後、話をすることになった。
「マルガレーテとは仲良くなれそうかしら」
「あ…、はい…」
「フフ、無理しなくてもいいわ。ああ見えてあの子は野心家よ。油断していると寝首を搔かれるわ」
「ええっ!?」
「あの子は知らないだろうけど、高飛車なところが鼻につくとかで、陛下は昔から嫌っているの。野心剥き出しのところもね。だからあの子には悪いけど、第一夫人には決してなれないと思っていたのよ」
私は自信満々のマルガレーテのことを思った。
彼女は自分が嫌われているなんてきっと夢にも思っていないんだろう。
なんだかちょっと嫌なこと聞いちゃったな…。
「だけどディラン公爵家は有力貴族だから、名ばかりだけど第二、第三夫人あたりに収まることになるでしょうね」
やっぱりそういう忖度はあるんだ。
名ばかりの奥さんって、なんか寂しい。
貴族って、愛情がなくても権力さえあればいいんだろうか。
「それから、あなたには塔から皇宮に移ってもらうからそのつもりでね」
「えっ?でも、私の存在は秘密なんじゃ…?」
「今まであなたやサヤカの存在を隠していたのは、異界人だということ以外に、あなたたちに身分がなかったからよ。この城は貴族以外の者は住むことを許されていないから、身分のないあなた方はいないことにするしかなかったの」
「そうだったんですか…」
「あなたはもう立派な貴族なのだから、城内を堂々と歩いていいのよ」
「はい…」
そういえば、サヤカはどうしてるんだろう?
「あの、サヤカは…」
「そうそう、あなたには魔法の教師をつけることにしたから。皇妃になるのだから、もう少し役に立つ魔法を覚えてもらいたいの」
「あの…」
「あの子の話はしないで!」
アデレイドは私の言葉を遮るように怒鳴った。
サヤカの話はして欲しくないようだった。
私はそれ以上尋ねるのを諦めた。
「そうそう、あなたのために優秀な魔法師を外から招聘したの。すべての属性の呪文を暗記しているという凄腕の魔法師よ。期待していいわ」
「外から…?あの…、この国には魔法院みたいな魔法を学べる学校とかはないんでしょうか?」
「我が国では、魔法は魔法師から直接習うことになっているの。但し、魔法師は皇帝軍が独占しているから、一般人が魔法を習得することはできないわ」
「え…どうしてですか?」
「決まっているじゃないの。魔法師は重要な戦力よ。攻撃に特化した魔法師軍団を作るための措置よ」
あ…。だから私たち、攻撃魔法しか習ってないんだ…。
「我が国では国民は十歳になると魔力測定を受けることが義務付けられていて、一定の魔力が認められた者は強制的に軍に入れられるの。そこで魔法師教育を受けて皇帝軍の戦力になるのよ」
アレイス王国とは違って、こっちは軍が最優先なんだ。
「ともかく自分の身くらい守れるようにしっかり魔法を習得してちょうだい。これはあなたのためなのよ」
「私のため?」
「第一夫人は嫉妬と羨望の対象なの。そのうち嫌でもわかるわ。いいこと?これだけは覚えておきなさい。自分の身は自分で守ること。貴族など誰も信用してはいけないわ」
「…はあ…」
マルガレーテのあの鋭い目つきを思い出すと、単なる脅しじゃない気がした。
妃になりたいなんて、私が言い出したわけじゃないのに、勝手にそんなこと言われても、正直迷惑だよ…。
その夜のことだった。
離宮の二階の客室に泊っていた私は、激しく扉を叩く音に飛び起きた。
「お嬢様、起きてください!火事です!早く避難を!」
そう叫んでいたのはアデレイドの専属メイドだった。
私はガウンを引っ掛けて慌てて夜着のまま部屋の外へ出た。
なんだか煙の臭いがする。
本当に火事なの…?
メイドに先導されて、一階のロビーに降りて行くと、メイドたちが肖像画や美術品を運び出している所だった。
アデレイドが、メイドたちにテキパキと指示を出していた。
「アデレイドさん、何が起こってるんですか?」
「ああ、サラ。火事よ。地下の調理場から出火したようなの。今馬車を呼んでいるからあなたはそれに乗って先に避難してちょうだい」
「は、はい」
「早く貴重品を運び出して!全員が外に出たら、警備兵を呼び入れて消火に当たらせなさい!」
メイドたちと共に離宮の外に出ると、ここで働かされていた奴隷が数人、逃げ出して来ていて、あたりは騒然としていた。
煙を吸い込んで咳き込む者はいたけど、どうやら怪我人はいないみたいだ。
こんな時、水の魔法や光魔法が使えたら…と思った。
こういう非常時に備えて、やっぱりいろんな魔法を習うべきだと思った。
いくら魔力が強くったって、役に立たないんじゃ、意味ない。
火事は心配だったけど、あそこにいても私にできることは何もない。
私はメイドと共に、先に馬車に乗せられて城へ戻された。
翌日、火事の詳細をウォルフから聞いた。
火元は離宮の地下で、逃げ出した奴隷の証言によれば、炊事場から突然火が出たという。
火は地下全体を覆いつくしてしまい、崩れ落ちて土砂に埋まってしまった。
離宮の上の階は被害が少なかったけど、ロビーを含めた建物の一階部分が燃えてしまって、一部崩落したという。
あそこにあのまま留まっていたら、私も危なかったんだ。
離宮がこんなことになって、アデレイドはさぞ落ち込んでいるだろうと思ったけど、案外そうでもなくて、火事を理由に離宮を取り壊して、建て直すことにしたそうだ。ああ見えて結構老朽化していたらしい。
そういうわけで、離宮でのサロンは当分の間開かれないことになった。
私は、心からホッとした。
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