第4話 奴隷2

「たぶん、今夜もおつとめがあるだろうからね。旦那様をがっかりさせるんじゃないよ。あんまり痛がってばっかりいると、男は萎えるもんなんだ」

「そ、そうなんですか…?」

「今夜は旦那様に媚薬を持たせるからね。そしたらうんと良くなるはずだ」

「媚薬…?」

「気持ち良くなる魔法の薬さ」


 サンドラは私の番号の記録を取ると、立ち上がった。


「あの、私、いつからお客を取らされるんでしょうか…?」

「そんなのもっと後の話さ。うちは高級娼館なんだ。素人を店に出すことなんてありえないんだよ。あんたは当分旦那様の夜伽の相手をしてればいいさ」

「はあ…」


 夜伽って…時代劇みたいだな。

 つまり、ガイアって人が飽きるまでは高級娼館とやらに行かなくても済むってことか。


「しかし、今時処女のまま売られる奴隷がいるなんて驚きだねえ。まあ、こんな貧弱な体じゃ相手にされなかったってことかな」

「貧弱…」


 地味にショックを受けた。

 そりゃサンドラの体を見たら私なんかこれっぽっちも魅力なんかないけど。

 わかってはいたけど、こうハッキリ言われると落ち込むなあ…。


「ほら、服を着な」

「は、はい」


 サンドラに促されて、粗末な服を身に着けた。

 その様子を彼女はジロジロと見ていた。


「顔は悪くないんだが、胸も尻もまだまだやせっぽちで未発達だ。棒っきれみたいじゃないか。しいていえばその綺麗な黒髪があんたの魅力かねえ」


 な、なんだかすっごく酷いことを言われている気がする。

 髪だけ褒められてもなあ…。


「どーせ貧弱ですよ…」

「そう拗ねるんじゃないよ。まだ擦れてないって言ってんだよ。あんた、男の経験なかったんだろ?」

「そ、そりゃそうですよ」


 サンドラは大声で笑った。


「今時めずらしいよ。普通は奴隷に落とされる時、男どもに嫌って程仕込まれるもんなんだよ。まあ、だからこそ旦那様も気に入ったんだろうけどね」


 その時、奥の方から、上半身裸の若い男がひょいっと現れた。


「よ!姉さん。誰?その子」


 その男は、下半身にバスタオルみたいな腰巻を巻いて、上半身裸の状態だった。


 待って待って、嘘でしょ…?

 なんで男がここに?

 ここ、お風呂場で、私が入ってるのに?


「なんだいユージン」

「汗かいたんで風呂に入ろうと思ってきたら、声がしたからさ」


 ユージンと呼ばれた男は、腰までの長い金髪を三つ編みにした、ちょっと透かしたイケメンだった。

 そのチャラい顔とは裏腹に、体はバッキバキの筋肉マッチョだった。


「旦那様が連れて来た奴隷だよ。サラってんだ」

「ああ、聞いてるよ。へえ、こんな若い子だったんだ?」


 ユージンは私の顔と体を舐めるように見た。


「若いったって、あんたと三つしか違わないよ」

「へえ?若く見えるね。15~6くらいかと思った」

「こいつはウチの商品なんだから、手を出したら承知しないよ」

「そんなことしないって。この子、娼館に送るんだろ?けど、あそこにいる姐さん方とはずいぶんタイプが違うね」

「余計なことを言わないの。サラ、こっちは弟のユージン。旦那様の荷物持ちをやってるんだ」

「よろしくね、サラちゃん」

「ど、どうも…」


 ユージンは軽い感じで挨拶した。

 荷物持ちか。どうりで筋肉もりもりなわけだ。


「もう一人弟がいるんだが、コイツと違ってよくできた子でね。今は旦那様からの命令で国外で仕事をしているんだ。まあ、そのうち会うこともあるだろうさ」

「はあ…」

「ひどいなあ、姉さん。俺だってちゃんと働いてるよ?」


 ユージンは私の前に歩いてきて、嬉しそうに私の顔を覗き込んだ。


「ふうん?可愛いじゃん。スレンダーな体型の子って、俺、好みだよ」

「スレンダーって…もしかして覗いてた?」

「フフ、恥ずかしいところもバッチリ見ちゃった。あんなとこに印があるなんてすっごくエッチだね~」

「…!!」


 さっき、番号を記録されてたところを、見られてた…?

 信じられない…!!


「こら、からかうんじゃないよ。風呂ならもう少し後で入んな。大体この時間は女専用のはずだよ」

「へいへい。出直すよ。じゃあね」


 サンドラが一喝すると、ユージンは笑いながら手を振って扉の向こうへ消えた。

 私は裸を見られたことがショックで、なかなか立ち直れなかった。


 浴場を後にすると、今度は屋敷の二階の小部屋に連れて行かれた。

 そこはドレッサーとベッドがあるだけの質素な部屋だった。


「ここがあんたの部屋だよ。あんたと同じように娼婦になる前、カタリナって子が使ってたんだ。今はメルトアンゼルの高級娼館で稼いでいるよ」

「その人も奴隷だったんですか?」

「そうだよ。うちの旦那様があんたと同じように奴隷商人から買い取ったんだけど、そりゃあ酷い扱いを受けててね。最初は痩せこけて骨と皮だけの骸骨みたいで見られたもんじゃなかったよ。それを私が一人前の妓女に仕立て上げたのさ。今じゃ一晩で金貨100枚稼いでくれるようになったんだ」


 金貨100枚ってことは約100万円か。

 娼婦の相場なんてよくわかんないけど、一晩でそんだけ稼ぐのって普通なのかなあ?すごいなあ…。


「だから、あんたも安心して任せな。一人前の妓女にしてやるからね」

「は、はあ…」


 この日はそれで解放された。

 夜にお呼びがかかるまで休んでていいと言われた私はその部屋で仮眠を取った。


 何度も目を覚まし、夢なら醒めろと願った。

 そのたびに現実だとわかってめそめそと泣いた。

 奴隷だなんて、受け入れられない。

 だって、私はこの世界の人間じゃないから。

 私はこの世界に召喚されてきた異世界人で、ついこの前まで女子高生だった。

  

 流行りの異世界転生物語なら、王子様と恋に落ちたり仲間と冒険したりするものだろう。

 なのに、今の私の立場はあまりにも酷い。

 奴隷として売られて、知らない男に処女を奪われ、あまつさえ娼婦にされるなんて、最悪の展開じゃない。

 なんで、どうしてこうなった…?

 眠っている間に、一体何が起こったんだろう…?

 ここへ来る前だって決して待遇は良くなかったけど、奴隷とか娼婦よりはマシだった。


 未成年の私に娼婦として客を取らせるなんて、私の世界なら犯罪だ。

 けど、ここには警察なんてないし、叫んでも誰も助けてくれない。

 …でも、実は逃げようと思えば、逃げられないこともない。

 私は魔法が使える。

 そこだけは異世界召喚ストーリーの王道から外れなかった。

 もっとも、それ目当てで召喚されたようなものらしいけど。


 魔法を使えば、逃げ出すことは簡単だ。

 だけど、それをすると誰かが傷つく。それは実際に目の前で見せられている。

 もう、あんな光景を二度と目にしたくない。

 それに、逃げ出したところで、どこへ行っていいのか。

 お金もないし、食べ物もどうやって手に入れたらいいかわからない。

 少なくともここにいれば温かい食事と寝床が約束されている。

 知らない男に抱かれるのは嫌だけど、目を瞑って我慢するしかない。


 それよりも大事なのは、私が異界人であることを、絶対に知られちゃいけないってことだ。

 魔法なんか使ったら疑われてしまう。

 だから絶対に魔法は使っちゃいけない。

 目立たないように、ひっそりとしていなくては。

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