第15話 激怒
それから一週間後、私たちはアレイス王国のガイアの屋敷に戻った。
馬車が屋敷の前に着くなり、ガイアが大股でやってきた。
先導していたユージンと何事か話している。
一月以上は戻らないと言っていた彼が、私たちより先に戻っていたのには驚いたけど、これも戦争が終わったからなのだろう。
ところが、彼はなぜか酷く怒っていた。
ガイアは馬車から降りたサンドラの元へ息を荒げて向かって来た。
「サンドラ!俺の許しもなく、サラを高級娼館へ連れて行くなんてどういうつもりだ!」
「勝手なことをして申し訳ありません、旦那様」
サンドラはガイアの前に跪いて、頭を垂れた。
どうしよう、私のせいでサンドラが怒られてる。
私は慌てて馬車から降りた。
「あ、あの…ガイア様、私が連れてってくれるよう、サンドラさんに頼んだんです」
「なんだと?」
ガイアは、私の傍に寄ってきて腕を掴んだ。
その顔は怒りに満ちているように見えた。
「何なんだ、おまえは。娼婦なんか嫌だと言っていたくせに!」
どうしてこんなに怒っているんだろう?
奴隷なのに、勝手に出かけたりしたから?
サンドラが私を背に庇うように、ガイアとの間に割り込んできた。
「旦那様は、いずれサラをあそこで働かせるおつもりなんでしょう?だからどんなところなのか見学させようと思ったんです」
するとなぜかガイアは、急にテンションが下がったように小声で言った。
「…まだ、そうと決めたわけではない」
「おや、そうなんですか?私を教育係に命じたので初めからそのおつもりだとばかり思ってましたよ」
サンドラは皮肉っぽく反論した。
ガイアは言葉に詰まって舌打ちした。
「…無事で戻ってきたことだし、これ以上はとやかく言わん。だが今後俺に黙ってサラを連れ出すことは許さん」
「肝に銘じます。ですが、たかが奴隷一人連れ出した程度で、何を熱くなってるんです?」
「…おまえには関係ない」
ガイアはサンドラの言葉にプイ、と横を向いて、私の腕を引いて屋敷の中へ入って行った。
「やれやれ、素直じゃないねえ」
背後でサンドラの独り言が聞こえたけど、ガイアは無視した。
彼は私の腕を掴んだまま、真っ直ぐ寝室へと向かった。
「あの、ガイア様…、まだ昼間ですけど…?」
「それがどうした」
寝室に入ると、彼はすぐにベッド脇のテーブルの上に置かれた香に火をつけた。
上着を脱ぎ、私を振り向いたガイアの顔は不機嫌そのものだった。
「こっちへ来い」
私は恐る恐る彼の傍に歩み寄ると、腕を掴まれて、グイッと引き寄せられた。
そのまま彼の大きな腕に抱きしめられた。
「俺に黙って勝手なことをするな」
「ごめんなさい…」
「娼館に行ったと聞いて、驚いたんだぞ。まさか客を取らされたのではあるまいな?」
「違います!そういうんじゃなくて…。あの、エリンって子が心配だったんです」
「エリン?誰だ?」
「覚えていませんか?サンドラさんがスールの市場で買った子です」
「ああ、娼館の下働きか」
「はい。まだ小さいのに独りぼっちで、心細いと思って…」
「おまえは、人の心配より自分の心配をしろ」
「すいません…」
もしかして、心配してくれてたのかな…?
ガイアは私の顎を持ち上げ、キスするような距離で語り掛けた。
「…逃げようとは思わなかったのか?」
「え?」
「旅の途中、いくらでも逃げる機会はあっただろう?」
「逃げません。逃げないって言ったじゃないですか」
「…口では何とでも言える」
「もしかして、私が逃げるかもしれないから、あんなに怒ってたんですか?」
「…いい子で待っていろと言ったのに、俺に黙って出かけたりするから、疑いたくもなる」
「そんなつもりじゃなくって、見学してすぐ帰るだけならいいかなって…」
「わかった、もういい」
ガイアは、ムスッとした顔で言い、突き放すように私から離れた。
「高級娼館に行ってどう思った?」
「あ、はい。すごく立派な建物でビックリしました。コテージも綺麗で、そこにいる人たちも皆綺麗で自由で…」
「枷や鎖を付けられて強制的に働かされているとでも思ったか?」
「…はい。扉に鍵が掛かってたりとか、もっと不自由な感じなのかと…」
「俺がそんな酷いことをするか」
売春させられるってだけで十分酷いと思うけど。
…という言葉は呑み込んだ。
この世界のルールの中で、きっと彼はできるだけのことをしているのだ。
それは理解しないといけないことなんだ。
ガイアは私の髪を撫でながら、じっと見つめた。
「娼婦に会ったか?」
「はい。カタリナさんという方に会いました」
「ああ、カタリナか。身請けされたんだったな。気の強い女だっただろう?」
「プライドの高い方だとは思います」
「あのくらいでないと高級娼婦は務まらん」
「…私、向いてないって言われました。…そんな胸じゃ挟めないって」
「ハハハッ」
ガイアは大声で笑いながら、服の上から私の胸を揉みしだいた。
「きゃっ」
「確かに無理だな」
もう、ホントにいつも唐突にこういうことをするから困る。
だけど、少し機嫌が良くなってきたみたいだ。
「だが使いようはあるぞ」
胸を揉まれながら、唇にキスをされると、そのままベッドに押し倒された。
何日ぶりかの唇。
ユージンにキスされた時の違和感を思い出して、ぎゅっと目を瞑った。
とたんに罪悪感が襲ってきた。
脳裏にカタリナの言った言葉が浮かんだ。
「…あの…、カタリナさんが言ってました。ガイア様が私を傍に置くのは、処女が珍しかったからだって…」
「それがどうした」
顔を近づけながら、彼は言った。
「…え」
「そんなことは当たり前だろ?俺がおまえを抱いたのは処女だったからだ。そう言ったはずだが?」
「そ、そう…ですよね…」
「飽きたら娼館に送るとも言ったな」
「やっぱり…そうなりますよね…」
その言葉を聞いて、また涙がじわりと浮かんでくる。
所詮、私は買われた奴隷なんだ。
「また泣く…。話は最後まで聞け」
「だって…私、もう処女じゃないし」
「当たり前だろ」
「処女じゃなくなったら、飽きて捨てるんでしょ?」
「娼館に送るとは言ったが、捨てるとは言ってないぞ?」
「同じことですよ…」
ガイアは私の涙を指で拭って、微笑んだ。
「…なら、飽きられないようにしてみろ」
「え…?」
「おまえが俺を満足させれば娼館に送らないでやってもいい」
「本当ですか?」
「ああ、このまま傍に置いてやる」
「…!」
だけど、満足させるったって、どうやったらいいのか…。
その時、私の脳裏にサンドラの声が蘇った。
『さっき習ったことを実践して、旦那様に飽きられないように頑張るんだよ』
う~…。
カタリナに習ったはいいけど、あんな恥ずかしいことをやらないといけないわけ…?
抵抗あるな~…。
けど…。
こうなったら覚悟を決めるしかない。
「わかりました…!やってみます」
私は体を起こして、彼の前に座った。
「ん?何をするつもりだ?」
「えっと…、カタリナさんに教わった事を試してみてもいいですか?」
「カタリナに?」
「えっと、マッサージです。ここに寝てください」
ガイアは驚いた顔をして私を見たけど、やがてニヤニヤし始めた。
私のすることを悟ったようで、おとなしく従ってくれた。
「サンドラの入れ知恵か?」
「う…はい」
「そうか、そんなに娼婦になるのが嫌か」
ガイアはクックと笑いながら言った。
付け焼刃の知識を総動員して実行してみたけど、途中で彼に「もういい」と止められた。
つたない私の性技では、百戦錬磨の彼を満足させることなんてできなかった。
何が悪かったのかを尋ねると、彼はこう言った。
「あのな、ムードってものがあるんだ。そんな死にそうな顔でされても喜べん」
「す、すいません…」
ガイアは私の頭にポン、と手を置いた。
彼と目が合った。
その目は優しく笑っていた。
「無理しなくてもいい」
優しい言葉に、思わず涙がこぼれた。
「うっ…うう…」
「…また泣く」
「だって…だって…私、何やってもダメで…」
「もう良い。黙って抱かれていろ」
ガイアはそう言うと、私の上にのしかかって来た。
「ガイア…様」
私はその背中に両腕で強く抱きついた。
激しく抱かれて意識が飛びそうになると、唇に熱いキスをされて引き戻される。
彼に抱かれていると、不安も恐怖も吹き飛んでしまう。
この行為に流されていることはわかってる。
だけどそれが今は心地よかった。
まだ日が高いということもすっかり忘れて、私は夢中で彼の愛撫に応えた。
そうしてその余韻冷めやらぬうち、彼の腕の中で
すると―。
コンコン。
ノックの音がした。
「入れ」
ガイアは私を腕に抱いてベッドに横たわったまま、大きな声で返事をした。
「えっ…?」
微睡んでいた私は驚いて目を開いた。
寝室の扉が開いて、誰かが入ってきたのだ。
嘘でしょ…?
何で寝室に人が入って来るの?
ガイアはちっとも慌てることなく、私を残してガウンを手にベッドから下りた。
私はベッドのシーツを掴んで、慌てて裸身を隠した。
入ってきたのは見知らぬ男だった。
誰…?
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