第55話 毒舌

 エルマーに追い払われたことが気に入らなかったのか、ウォルフが仏頂面で私の元へやって来たのは翌日の昼過ぎだった。

 ベッドに腰掛けていた私に、彼は声を掛けてきた。


「昨日の皇帝陛下とのデートはどうでした?」

「デ、デート!?」

「デートでしょう?」

「ち、違うよ!…そんなんじゃ…」


 デートだなんて意識は全くなかった。

 暇つぶしに誘われただけだし。

 …まさかキスなんかされるとは思ってなかったけど。

 そのせいで昨夜はよく眠れなかったんだ。


 真っ赤になっている私を見て、ウォルフは鋭く指摘した。


「キスでもされたんですか?」

「なっ…!なんでわかるの?」


 私はハッとした。

 しまった。

 …誘導尋問に引っかかった。


「やっぱりですか」

「何なのよ…」

「あなたはわかりやすいんですよ」

「う…」

「陛下のこと、好きなんですか?」

「そういうわけじゃ…ないけど」

「好きでもない人とはできないんじゃなかったんですか?」


 ウォルフは冷たい目で私を見た。


「何よ…こないだの仕返し?」

「やはり権力者にはすり寄るわけですか」

「そんなんじゃないから!だって、相手は皇帝よ?どうすればよかったわけ?それに、…と、突然だったし…」

「私のことを最低と言っていた割に、自分のことは言い訳するんですね」

「あなたと一緒にしないでよ!」

「案外、流されやすいんですね」

「ぐ…」


 ここぞとばかりに口撃してくる。

 ホント、性格悪いし口も悪い。

 見かけとは大違いだ。

 以前に私が彼に言ったこと、結構根に持ってたんだな…。


「どうせ流されやすいですよーだ。そんなことを言いに来たわけ?」

「いいえ」


 彼は表情を変えずに、おもむろに右手に携えていた本を私に差し出した。


「頼まれていた本を持ってきました」

「あ…ありがと」

「皇帝陛下からお聞きになったんですか?」

「え?何を?」

「その本ですよ」


 彼が持ってきたのは、『国際条約機構の成り立ち』という本だった。


「これがどうかした?」

「陛下からお聞きになったわけではないんですか」

「だから何を?」

「…いえ。聞いていないのならいいのです。国際条約機構などに興味があるんですか?」

「興味って言うか、ちゃんと知っておこうと思って。国際条約機構って異界人を処分するっていう組織なんでしょ?」

「それは業務の一つです。そんな本なんかには本当のことは何も書かれていませんよ」

「え?どういうこと?」

「国際条約機構というのは、世界十五か国が資金を出し合って運営している組織なんです。元は異界人が戦争を止めるために設立したと言われていて、戦争に介入して仲介役を果たしたり、国際的な犯罪や違反行為を取り締まったりしています。異界人を処分することは、犯罪者を取り締まる業務のうちの一つに過ぎません」

「そうなんだ…」


 やってることを聞く限り、私の世界で言うところの国連みたいな感じなのか。


「馬車道というのを知っていますか?」

「あ、うん。馬車で通った事あるよ」

「世界中の首都を結ぶ街道です。一般的に知られている国際条約機構の仕事は、馬車道の整備です」

「えー!それと同じ組織だったんだ?」

「そうです。アーマノルドというのが馬車道の発案者の名で、その本には、彼の一代記が載っているだけです」

「それじゃ、表の顔と裏の顔を使い分けてるって感じ?」

「そんなところです。中立国に本部があると聞いていますが、その実態は謎に包まれています。ただ、有事には加盟各国が軍を出し合って連合軍を構成する協定が結ばれているんです」

「そっかあ…。じゃあこの本、読んでも仕方ないんだね」

「暇つぶしにはいいんじゃありませんか?」

「別に、アーマノルドさんの武勇伝なんかに興味ないもん」


 私の言い方がツボったみたいで、ウォルフは珍しく声を出して笑った。


「ちなみに我が国はこの機構には加盟しておりません」

「どうして?」

「メルトアンゼル皇国は、最初に異界人を召喚した国としてその責任を問われ、組織には加盟させてもらえなかったんです」

「そうなんだ…」

「敵対しているわけではありませんが、我が国と機構の関係はそれほど友好ではありません」


 そういやアデレイドは最初に召喚術を行った魔法師の子孫だって言ってたっけ。


「そういえばさっき、何を言おうとしたの?皇帝陛下から聞いたのかって」

「…その国際条約機構からの使者が陛下に面会を求めてやって来るそうなんです。陛下からそれを聞いて、機構に興味を持ったのかと思ったのです」

「ええっ?!もしかして、私のことがバレたの?」


 私は驚いてベッドから立ち上がった。


「落ち着いてください。そうではありませんよ」

「だって…」

「先触れの書状によれば、近く正式に調査団をこの城に送り込みたいとのことだそうで、使者というのはその先遣隊です」

「だけど、どうして急に?」

「急にではありません。機構は、我が国が異界人を使ってアレイス王国を奇襲したとの疑惑を持っていて、これまでも幾度となく質問状を送ってきていたんです。皇帝陛下はそれをことごとく無視してきたので、ついにしびれを切らして直接乗り込んでくることにしたのでしょう」

「そうだったんだ…。だけど、調査にくるのにどうして予告とかするの?抜き打ちじゃないと意味なくない?隠蔽できちゃうじゃない」

「彼らの目的は異界人の捕獲ではなく、異界人を戦争に使わせないことです。機構の正式な調査団が入るというだけでも十分な牽制になりますから、たとえ証拠を見つけられなくとも、異界人を使えない状況に追い込むことができればそれでいいんです」

「なんか大人のやり方って感じだね…」

「政治的な駆け引きですよ」


 ウォルフは表情を変えずに言った。


「…調査団って何するの?」

「しばらくこの国に留まり、城内や城下町などを探索して異界人あるいはその痕跡を探すのだそうです」

「…え!それってマズイんじゃ…?…もし尋問とかされたり、追い詰められたら黙ってられる自信ないよ?」


 私はガイアとウルリックに囲まれて尋問された時のことを思い出していた。

 次々と証拠を提示されて、あっさりと認めてしまった。

 国際条約機構ってきっと怖い人たちなんだろう。そんなのに囲まれたら、絶対抵抗できないよ…。


「随分と弱気ですね」

「だって…機構に捕まったら、私…幽閉か処刑だよね?」

「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。皇帝陛下がそんなことはさせません」


 私が怯えているのがわかったのか、ウォルフはいつになく優しく語り掛けた。


「あなたが異界人だなんて、誰も気づきません。魔法さえ使わなければバレたりしませんよ」

「けど、私だけじゃなくて、サヤカもいるんだよ?もしあの子が尋問とかされていろいろしゃべったら…」


 その時私は、ふと思いついたことを口にした。


「ねえ、サヤカの力で国際条約機構と対決しようってことにはならなかったの?」

「それは無理です」

「なんで?サヤカの爆裂魔法は強力だよ?」

「サヤカさんのバカの一つ覚えの魔法では、国際条約加盟国の連合軍を相手にするのは厳しいと思いますよ。命中率も悪いし魔力だって無限ではありません。王都攻撃の時のような奇襲ならともかく、戦争には向きません」

「そういうものなんだ…」

「あなたが上位魔法を習えば、いい勝負ができるかもしれませんがね」

「やだよ。戦争のための魔法なんて習いたくないし、使いたくない!」


 その時突然、地鳴りのような大きな物音がした。


「わ!!な、何?」


 ウォルフが窓の戸板を開けて外を見た。

 その窓は明り取りのためのものなので、壁のかなり高い位置にあった。私の背丈ではジャンプしてようやくちょっとだけ空が見えるくらいだ。

 背の高いウォルフはそこから悠々と窓の下を覗き込んで説明してくれた。


「ああ、例の使者が到着したようです。随分と早かったですね」

「えっ?国際条約機構の?どこどこ?見たい!」

「…仕方がありませんね、ほら」


 ウォルフは、子供を抱えるかのように軽々と私の腰を片手で持ち上げた。

 開け放たれた窓からは、城門と城の右半分が見える。


 さっきの大きな音は、城門の前の濠に架けられた跳ね橋が下りる音だった。

 ウォルフによれば、城門正面の跳ね橋が下ろされるのは、外国からの正式な使節団の来城時か、皇帝の出陣や凱旋時くらいなもので、滅多にないことだそうだ。そういえば私がアレイス王国へ出発した時通った門は裏門だった。言われてみれば正面の城門が開くのを見るのは今日が初めてだった。


 その跳ね橋を渡って、城門をくぐってくる一団がいた。

 騎馬一騎が先導し、そのあとに馬車が一台、馬車の後ろにもう一騎が続く。

 案外少人数なことに驚いた。


「あれが使者…?」

「ええ。あの先頭の馬上の男の着ている漆黒の服、肩と両足の外側に、目立つ金色の刺繍が入っているでしょう?あれが機構の制服です。国境の砦で、一度だけ機構の使者が来たのを見たことがあります」

「へえ…」


 私はその一団を見つめているうちに、どこか違和感を感じた。


「あれ…?」

「どうしました?」

「あの馬に乗ってる人、なんか変じゃない?」

「ああ…、仮面を着けているんでしょう」

「仮面?」


 そう言われて目を凝らしてじっと見ると、確かに馬上の人の顔は、額から鼻の先まで金色の仮面のようなもので覆われていた。まるでアニメの悪役みたいだ。


「国際条約機構が謎に包まれていると言われている所以です。その構成員も偽名を使い、ああして仮面をつけることで顔を隠して素性をわからなくしているんです」

「そこまで秘密主義なんだ…」

「機構には各国の王族や貴族なども参加しているという話です。そういった者たちの身分を明かさないようにするための措置らしいです」

「王族…」


 私はその仮面の使者をじっと見た。

 いつの間にそこまで目が良くなったのかと自分でも驚いたけど、まるで双眼鏡で見ているみたいに、ハッキリとその使者が見えた。

 仮面で顔はわからなかったけど、その先頭の騎馬の男は深緑色の長髪を真ん中から分けた髪型をしていて、ある人物を思い起こさせた。


 その仮面の男は、ウルリックにとても良く似ていた。

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