第12話 娼館2

「まぎれもなく奴隷だよ。きっちり番号も入ってる」

「ありえませんわ…!何をどうしたら処女のまま奴隷になるんですの?」


 カタリナは納得いかないといった風でサンドラに問い掛けた。


「さてね。けど確かに処女だったって旦那様がおっしゃったんだ」

「…もしかしてガイア様が処女を抱きたくて注文なさったとか?」

「さあね」

「きっとそうに違いないですわ。ガイア様はこの子を自分が女にしたことに酔いしれてるんですわ。処女特有の反応とか不慣れな感じも新鮮に映ったんでしょうね」


 なんかムカつくいい方だけど、確かに処女を抱くことなんか滅多にないって、ガイア自身も言っていた。


「どうせ処女が珍しかっただけなんだから、すぐに飽きるでしょう。他にこの子にガイア様を惹きつける何かがあるとも思えませんもの」


 カタリナは笑いながら、何気にキツイことを言う。

 私は、何も言い返せなかった。

 私自身、それ以外に女として自慢できることなんて思いつかないもの…。

 今はあんな風に毎晩私を抱くけれど、飽きたらきっとここへ送られるんだ。

 そうしてまた、誰か別の女の子をその腕に抱くんだろう…。

 なぜか、胸が締め付けられるように苦しくなった。


 するとサンドラが横から口を出した。


「そんなに落ち込まなくてもいいよ、サラ。ここにいる女たちだって捨てたもんじゃないんだ。皆、決してプライドを失わないし、そこらの貴族に負けない程稼いでる。自分で自分を買ってここを出て行き、商売を始めた子だっているんだよ」

「え!?そんなことできるんですか…?」

「この前スールの街で行った洋服屋さ。店の中にいた店主がそうだよ。旦那様が開業資金を回してやったんだ」

「え…!?あの品の良さそうな女店主が、元娼婦…?全然そんなふうに見えなかったです…!」

「そうだろ?高級娼婦はそこらの貴婦人に負けない知性と上品さを持ってるんだ。独り立ちしたって充分やっていけるんだよ」


 奴隷の独立をガイアが援助してくれる?…そんなことってあるんだ?

 サンドラは私の肩をポン、と叩いた。


「けど、おまえは特別だと思うよ」

「…そうでしょうか。私が初めてだったからですよ。きっとすぐに飽きます」

「飽きるならとっくに飽きてるさ。おまえには他の女にはない魅力があるんだよ」

「相変わらずサンドラ様はお優しいですわね。…この子を本気で高級娼婦にするつもりなんですの?」

「旦那様次第だね」

「顔は化粧をすれば綺麗にはなると思うけど、他はそうはいかなくてよ?こんな貧弱なお胸じゃお客のを挟んであげることも出来ませんわ」

「は、挟むって…?」


 驚いた顔をしている私を、サンドラは笑いをこらえて見ていた。


「カタリナ、この子はまだなぁんにも知らないんだよ。色々教えてやってくれないか?」

「まあ、胸じゃなくても他に方法はいくらでもありますけど…」


 カタリナはなにやら怪しげな小道具を持ち出して、丁寧に実演を交えて教えてくれた。それは男性器を模したもので、見るだけでも恥ずかしいやら照れるやらで、もう本当に勘弁して欲しかった。

 さすがにサンドラも、途中で席を外した。

 サンドラがいなくなると、カタリナは真顔で私に言った。


「ねえ、あなた処女だったって本当に本当?」

「…は、はい」

「奴隷は商人に売られる時、男たちに寄ってたかって犯されるのが常識よ。生きることを諦めたくなるほどに、心も体もボロボロにされて、奴隷だってことを刻まれるのよ。なのにあなたはどうして処女でいられたわけ?」

「さ、さあ…?」


 カタリナは訝しそうに私を睨んだけど、本当にわからないんだから、仕方がない。


「処女のまま売られるなんてやっぱり、ガイア様が処女を抱きたくて奴隷商人に発注オーダーしたとしか思えないわ。注文オーダーは最低でも金貨千枚以上で、かなり高額だと聞くけど」

「でも、私を買ったのは安かったからだって…」

「ガイア様がそうおっしゃったの?」

「はい」

「それは嘘ね。カッコつけたくてそう言ってるだけよ」

「そうなんですか?私、眠らされている間に売られてしまったみたいでよくわからないんです」


 カタリナは私の目を覗き込むように見つめた。


「…そう。あなたにも事情があるのね。でもね、私がこんなこというのも何だけど、いくら気に入られているからといっても、ガイア様には本気になっちゃダメよ。あの方は奴隷なんか本気で好きになったりしないわ。分相応って言葉を覚えておきなさいな」

「は、はい…」

「私を身請けしてくれる男はね、他の娼婦から相手にもされなかった男爵家のイケてない四男坊なの。お世辞にもカッコイイなんて言えない人よ。可哀想に思って、私が相手してあげたらもう夢中になっちゃってね。貢ぎまくられた挙句、妻に迎えたいってお願いされたのよ」

「カタリナさん、貴族の奥さんになるんですか?すごいですね…!」


 私の言葉を聞いたカタリナは、誇らしげに顎をツンとあげた。


「私ね、元々は貴族だったのよ。父はしがない地方貴族で、母親は踊り子上がりの愛人だったの。だけど父の暴力に耐えかねた母は私を連れて家を出たわ。母は踊り子として各地を転々とし、旅先で知り合った地方領主に見初められ妾になったの。私と母は地方領主の下で何不自由なく暮らしてたわ。だけどある時、母が屋敷勤めの下男と浮気してたことが発覚して、激怒した父に母娘共々奴隷商人に売られてしまったの。…もう七年も前のことよ」


 カタリナは少し遠い目をしながら話を続けた。


「母を恨んだわ。何て男を見る目がないんだろうって。ちょっと見た目が良いからって、見境なく浮気するなんて最低よ。私を巻き添えにしたあの売女、今頃どこかで野垂れ死んでるといいんだわ」

「…カタリナさん…」


 何と言っていいかわからなかった。

 私はカタリナほど酷い目にも遭っていないし、貴族でもないから、彼女の気持ちはわからない。だけどプライドの高い彼女は、娼婦に身を落としてもそこから這い上がるために努力してきたんだ。


「一つ言っておくけど、あなた娼婦に向いてないわ。高級娼婦は固定客を持っていて、娼婦同士が上客を取り合うこともあるのよ?その貧乳じゃ色仕掛けは無理そうだもの」

「貧乳…」


 思ったことをハッキリ言う人だな…。


 そこへサンドラが戻ってきた。


「さて、そろそろいいかい?カタリナ、明日の準備をするよ。サラはロビーの待合所に行って待っておいで。小間使いに言えば飲み物を出してくれるよ」

「わかりました」

「じゃあね、せいぜい飽きられないように頑張りなさいな」


 カタリナは手のひらをひらひらと振って私を送り出した。

 そんなわけで部屋を追い出された私は、コテージの外の庭へ出た。

 隣のコテージが見えないよう目隠し代わりの生垣が続いている。

 なんとなく、生垣の方に目をやった。

 生垣の隙間から隣のコテージに通じる通路に人影が見えた。

 私は咄嗟に身をかがめた。

 ひそひそと声が聞こえる。

 生垣の隙間からそっと覗くと、一組の男女がそこで立ち話をしていた。

 話の内容までは聞こえなかったけど、私はその男性の顔に見覚えがあった。

 少しクセのある亜麻色の髪、スッと通った鼻と端正な顔立ち。

 あんなイケメン、見間違えるはずがない。


「あれは…ウォルフ…!?」


 思わず口に出してしまった。

 すると、その男は不意にこちらを向いた。

 私は慌てて両手で口を押さえてしゃがみこんだ。


 気付かれた?

 しばらくそこでじっとしていると、ウォルフと女性はコテージの中へ姿を消した。

 私はそっとその場を離れた。


 ヤバかった…!

 気付かれなかったかな?

 だけど、どうして彼がここに?


 そう考えてふと気が付いた。

 そうだ、ここはメルトアンゼル皇国なんだ。

 彼がいたって不思議じゃない。

 いや、問題はそこじゃなくて。

 あんなイケメンで真面目そうな顔して、娼館なんかに来てるってことがショックだった。


「サラちゃん?こんなとこで何してんの?」


 本館の方角からやって来て、声を駆けて来たのはユージンだった。


「ユージンさん…?」

「もしかして隣、のぞき見してた?」

「ち、違いますよ」

「ハハ~ン、欲求不満だったりして?」

「え?」

「こっちに来て」

「え、あの…?」


 ユージンは私の手を取って、ロビーのある本館の建物の裏手に連れ込んだ。

 そこは人の背丈ほどもある生垣に囲まれた場所で、木の枝に渡されたロープに洗濯物のシーツが干されている。

 そのせいで、周囲からは全く見えない。

 洋館の壁際に立たされた私は、ユージンに壁ドンされた。


「な、何ですか…?」

「お屋敷じゃ旦那様や姉さんの目があって手が出せなかったからさ、外に連れ出す機会を狙ってたんだ」

「は?」

「俺、初めて見た時からずっと君のこといいなって思ってたんだぜ」

「もしかして、私の同行に賛成してくれたのって…」

「そうだよ。邪魔者がいないところなら君を口説けると思ってさ」

「ユージンさん…」

「ね、俺の部屋に来ない?」

「えっ?」

「俺としようよ。ダメ?」

「だ、ダメですよ」

「どうして?やっぱり旦那様が好きなの?」

「そういうことじゃなくて…」

「じゃあいいじゃん。気持ちよくさせてあげるからさ。しばらくしてなくて寂しいんじゃない?ちゃんと避妊香もってるし、黙ってればバレないって」


 ユージンはそう言いながら私の腰を引き寄せて、お尻をむぎゅっと掴んだ。


「や…やめてください!」

「いいじゃん。もう何回も抱かれてるんだろ?今更処女ぶるなよ」


 不快感MAXだ。

 私は彼の手をぺしっと叩いた。


「やめてっ!」

「どうせ娼婦になるんなら、今から他の男を経験しといた方が良いんじゃない?」

「何言ってるんですか…!」


 ユージンが無理矢理唇を重ねて来た。


「んっ…」


 知らない唇…。

 ガイアと全然違う。

 こんなの、ダメ!

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