第7話 奴隷5
お香の香りが微かに鼻腔をくすぐる。
「ん…」
「目覚めたか」
まだ
私は彼の腕の中にいたことに気が付いた。
「ガイア…様」
私が体を起こすと、ガイアは先にベッドから抜け出した。
彼は大きく伸びをして、ガウンに袖を通しながら私を振り返った。
「スッキリした。昨日からなんだか体の調子が良いんだ。おまえを抱いたからかな?」
そんな風に冗談を言って笑う。
その顔は、悔しいけどカッコイイ。
「あっ!いけない…!サンドラさんから部屋に戻るようにって言われてたのに」
「ああ、そのままで構わん。俺が許す」
「す、すいません…。私、朝が弱くて、その…」
言い訳をする私に、ガイアは微笑んだ。
元の世界に居た時から、早起きが苦手で、目覚ましのアラームは3分おきに何度も鳴らさないと起きれなかった。
サンドラは終わったら戻れなんて言ったけど、絶対無理だ…。いつも気が付けば朝で、ガイアは私を無理に起こさないんだもの。
お香がまだ
昨夜もあんなにしたのに、朝からまたするなんて、どんだけ性欲強いのよ…。
ていうか、されてても目を覚まさない私もどうかと思うけど…。
「朝食を用意させる。服を着てこっちへ来い」
下着をつけ、ガウンを羽織ると、彼に寝室から隣の部屋へ連れ出された。
寝室の隣は彼のプライベートな部屋になっていた。
そこは私の部屋の何倍も広くて綺麗だった。
正面にはバルコニーのついた大きな窓があって、眩しい程朝日が差し込んでいる。
日当たりの悪い私の部屋とは大違いだ。
広い部屋には、ふかふかの絨毯が敷かれ、大きなダイニングテーブルセットや上等のソファなどの家具が置かれていた。
無駄な物がなくて、まるでホテルのスイートルームみたいだ。
ガイアは従者を呼び鈴で呼び出し、部屋に朝食を運ぶよう命じた。
彼はダイニングテーブルのお誕生席に座り、彼から見て左側の席に私を座らせた。
座席から上を見上げると、部屋の天井から豪華なシャンデリアが釣り下がっていた。
私がそのシャンデリアの見事な細工に見惚れていると、ガイアがそれを指して説明をしてくれた。
明かりに用いられているのは光石という、それ自体が発光する石で、LEDライト並に明るい貴重な石だそうだ。石の種類によって光り方が違うらしく、蓄電池のように定期的に光エネルギーを補充することでずっと光っているという。
「見事なものだろう?我がアレイス王国は光石の有数な産出国なんだ。メルトアンゼル皇国はそれを狙って国境を越えて来たのだろう」
「光石を狙って…?」
「ああ。あの国は若い皇帝が即位したばかりで、実績が欲しいんだろうよ」
「…実績って戦争することなんですか…?」
するとガイアは私を睨みつけるように見た。
私はハッとして口を噤んだ。
もう何かしゃべって地雷を踏んではいけない。
「先日、我が国の王都が正体不明の敵から攻撃を受けた」
「…」
もちろん、知っている。
「それはほんの一瞬の出来事だったそうだ。敵は見たこともない強力な魔法を使って王都の街を破壊した。城も城壁の一部が損害を受けたが、王や貴族らの住む城内は無事だった。被害を受けたのは主に一般市民が生活する繁華街で、多くの罪もない民が死んだ」
私はそれを無言で聞いていた。
何を言う資格もないとわかっていた。
「俺の両親は無事だったが、通いの使用人の家族が亡くなったり家が燃えたらしくてな。まったく被害がなかったというわけではない。うちからも人手を出して、皆総出で復興に手を貸している。一般市民を狙うとは、メルトアンゼルも汚い真似をする」
そんなに被害が出たんだ…。
どうしよう。
あれ?でも…。
「…あの、正体不明なのにどうしてメルトアンゼル皇国の仕業だってわかるんですか?」
「王都が攻撃を受けたため、王は国境警備軍の一部を王都へ呼び戻して防衛に当たらせたんだ。つまり、国境が手薄になったわけだ。そのタイミングで国境に接する隣国メルトアンゼル軍が攻めて来た。これが偶然なわけはないだろ?」
「…た、確かに…」
なんだ、バレバレだったんだ…。
正体を隠した意味なかったんじゃない…。
「目撃した住民によれば、王都を攻撃したのはたった数人の兵だったらしい。鎧兜を纏っていて、どこの兵かもわからなかったが、彼らはそれが異界人ではないかと騒ぎ立てた」
「異界人…?」
「異界人を知っているか?召喚術で異世界から呼び出された来訪者のことだ。俺はメルトアンゼル皇国が異界人を召喚したと思っている」
「…よくわかりません。でも、どうしてそれが異界人だって思うんですか?」
誰にも見られていないと思ってたのに、見られていたんだ。
しかも正体を見破られていたなんて…。
「そいつらは、一撃で強固な城壁を破壊するほどの強力な魔法を使った。そんな魔法力を持つ者が突然現れたら異界人だと騒ぎたくもなるさ。そもそもそれほど強力な魔法力を持っている者がどこかの国にいたとすれば、隣国の皇太后のようにとっくに噂になっているはずだからな」
「…あの、普通の人と異界人て、そんなに違うものなんですか?」
「異界人は桁違いの魔力を持っていると聞く」
知らなかった。
この世界には魔法力の高い人ってそんなにいないんだ…。
「…違うのは魔力だけですか?他には?」
前のめりな私の問いに、ガイアはフッと笑った。
「それがわかれば苦労しない。何しろ異界人なんて千年以上現れていないんだからな」
「千年…?そんなに?」
「異界人を召喚することは国際条約で禁止されている。メルトアンゼル皇国が王都攻撃を認めていないのはそのせいだ。もし異界人を召喚したことがわかれば、条約違反で処罰される。それに逆らえば国際条約機構に加盟している十五の国から総攻撃を受けることになるんだ」
「…そうなったら、召喚された異界人はどうなるんですか?」
「処分されるだろうな。生かしておけば争いの種になる」
「処分て…」
「殺すってことだ」
やっぱり…。
本当だったんだ。
異界人だとバレたら、殺されるって…。
「今も国境近くでアレイス軍とメルトアンゼル軍が睨み合っている。王都からも国境からも離れたこの地にいると、戦争をしているなんて信じられんだろうがな」
「…知りませんでした。戦争していたなんて」
「ああ。我が軍は奪われた砦を取り返そうと国境付近で今も敵と争っている。俺は戦地へ補給物資を送る用意をしていたんだ」
「あ…、それで武器を…」
「ああ。間違いを見つけてくれて助かったよ」
ガイアはテーブルを指でコツコツと叩きながら、私を見た。
一瞬目が合ったけど、私はすぐに視線を逸らせた。
沈黙が気まずい…。
そのうちに食事が運び込まれてきた。
それは使用人の食堂のものとは比べ物にならないくらい豪華なものだった。
その場で果実から搾られるジュースは新鮮そのものって感じでめちゃくちゃ美味しいし、ワゴンに乗せて運ばれてきた熱々の鉄板の上には焼きたての塊肉が乗っていた。
その他にも次々と料理が運び込まれ、朝からこんなに豪華なのかとビックリした。
私の前に置かれた皿に、塊肉から切り分けられたステーキ肉が乗せられ、その場で作られた温かいソースがかけられた。
「遠慮せずに食べろ」
「は、はい。いただきます…」
私はテーブルの上に置かれたナイフとフォークを手に持った。
物を食べる道具というものはどの世界でも大差ないようで、私は普通にそれで食事をした。
ガイアはそれをじっと見つめていた。
なんだか緊張する…。
「食事のマナーも合格だ」
「…え?これも、テストだったんですか?」
「もちろんだ。奴隷をタダで食事に同席させるわけがないだろう?食事のマナーは上流階級の必修事項なんだ。高級娼婦になるなら覚えてもらわねばならん」
そういえば、使用人たちは皆食事の時、スプーンか手づかみで食べていた。
ナイフとフォークなんて私の世界では一般的な道具だけど、ここではだいぶ文化的レベルが違うようだ。
もしここでお箸とか使ったら、一体どんな反応になるんだろう…?
「まあ、これならたまには同席させてやっても良い。気が向いたらまた呼んでやる」
「あ…りがとうございます…」
気が向いたらだなんて、社交辞令に決まってる。
もしそうじゃなくても、できれば同席したくない。
味は落ちるけど、使用人の食堂で食べた方が気が楽だ。
その後もガイアとは色々と世間話をした。
私はボロを出さないようにするだけで精一杯だった。
そして、奴隷の話になった。
「おまえ、誰かに恨みを買っていたんじゃないのか?」
「えっ?恨み…?」
「見たところ、きちんとした教育を受けている身分だったようだし、俺に対する言葉遣いも奴隷のものじゃないしな。誰かに騙されて奴隷商人に売られたというところなんじゃないのか?」
「あ…」
そう言われてふと考えた。
あの時、一緒に居た人物のことを。
確かに、そりが合わなかった。
だけど、奴隷商人に売るなんて、そこまでする?
「心当たりがあるようだな」
「い、いえ…」
そうは言ったものの、途端に疑心暗鬼になった。
もし…あの場にいた連中全員がグルだったとしたら?
だとしたら、私はもう帰れないってことだ。
ずっと気になっていた。
私がいなくなって、あの人たちどうしてるんだろうって。
心のどこかで今にきっと、助けに来てくれるって思ってた。
だけど、きっと誰も探しに来ない。助けにも来ない。
そう思ったら泣けてきた。
「ううっ…ひっく…」
「急にどうした?」
ガイアは急に泣き出した私に驚いた様子だった。
「泣くな」
「だって…」
私が両手で涙を拭っていると、ガイアは席を立って私の腕を掴んだ。
「擦るな。肌が赤くなる」
「あ…」
そう言いながら、ガイアは手にした白い布で私の涙を拭った。
一瞬、優しい…と思ったけど、この人が気遣っているのは商品としての私なんだ。
私は涙目で彼を見上げた。
目が合ったけど、すぐに彼は視線を逸らせた。
まるで見てはいけないものを見てしまったかのように。
「簡単に泣くな。涙はもっと大事な時に流せ。おまえはもっと感情をコントロールできるよう訓練した方が良いぞ。すぐに泣く女はダメだ」
「う…っ、そんなこと、言ったって…」
ダメと言われてもすぐには止められない。
こんな男の前で涙を見せるなんて、悔しいけど…。
この人にとって私は奴隷で、涙さえも商品なんだ。
泣いたら男は優しくしてくれるなんて、唯の幻想だった。
元の世界での私の唯一の取柄だった勉強や偏差値の高さなんて、ここでは何の役にも立たない。
自分の存在意義も自尊心も、純潔すらも奪われて、私にはもう何も残っていない。
心細さだけが募って、私の涙はなかなか止まらなかった。
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