第59話 侵入者2

 ガイアに組み敷かれた私は、抵抗できずにいた。

 いつもと違う彼に、違和感を感じていた。


「どうやって抱かれたんだ?言ってみろ」

「し…してない!触られただけ…」

「本当か?どれ、調べてやる」


 そう云いながら彼は、器用に着ているものをすべて剥ぎ取ってしまった。


「や…!やだ、やめて!なんでこんなことするの?」

「おまえは俺のものだと言っただろう?忘れているようだから思い出させてやるのさ」


 彼の指が動くたび、押さえていた声が漏れてしまう。


「あ…っ、やあっ…!」

「どうなんだ?」

「だ、だから、してないって言ってるじゃない…」

「皇帝の寝所に行っていたんだろ?何もなかったとは信じられん」

「皇帝は酔っぱらって途中で寝ちゃったの!だから何もなかったの!」

「ふぅん…?」


 ガイアのアイスブルーの目が私を射る。


「随分と残念そうじゃないか」

「何言って…」

「途中で止められて、消化不良なんだろう?ならば皇帝に代わって俺が続きをしてやろう」

「…や!」


 唇を塞がれて、何も言えなくなってしまう。

 その間もせわしなく彼の指は体中を這いまわる。

 私が彼を問い詰めていたはずなのに、いつの間にか立場が逆転して、私の方が言い訳をする立場に置かれてしまっている。

 なんでこうなったの…?


 言葉では拒絶していても、体は彼を求めている。

 彼のなすがままに脚を大きく開かされる。

 その太股の付け根には、私が彼の奴隷である証拠が刻まれているはずだ。


「奴隷番号をここに刻んだ意味が分かるか?」

「…知らない…」

「脚を開くたび、おまえが俺のものであると自覚させるためさ」

「っ…」


 ガイアは焦らすようにそこに舌を這わせた。


「やだ…もう…そこばっかり…」

「体は正直だな。欲しいんだろう?」


 くすぐったいような感触に文句を言うと、ガイアは顔を上げて私に囁く。

 彼の舌と指はまるで生き物みたいに小刻みに私の弱い部分を責め立てる。

 こんな気持ちで抱かれたくないって思っているのに、私の体は彼の愛撫に素直に反応してしまっている。


「あっ、あんっ…」


 恥ずかしい程に感じてしまっている自分がいる。


「皇帝はどうだったんだ?」

「どうって…?」

「触られたんだろう?感じたのか?気持ち良かったのか?」

「どうしてそんなことばっかり聞くの…?」


 さっきからやけにしつこく皇帝のことを聞いてくる。


「俺とどっちがいいんだ?言ってみろ」

「やっ…、そんなこと、言えな…」


 なんだか今日のガイアはとても意地悪だ。

 もしかしてヤキモチ妬いてる…?


「ほら、言え」


 ガイアの指は、私の気持ちいい場所を絶妙に突いてくる。

 思わず声が出て、体がのけぞってしまう。


「ああっ…!」

「どうなんだ?」


 私の体は彼の舌を、指をしっかり覚えていた。


「あ、ガイア…っ、が、…ぃ」

「ん?良く聞こえないな?」


 彼は私の顔を覗き込んで、意地悪そうに尋ねた。

 恥ずかしくて、どうにかなりそうだった。

 だけどそれ以上に私の体は彼を求めていた。


「ガイア、が、いいっ…!」


 頑なに拒否していたはずの私は、あっさり陥落してしまった。


「よし、よくできたな。褒美をやろう」


 彼は満足そうに顔を上げ、体を起こした。

 私の中で目覚めた本能は、打ち震えながら彼を待った。

 待ち望んでいたものを与えられると、私の全身は悦びに震えていた。

 彼に貫かれると全身が痺れるような、甘い感覚に支配された。

 私はその快楽に抗えなかった。


「もっと感じろ…、俺を刻み込め」

「ダメ、避妊香が…」

「そんなもの、無くても構わん」


 私は抱かれながら、その言葉の意味を考えた。

 それって、どういうこと?

 以前はあんなに頑なにしなかったのに…。


 だけど彼の激しい愛撫に、すぐに思考を奪われてしまった。


「…いい匂いだ」

「ああっ、ガイア…っ、ガイア…」


 私はその名を呼びながら、彼の背中を力いっぱい抱きしめた。

 彼も強く私を抱きしめてくれた。


 それからはもう、夢中でよく覚えていない。

 気が遠くなって、何度も彼の名を呼んだ気がする。

 私がベッドの上で正気を取り戻したのは、ガイアに名前を呼ばれたからだ。

 目を開けると、隣に彼がいて微笑みかけていた。

 かつての懐かしい光景に、胸がときめいた。


「これ、着けていてくれたんだな」


 彼は私の胸元を飾る青い宝石を眺めながら言った。


「…ガイアがいつも着けてろって言ったんじゃない…」

「いい子だ」


 彼はフッと笑って、私の唇にキスした。


「離れていた間、ずっとおまえのことばかり考えていた。おまえを抱きたくて仕方がなかった」

「私だって…ガイアのこと、ずっと思ってた」


 ただ彼に抱かれていれば幸せだった頃のことを思い出した。

 だけど、ガイアの本音を聞いてしまった以上、もう以前のようにはいられない。

 彼は王族で、私は異界人で、彼にとっては奴隷で、実験対象なんだと知ってしまったから。

 もうあの頃には戻れないと思うと、寂しさと悲しさが募る。


「うっ…うう…っ」


 私はいつしか泣き出してしまっていた。

 それに気づいたガイアは私の顔を戸惑ったように覗き込んだ。


「どうした」

「…うう…えっえっ…」

「泣くな…」


 ガイアは泣きやまない私の頬を手のひらで優しく撫でた。


「無理矢理したのが嫌だったのか?」


 嫌だったわけじゃない。

 そうじゃない。

 逆だ。 

 色々言ったけど、私はやっぱり、ガイアが好きなんだ。

 ガイアに優しくされればされるほど、その想いが募って辛くなる。


 こんなに好きなのに…。

 こんなに近くにいるのに、私には彼との未来が見えなかった。


 その時、外から扉を小さくノックする音がした。

 それに気づいたガイアは、ベッドを降りて素早く身なりを整え、扉の傍に駆け寄った。

 扉を少しだけ開けて、外の様子を窺った。

 おそらく協力者が扉の外にいたのだろう。

 扉越しに何事かを小声で話すと、彼はベッドの上の私を振り向いた。


「サラ、一緒に来い」


 ガイアは私に手を差し出した。

 私はベッドの上で泣きながら首を振った。


「…俺を信じられないのか?」


 ガイアは少し怒ったような、悲しそうな顔で言った。


「おまえは俺が守る。もう二度と、誰かに渡したりはしない」

「ガイア…」

「俺と来い」

「…私、行けない」

「どうしてだ、サラ」


 私は再度、首を横に振った。


「行ったってどうなるの?ガイアの傍には私の居場所なんかないじゃない」

「俺は誰とも結婚しない。おまえ以外の女を傍に置くつもりもない」


 ガイアは精一杯、私に誠意を示してくれているんだろう。

 だけど、彼は未来の王様で、たかが奴隷のために王妃を迎えないなんてこと、あるはずない。私の前だからそう言ってるだけなんだ。そうに決まってる。


 私は泣きながら、それでも首を振った。


「俺がこうまで言ってもダメなのか」


 ガイアは明らかに不機嫌になっていた。

 こういう時の彼は少し怖くて、私はただ目を伏せて、彼から視線を逸らせるしかなかった。

 するとガイアは眉間にしわを寄せ、怒気を含ませて言った。


「そうか。おまえは、皇帝のものになるつもりなのだな」


 私は一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。


「…何…言ってるの…?」

「俺を拒絶してここに残るということはそういうことだろうが」

「そんな…!違う!」

「何が違うんだ?俺を裏切って、皇帝を選ぶつもりなんだろう?」


 その言葉は、私の胸を鋭い刃物のように突き刺した。

 なんで…?

 どうしてそうなるの…?


「そんなわけないじゃない!一緒に行けないって言っただけでどうして皇帝なん…」


 私の言葉を遮るように、もう一度ノックの音がした。

 今度はさっきよりも大きな音だった。

 ガイアを急かしているようだった。


 彼は舌打ちして、黒いマントを羽織りなおした。


「俺は諦めん。次は力づくでもおまえを奪い取りに来る」


 ガイアはそう言うと、黒いフードを被って扉から滑るように出て行った。


 嵐の過ぎ去った後みたいな静寂の中に、私は一人取り残された。

 あまりにも突然のことで、呆然としていて、今のが現実なのか夢なのかわからなくなった。

 ただ、自分が泣いていたことだけは確かだった。


「ガイア…」


 まだ、彼の愛撫の感覚が体に残ってる。

 これは夢じゃなく現実だ。

 ガイアに抱かれた私の体は、彼の奴隷だったことを思い出してしまった。

 何も知らなかった頃は、ただ彼に抱かれていれば幸せだと思ってた。

 ずっとあんな時が続けばいいと願っていた。

 

 だけど、好きになればなるほど、欲張りになる。

 たくさんの愛人がいるという彼に、私だけを愛して欲しいと願った。

 婚約者がいるという彼に、結婚しないでって伝えたりもした。


 王子様だなんて知らなかったから。

 未来の王様だなんて聞いてなかった。

 なんて身の程知らずだったんだろう。

 ウルリックの件でガイアに不信感を持ったのは確かだけど、それよりも彼が身分を偽っていたことの方がショックだった。

 

 なのに彼は、私が戻れば今までみたいに暮らせると思ってるんだ。

 もうそんなの無理なのに。

 何も知らなかった頃にはもう戻れない。


 ガイアは結婚しないって言った。

 でも彼のいうことを鵜呑みにするほど私は子供じゃない。

 彼が王である以上、王妃か愛妾を迎えて世継ぎの子を作るのは義務だ。そして私はそれをただの愛玩奴隷として見ていることしかできない。そんなの、絶対無理だ。


 それに…ガイアが私を迎えにここへ来たのも、本当は私の魔力を他の人に奪われたくなかったからで、別に私のことを本気で好きなわけじゃないのかもしれない。 

 だって、私がいくら好きって言っても、彼からは好きとか愛してるって言ってくれたことなんか一度もない。

 決定的だったのは、彼のあの一言だった。

 彼は私のこと、奴隷を取り戻しに来たって言った。

 あれはきっと本音だったんだ。

 それが彼の答えだったことに正直がっかりした。


 そんなんじゃ、彼の手を取れない。

 この気持ちを押し殺して、今更ただの奴隷になんて戻れっこない。

 そのことにガイアは気付いてもくれない。

 それどころか、彼の手を取らなかった理由が、私がガイアより皇帝を選んだからだなんて、酷いことを言う。

 ショックだった。

 そんなこと、ありえないのに。

 どうして、あんなこと言うの…?


「う…」


 また涙が出て来た。


 本当は、迎えに来てくれたこと、涙が出る程嬉しかった。

 私のために危険を冒してまで忍び込んできてくれたことも、抱きしめてキスしてくれたことも、私のために誰とも結婚しないとまで言ってくれたことも。

 私のこと「自分の女」って言ってくれたこと、ウルリックのこと後悔してるって、すまなかったと謝ってくれたことも…。


 なのに、あの一言でそれが全部信じられなくなってしまった。

 全部、私の魔力目当てだったんじゃないかって疑ってしまう。

 どす黒い杭を打ち込まれたように、胸が痛む。


 私、どうしたらいいんだろう。

 もう、わからなくなってしまった。


 扉の外をそっと覗いてみたけど、もう誰もいなかった。


 …一体ガイアはどこから来て、どこへ行ったんだろう?

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