第65話 サロン
部屋に戻ると待機していたメイドたちがテキパキと支度を始めた。
私が着せられたのは、アデレイドからのプレゼントだという純白のレースのドレスだった。胸のレースの部分には細やかな宝石が縫い留められていて、キラキラと光っている。
このドレスにはさすがにガイアから貰った宝石を付けていくことはできないので、部屋に置いていくことにした。
このゴージャスなドレスを着せられて、ウォルフと共に迎えの馬車に乗った。
馬車の行き先は皇都の郊外にある離宮だ。
そこは代々の皇后や皇太后が内輪のパーティーを開くための皇族専用の別荘で、現在はアデレイドが一人で使っている。
このところ、アデレイドはサロンの準備で離宮に籠りきりだったらしく、私も会うのは二週間ぶりだった。
地方の視察のために遠征している皇帝は、悪天候に見舞われ地方の滞在が長引いているという。もうしばらく戻って来れないみたいだ。
アデレイドは天気の良い日を選んでお茶会を開く。
そのお茶会は皇太后のサロンと呼ばれ、気に入った貴婦人だけが招かれる。
このサロンに招かれることはこの国の貴婦人のステータスとなっているそうだ。
…というような説明を馬車の中でウォルフがしてくれた。
本当は、私一人で離宮に行くようにとアデレイドに言われたのだけど、初めての場所に一人で行くのは心細かったし、暴漢に襲われたトラウマもあって、ウォルフについて来て欲しいと願い出ていたのだ。
今回だけは特例だということで許可が出た。
というのも、離宮は基本的に男子禁制で、男性は中に入ってはいけないのだそうだ。
城から馬車に揺られること一時間弱。
ようやく離宮に到着した。
門をくぐり、離宮に足を踏み入れた私は、思わず立ち尽くした。
荘厳なメルトアンゼル城とは違って、こちらは小さいけれど流麗な佇まいがあった。
白亜の宮殿、という言葉があるけど、それをそのまま具現化したようなおしゃれでどこか女性的な建物だった。
宮殿の中に入ると、その内装の豪華さに驚かされた。
通路の真っ白な壁には歴代の皇后らしき肖像画が飾られていた。大理石のような床はピカピカに磨き上げられていて、その上には高級そうな絨毯が敷かれている。
離宮の一階の奥にはコンサートホールのような広間があり、その一角では音楽家らしき女性たちがフルートやチェロ、バイオリンに似た楽器を演奏をしている。
こっちの世界でも楽器は同じようなものなんだな。
広間の奥にある両開きの大扉が開け放たれ、外から心地よい風が入ってきていた。
扉の先はもう外で、美しい庭園が広がっている。
庭園には白いクロスの掛けられた長いテーブルが置かれ、その周囲には美しく着飾った若い女性たちが二、三人ずつのグループに分かれて談笑していた。
それはまるで映画で見るような煌びやかな世界だった。
その華やかさに、思わず私は目を細めた。
「絶対、場違いだ…」
招待されたのは私を入れて八人。
それ以外には給仕係の女性たちと音楽家たちがいるだけだ。
テーブルの上には花が飾られ、皿や茶器が置かれていた。
「あの中に入って行ける自信がない…」
「大丈夫ですよ。今日のサラさんは美しいです。胸のサイズ以外は負けていません」
「それ、褒めてない…」
傍らにいたウォルフはクスッと笑った。
絶対、面白がってる。
「では頑張ってください。私はこれ以上中にいてはいけないので、外で待機しております」
そう言うと彼はさっさと広間から出て行った。
男子禁制のこの場所には女性しかいないので、長居はしづらいのだろう。
この眩しい光景を目の当たりにした私は、広間から庭へ足を踏み出すのにかなりの勇気が必要だった。
先に庭に出ている華やかな貴婦人たちの視線を感じて、委縮してしまう。
苦手なんだよ、こういうの…。
元々人の多い場所は得意じゃないし、知らない子ばかりの中に入って行くなんて、私にはハードルが高すぎる。
それにどう見てもイケてる感じの女子たちだし、イケてない女子代表みたいな私にはムリゲーすぎる。
サヤカみたいにもっと社交的だったら良かったんだろうけど…。
ああ、やっぱり来るんじゃなかった…。
大きくため息をついていると、そこへアデレイドが侍女を引き連れて登場した。
するとサロンの雰囲気が一変し、庭にいた女性たちの間に緊張感が漂うのがわかった。
「皆さん、ごきげんよう」
「ごきげんよう、皇太后様」
アデレイドの挨拶に、貴婦人たちは姿勢を正し、はきはきと答えた。
まるで怖い先生を迎えた生徒たちみたいだ。
庭に用意された長テーブルは、前に美術の本で見た『最後の晩餐』の絵を思い出させた。
座る席があらかじめ決められているようで、彼女たちは各々、給仕係に案内された席について行った。
私はどうしても彼女らの輪に入れず、広間の扉を出たところで気配を消すように立っていた。
そんな私に気付いたアデレイドが、手招きをした。
「サラ、こちらへいらっしゃい」
それでも動こうとしない私の元へ、アデレイド自らが歩み寄って来て、手を差し出してくれた。
私がその手を取ると、その様子を他の令嬢たちがじっと見つめていることに気付いた。
「席は私の隣ね」
アデレイドの隣の席に案内された私は、先にテーブルについている他の令嬢たちをチラ、と見た。
皆、睨むように私を見て、誰だコイツ?ってな顔をしてる。
…こ、怖っ…。
めっちゃ睨まれてる…!
その席次は、アデレイドに近い程彼女に気に入られているということのようだった。
中央に座るアデレイドの向かい側は空いていて、私はその右隣に座った。
アデレイドを挟んで反対側に座る令嬢が、チラッと私に視線を送った。
私の隣に座る令嬢と、その向かい合わせにも一人、その隣は末席で、いわゆるお誕生席だ。つまりテーブルの両端に三人ずつ固まって座っている状態だ。
彼女たちの表情は硬く、明らかに不満顔だった。特にお誕生席の令嬢たちの顔色と表情は明らかに優れなかった。
もしかしたら、今日ここへ来るまで、誰がどの席に座るのか知らされていなかったのかもしれない。
全員が席に着くと、アデレイドが主催の挨拶をした。
「皆さん、よく来てくれたわ。今日は皆に紹介したい娘がいるのよ」
アデレイドがさりげなく私に席を立つよう促した。
「この子はフェリシエ伯爵家のサラよ。領地から出て来て、城に住むことになったの。皆、仲良くしてあげてね」
「サラです。よろしくお願いします…」
私は緊張しながらそう言った。
予想通り、その場にいる女性たちはざわついた。
「フェリシエ伯爵なんて知らないわ」
「どうせド田舎の弱小貴族でしょ」
「皇太后様のお隣に座るなんて、どういうこと?」
などとひそひそ声が聞こえてくる。
アデレイドはざわつく女性たちをジロリと睨んで、手を一つ叩いた。
「私語は許可した時にだけするように。シリルのようになりたいの?」
その一言で、皆静まり返った。
シリルって誰だろ…?
私以外の人たちはそれが誰なのか知っているようで、真顔になって口を結んだ。
アデレイドはパチン、と指を鳴らした。
するとアデレイドの侍女たちがワゴンを押して現れ、給仕を始めた。
開け放たれた扉から、演奏が聞こえる。
ちょうど会話の邪魔にならないボリュームだ。
お茶会に生演奏とか、なんて優雅なんだろう。
テーブルの上には焼き菓子や小さなパン、ジャムなどが乗ったいわゆるアフタヌーンティーと呼ばれるセットがそれぞれの席の前に置かれていく。
よく三段重ねのお皿の上にお菓子や軽食が乗っているのを見たことがあるけど、このテーブルは広いからきっとお皿を重ねる必要がないのだろう。
給仕係が温かいお茶をそれぞれのカップに注いでくれている。
私は緊張しながら、黙ってそれを見ていた。
噂には聞いていたけど、これが本物のお茶会なんだ…!超豪華でめちゃ美味しそう!
「さ、召し上がって。今日のお茶はメルクル地方の一番茶よ」
それを合図に皆お茶に手を伸ばした。
確かに自慢するだけあって、美味しいお茶だった。
お茶とお菓子を味わいながらの、しばしの歓談の時間になった。
さりげない会話の中で、気付いたことがある。
会話は必ず皇太后であるアデレイドから始まる。
勝手に話を始めてはいけないルールでもあるのかもしれない。
私が初めてということもあって、アデレイドは七人の令嬢たちを紹介してくれた。
だけど、緊張しすぎて全然頭に入ってこなかった。
ただ一人を除いて。
その女性は、アデレイドを挟んで私と逆側に座っていた、先程目が合った令嬢だ。
つまり、アデレイドのお気に入りということだ。
「マルガレーテ・ディランです。仲良くしてくださいね、サラさん」
彼女は、挑戦的な眼差しを私に向けてそう名乗った。
彼女は赤毛の美人で、高そうなアクセサリーをゴテゴテと身に着けていた。
何より、眼光の鋭さが群を抜いていた。
サヤカとは違うタイプの自己主張強い系女子だと思った。
そしてその目は明らかに私を敵対視している。
私は本能的にそれを感じ取った。
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