第64話 不意打ち
その日は、午後からアデレイドのサロンに招待されていた。
貴族はたいてい午前中に執務をこなし、狩りやお茶会、遊興などの趣味は午後から行うのが慣習となっているのだそうだ。
私は気が乗らなかった。
ウォルフから名家のご令嬢らが顔をそろえると聞かされていたからだ。
正直、憂鬱だった。
自分でも社交的じゃないことはわかってるし、イケてる女子の集まりなんかに、できれば行きたくない。
「お昼前には支度をしないと、間に合いませんよ。離宮までは皇太后様の馬車がお迎えに来てくれるんですから」
「う~、どうしても行かなきゃダメ?」
「当然です」
「やだな~。全然やる気出ない…」
「顔を洗って、シャッキっとしてください。メイドたちがまだ来ていないので、地下の浴場へ行かなければなりませんが」
「あ…そっか。いいよ、行ってくる。ちょっとお湯浴びてくるわ」
ウォルフに体を拭く布を渡されて部屋を出た私は、地下の浴場へと向かった。
塔の1階入口に立っている警備兵を横目に見ながら、浴場への階段を下りて行った。
浴場といっても、いわゆるお風呂とは違う。
中には大きな石樽があって、専属の魔法師が魔法で貯めたお湯が入っている。
魔法で作ったお湯だからか、いつまでも温かいので、24時間いつでもお湯を使うことが出来るのだ。
メイドたちはここからお湯を持ち出して私の部屋まで運び、顔や髪を洗ってくれたりするのだ。
塔にはお風呂がなく、普段はメイドが体を拭いてくれる。
ここでは毎日お風呂に入る習慣はないらしく、基本はお湯を含ませた布などで体を拭いて済ませることが多い。
だけど私やサヤカがどうしても毎日お風呂に入りたいと言ったので、石樽の前に椅子を置いてくれて、そこを洗い場代わりに使っても良いということになった。
湯船に浸かりたいけど、そこは我慢して石樽からお湯を汲んで体を流すだけの簡単な入浴をするのだ。
私は浴場の前で服を脱いだ。
その時だった。
いきなり背後から誰かに口を押えられた。
「むー!!」
誰?
まさか、また暴漢…!?
私は緊張した。
こんなところで襲われたら、もう誰も助けに来てくれない。
「しっ、声を立てるな」
その声は耳元で聞こえた。
私は口を押えられたまま、視線を斜め後ろへと動かした。
背後の人物が視界に入り、驚いた。
口から手が外されると、目の前に白金の髪が落ちて来た。
「ガイ…」
黒衣に身を包んだガイアの唇は、私から言葉を奪ってしまった。
もう…、本当に突然現れるんだから。
心構えができてないから驚くじゃない。
などと文句を言ってやろうと思ったのに、彼の舌に舌を絡めとられると、もう何も考えられなくなった。
「んんっ…」
しばらく口づけに酔っていると、膝に力が入らなくなった。
崩れ落ちる私を、逞しい腕が抱き支えてくれた。
「どうした?口づけだけでイったか?」
意地悪だけど心地よい囁きが私の耳をくすぐる。
「ガイア…また忍び込んできて…皇帝がいないからって、危険じゃない?」
「この城の警備など大したことはない」
そう言うと彼は、裸の私を浴場の壁に沿って立たせた。
これから何をされるのか、私にはわかっていた。
わかっていて、期待してしまう自分がはしたないと思った。
その願いを叶えるかのように、ガイアは私の全身を舌と指で確かめるように愛撫した。
「あっん、ダメ…」
「声を抑えないと外の警備兵に聞こえるぞ?」
「…んなこと言ったって…は…あっ…!」
彼は私の弱いところを知り尽くしていて、触れるところから熱が込み上げてくる。
ゆっくりと抜き差しされるその手技に、私は簡単に籠絡されてしまう。
意地の悪い事に、彼はわざと声を我慢させようとしてくる。
「ずるい…ガイア…」
彼が欲しくてたまらない。
私は両腕を伸ばして彼の首に抱きついた。
「もう…お願い、焦らさないで」
「おねだりが上手くなったな」
彼は私の片脚を抱え上げると、ようやく待ち望んでいたものを与えてくれた。
それだけで私は充足感に包まれた。
体を抱え上げられ、激しく上下に揺すられるたび、快感のあまり体がのけぞってしまう。
「や、あっ…っ」
体の芯を貫かれる快感に、ついに声を抑えられなくなった。
「ん、…ダメ、声、漏れちゃう…」
「俺の肩を噛んでいろ」
「…あっん…」
私はガイアの首に抱きつきながら黒衣の肩に歯を立てた。
そうして何度も揺すられながら、声を上げるのを我慢した。
隠れて悪い事をしているような背徳感に襲われながらも、それがかえって昂りを覚えて興奮する。
私は幾度も与えられる快楽に身を委ねて、ただ溺れていた。
「サラ」
「ん…」
力強い腕に抱かれたまま名を呼ばれて顔を上げると、再び口づけされた。
それは唇を合わせるだけの軽いものだったけど、とろけそうなほど甘かった。
「今日は拒まないんだな」
「だって、こんな不意打ち、ずるいよ…。いきなりくるんだもん…」
「フッ、本当は待っていたんじゃないのか?」
ガイアはニヤリと笑った。
その顔は憎らしい程カッコ良かった。
「うん…ずっと待ってた。来てくれないかなって、毎日思ってた」
「なんだ、随分と素直だな。この前は嫌いと言ったくせに」
「あれは…本気じゃなかったし…」
なんだか照れ臭い。
この前あんな別れ方をしたのに、こんな風に抱かれてることが。
「ウルリックに会ったそうだな」
「はい。…土下座して謝ってくれました。ガイアのこと嫌いにならないでくれって」
「そうか」
「だけど、私、許す気にはなれなかったから、少し時間がかかるかもしれないけど忘れてあげるって言ったの」
「…おまえは優しいな」
「そんなことないです。大人の男性に、あんな路地裏で土下座されるのが嫌だっただけで」
そう言うと、彼は私を自分の胸に抱き寄せた。
私はそれに甘えて、彼の胸に頭を擦り寄せた。
「ガイアこそ、あの人のこと、殴ったんでしょ?」
「おまえを傷つけたんだ、当然だろう」
「…ウルリックさんには悪いけど…嬉しかった」
「フ、可愛いことを言うじゃないか」
彼は私の額にキスした。
「忍び込んできてるのに、こんなことしてていいの?」
「こんなことをしに来たんだ。出掛けるんだろう?早く汗を流したらどうだ?」
「え?は、はい…」
あれ?出かけるって、私言ったっけ?
そう疑問に思ったけど、確かに早くしないとウォルフが様子を見に来るかもしれない。
私は浴室内に入って樽の前の椅子に腰かけた。
ガイアは後ろで壁に寄りかかって、私が手桶で汲んだ湯で汗を流すのを見ていた。
「貴族の身分を貰ったらしいな」
「そんなことまで知ってるんですか…」
「まあな。この国の情報については筒抜けだぞ」
「…国際条約機構に協力してるってウルリックさんから聞いたけど…そのせい?」
「ああ、そうだ。あの連中の情報網を利用させてもらっている」
「ガイアもあの変な仮面を着けてるの?」
「変な仮面だと?」
「あ、ごめんなさい…。変って言っちゃった」
ガイアはクッと鼻で笑った。
「まあ、奇妙ではあるな。だが素性を明かすわけにはいかんのだ。仮面を着けている時はクルードと名乗っている。おまえもそのつもりで俺と会っても知らんふりしろよ」
「は、はい…」
なんかしっくりこない名前だ。
けど、もし仮面を着けている時に会っても、きっと彼だとわかる自信はある。
いざって時にその偽名で呼べるかは不安だけど。
布で体を拭きながら、浴室を出るとガイアが魔法で髪を乾かしてくれた。
服を身に着けた私に、彼は言った。
「俺は用があって少しの間ここを離れる。今日はそれを言いに来たんだ」
「そうなの…どのくらい?」
「そんな顔をするな。すぐに戻る」
私の頬にガイアの手が触れた。
今なら、この手を取るのに。
この前拒絶したから、もう連れて行ってとは言い出しづらい。
それに、彼の手を取るのはそう簡単なことではなくなってしまった。
今の私はもう奴隷ではなく、この国の貴族になってしまったからだ。
「今度は正攻法で来る。待っていろ」
「う、うん…」
正攻法って何だろう?
「ではな」
それを聞く暇もなく唇に甘い口づけを残して、ガイアは風のように去って行った。
ただでさえ王子という立場上、忙しいはずなんだ。
私、ずっと自分のことばっかり考えてて、彼のこと考えてあげてなかった。
ダメだな…。
地下の浴場から出て部屋に戻ろうとした時、あまりにも遅い私を心配して、様子を見に降りて来たウォルフと鉢合わせした。
「ずいぶんとゆっくりでしたね」
「べ、別に、いいじゃない。ちょっとのんびりしてただけよ」
「頬が赤いですよ。のぼせたんですか?」
「お湯がちょっと熱かったのよ」
「そうですか。後で魔法師に、適正温度を保つよう言っておきます」
「う、うん…」
なんとか誤魔化せたかな?
ウォルフって、妙に勘の鋭い時があるから悟られないようにしないと。
「とにかく部屋に戻って支度してください。メイドたちが待っていますよ」
「わかったわよ」
どうやら諦めて行くしかないようだ。
やる気は全然なかったけど、ガイアと会えて元気が出たおかげで、少しは前向きになれそうだ。
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