第6話 奴隷4

 ガイアは、ベッドの脇に腰掛けて脚を組んだ。

 私はシーツで体を隠して、彼から受け取ったグラスにチビチビと口を付けながら答えた。


「話って言われても、話すことなんかないです…。どうして自分が奴隷になってるのかもわかんないのに…」


 そう。

 それが最大の疑問だった。


「何も覚えていないのか?」

「…はい」

「ここへ来る前はどこにいた?」

「えっと…それもちょっと…」

「それもわからないのか?」


 私は水を飲みながらこくんと頷いた。


「…そうか、言いたくないのならそれでもいい」


 ガイアはジロリと私を見た。

 …疑われているのかもしれない、と思った。

 だって正体を明かすわけにはいかないんだからしょうがないじゃない…。


「あ、あの…私、奴隷商人に売られたんですよね?どうして私を買ったんですか?」

「…ん?まあ、格安だったから」

「か、格安?」

「タダみたいなものだったな」

「えー…」


 そんな理由?!

 売られる時点でダメなんだけど、タダ同然で売られる女ってどうなのよ…。そんなに私って価値がないわけ…?

 ガイアは愉快そうに笑ったけど、私は内心傷ついていた。

 そんな彼が突然真顔になった。


「さっき、そこの書類を見ていただろう」

「え?あ…ごめんなさい、勝手に…」


 やば。

 見られてたのか…。


「字が読めるのか?」

「は、はい」

「何が書いてあったか、わかるのか?」

「はい。お仕事の書類ですよね?武器と防具の仕入れ数と納品数と価格が書かれてました」

「ほう?そこまでわかるのか」

「はい。ガイア様のお仕事って武器商人なんですか?」

「…まあ、そんなところだ」

「武器商人って、戦争で儲ける商売ですよね?」


 私の言葉に、彼の目がギョロリと動いた。

 怖っ…。失言だったかな…。


「まあ、否定はせん。今は我が国は戦争をしている最中だからな」

「戦争、してるんですか…?」

「ああ。少し前、この国の王都が攻撃されたことは知っているか?」

「は、はい…」

「その時、おまえはどこにいた?」

「え…あの…お、覚えてません…」

「そうか、それも言えないか」


 彼は不機嫌そうに言った。

 戦争の話をしたのはまずかったかもしれない。

 私だって、あんなことになるとは思っていなかったんだから…。

 なんとか、話を逸らさないと…。


「あ!そういえば、あの書類の三枚目の計算、間違ってましたよ」

「…何?」


 私が指摘すると、彼は慌てた様子で書類を取りに立ち、中身を確認した。


「…確かに、下三桁、間違っているな。気付かなかった」


 彼は書類を見ながら、私を一瞥した。


「おまえ、この桁の計算ができるのか」

「あ…はい」

「普通、奴隷は文字を読むことすらできん。計算など問題外だ。一般の者でも文字は読めるが高度な計算などはできない。できてせいぜいが小銭の勘定くらいだ。それができるのは、きちんとした教育を受けている、ほんの一握りの上流階級の者くらいなものだ」


 えっ?

 そんな話、聞いてない。

 もしかして、答えたのヤバかったのかな…?


「そう…なんですか?」

「おまえの知能レベルを知るため、近いうちにテストをさせてもらう」

「テ、テスト?」

「ああ」


 彼は私をじっと見つめている。


「あの…、私、娼婦になるんですよね…?テストとかって、意味あるんですか?」

「ある」

「あ、あの…私みたいな貧弱な女を娼婦にするって、絶対失敗すると思うんです。考え直したりしませんか…?」

「フッ、奴隷のくせに俺に意見するのか」

「そ、そういうつもりでは…」

「おまえは俺の奴隷だ。奴隷に指図されるいわれはない」

「…すいません」


 強く言われて、私はしゅん、とした。


 ガイアは書類をテーブルの上に投げて、飾り棚の中からお酒の瓶と杯を取り出した。


「酒は飲めるのか?」

「いいえ。まだ未成年ですし…」

「未成年?おまえはもう18だと聞いたが」

「…あ」


 ヤバイ、やっちゃった…!

 元の世界だとお酒は20歳にならないとダメだから、同じ感覚でいた。

 この世界じゃ18ならお酒もいいんだ…。


「す、すいません、勘違いしてました。お酒は飲めないです…」

「そうか。酒は飲めるようになっておいた方が良いぞ。高級娼婦なら酒の相手くらいできねば商売にならん」

「はあ…。あの、高級娼婦って、どんなものなんですか?」

「性技はもちろんだが、高い知性と美貌を兼ね備えた、客を選ぶことのできる妓女のことを言う。世間話をして客からいろんな情報を引き出したり与えたりする役割も持っている」

「それって…なんかスパイみたい…」

「その通りだ。男がベッドで秘密を漏らすのは昔からの定石だ。客には貴族や国の役人なんかもいる。そういった客の情報を娼婦たちは握っているんだ。そういう情報を求めて娼館を利用する連中も中にはいる」

「私なんかがなれるんですか…?」

「そのために教育係をつけてあるんだろうが。高級娼婦ってのは外見はもちろんだが、知識とマナー、そして上品さが重要なんだ。上流階級の連中はプライドの塊なんでな。下品な奴隷女を抱くことを好まないんだよ」


 …上品とか下品とか、わざわざ娼館に来てまで、そんなことを求める意味が理解できない。

 エッチが目的なんじゃないの?


「…たまにだが、貴族や王族の子女が売り飛ばされて奴隷になることがある」

「そんなことあるんですか…?どうして?」

「王位争いに敗れた王族や貴族のお家騒動、正妻が夫の愛人やその子供を勝手に売り飛ばすなんてこともある」

「…そんな…。浮気相手を奴隷に売っちゃうってことですか…?」

「うちのような高級娼館にいるのは、そういった身分の女が多いんだよ。わざわざ奴隷商人がうちに売りに来ることもあるほど、ガイアの娼館ってのは有名なんだ」

「…理解できないです。上流階級の人がなぜ娼館なんか利用したりするんです?」

「上流社会の連中は、元貴族の令嬢や妻が奴隷に落とされて惨めな姿を晒しているのを見るのが大好きなんだよ。プライドの高い彼女らを奴隷のように扱ってほくそえむのさ」

「ひどい…。悪趣味だわ…!」

「だが、俺のところにいる女たちはまだマシだ。多くの者は逃げ出さぬよう目を潰されたり脚の腱を切られたりして隔離されている」

「嘘…!そんな…」

「おまえも、そうなっていたかもしれんぞ?」

「え…!」


 絶句した。

 怖い…。

 奴隷って、もう人間として扱われないんだ…。


「おまえも、ここから逃げ出そうとするなら、手足を拘束するか、脚の腱を切って自由を奪うことになる」


 ガイアは真顔で言う。

 やっぱり怖い。


「私、逃げません…。そんな怖い事言わないでください…」

「奴隷の言葉なんぞ信用できん」

「そんな…!」

「俺だって体に傷をつけたくはない。できれば大人しくしていて欲しいものだな」

「だから逃げないって言ってるのに…」

「奴隷は嘘つきだ。逃げないと言っておきながら平気で裏切るものだ」

「私、裏切ったりしません」

「どうかな」


 ガイアは目だけで笑ったように見えた。

 私のこと、どう見ているんだろう…。

 逃げるかもしれないって、信用できないって思われてるんだろうか。


「さて、まだ夜は長い。おしゃべりはここまでだ」


 そう言って彼は酒を注いだグラスを呷ってテーブルに置いた。

 ガウンを脱いでベッドに戻り、再び私を押し倒した。

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