11 檻の中-1
(さて、これからどうされるのか)
薄暗い、どこかの地下牢にも似た檻の中で、ギニスタは溜め息を吐く。
その手首と足首には枷がはめられ、動く度にじゃらりと鳴った。首にもはめられた枷から伸びる鎖は、同じ檻の中にいる何人もの者達と繋がれている。
(もう少しすれば、何かしら起こせる程度には魔力が回復するんだが)
幸い、辺りに見張りはいない。
(有り難いが不用心……だが、そうしたくなるのも頷ける)
同じ檻の中、対面の檻の中。
見える範囲での鎖に繋がれた人々は、皆座って顔をうずめるか、寝転んで身体を丸めるかだった。誰一人、喋りもしなければ動きもしない。
(いつからここにいるのか……)
生きる事を諦め、死んだようになるくらいには。
(アタシが一番元気なのかね)
“色混じり”と揶揄する者もいない。
(そもそも
捕らえた者達も、そのあたりを気にしなかったのだろうか。それほどモノ不足だったりするのか。
(まぁなんにしろ、もう少しこのままでいなきゃならない)
つらつらと考えながら、視界の端に映った蒼が揺れるのを、無意識に目で追った。
「……?!」
驚きに、口が開く。
ここにいる筈のない【妖精】が、ひらひらとひとり、漂っていた。
〈……ぜ、前管理者よ〉
その妖精は怯えたように首を竦め、辺りを窺いつつこちらに寄ってくる。
「……な、」
〈真の者が、お前を助けにいらっしゃったのだ〉
「は?!」
あまりの事に、素っ頓狂な声が上がる。
そこに、カツン、と靴音が響いた。
「……ッ!」
ギニスタは一瞬身を堅くし、
「師匠?」
次に聞こえた声に、また一瞬で気が抜ける。
(本当、に)
〈真の者よ。ここに〉
妖精が言うやいなや、駆け足の音が迫ってきて、ギニスタはその姿を格子越しに捉えた。
「ししょう!」
声の主は、ガシャン! と檻にぶち当たるようにして身を寄せ、その顔をほころばせる。
「居た! ギニスタ師匠! 見つけた!」
(まだ半日も、経っていないのに……いや、それより)
〈上にいた者共は眠ったぞ!〉
〈真の者よ!〉
〈我らは助けになっただろう?!〉
〈共に、我らが山に帰ろうではないか!〉
きゃらきゃらとした、けれど切羽詰まった声が沢山響いた。それとともに、波のような蒼が押し寄せてくる。
「はあ?!」
その言葉と、光景とに圧倒され、ギニスタはまた目を剥きかけた。
「それは……」
ちらりと妖精達に目を向けながら、シャルプの手が檻の格子にかかる。
「師匠次第、かなあ」
鉄の格子はそこからボロボロと崩れ去り、人一人が優に通れる広さの穴が出来た。
「師匠」
よいしょ、と言いながらそれをくぐり、全く身じろぎもしない人々をまたぎ越しながらギニスタの元へ。
「酷い事、されました?」
目の前まで来るとしゃがみ込み、さっきと同じようにボロボロと、鎖と枷を外していく。
「え?」
「上のヤツら、師匠に枷をはめるなんて。これ奴隷ってモノでしょう? ヒトをヒトとも思わないモノだって」
手を取られ、俯きがちにシャルプが言う。
「あ、あぁ……あ、いや、大丈夫だ。まだ何もされてない」
「まだ?」
「されてないから! 大丈夫だ!」
目つきが鋭くなったシャルプに、慌てて強く繰り返す。
シャルプはほっとしたように息を吐き、次いで泣きそうな顔になり、
「……は?」
「良かったぁ」
ぎゅう、とギニスタを抱きしめた。
「師匠、急に居なくなるんですもん……あそこが嫌ならボクも一緒に出て行ったのに」
「……」
「ボクはあなたの弟子なのに、なんで何も言わないで出て行っちゃうんですか……?」
「……」
妖精の光で淡く光る檻の中、涙声が反響する。
〈ま、真の者よ!〉
〈約束はどうなったのだ?!〉
〈山に、管理者に!〉
〈またお戻りいただけますか?!〉
光る蒼が舞う。そこには悲痛な声と表情が、とてもくっきりと映っていた。
「……煩いな」
少しだけギニスタから身体を離したシャルプが、低く、冷たい声を出す。
「そもそも、誰のせいだと思ってるの?」
〈……ッ!〉
妖精達に向けられた顔は、冷え冷えとした怒りを湛え。
それが自分に向けられてないと分かっていても、ギニスタの背筋にも緊張が走った。
「事ある毎に師匠を悪し様に言って、止めろと言っても止めなくて。それがこんな──」
「……違うぞ。シャルプ」
遮って、ギニスタは続ける。
「アタシが山を下りたのは、君の事を考えてだ」
「……え」
バッと振り向いたその顔は一転して困惑に染まり、そしてまた、泣きそうにもなっていた。
「な、ど、」
「君の独り立ちを促そうと思ったんだが、まさか半日と経たず見つかるとはな」
「……独り、立ち……? 何言ってるんですか?!」
混乱したシャルプに揺さぶられ、視界がガクガクと揺れる。
「……あのな、」
「ひ、独り立ち、独り立ちって! なんで?!」
「シャル──」
「ボクはあなたの弟子です! あなたと居るんです! 独り立ちしても一緒なんです、ずっと!!」
(それは、師弟とは言わないよ)
シャルプが持つのは、自分への執着心だ。ギニスタはそう、分析した。
「ねえ師匠!」
「シャルプ!!!」
びくりと肩を震わせて、シャルプの手が止まる。そこに自分の手を添えて、ギニスタはゆっくりと言葉を発した。
「……ここから、助け出そうとしてくれた事には、感謝する。だが」
重々しい口調と厳格な表情に、シャルプの喉がこくりと鳴った。
「そこまでで、聞きたい事がある。アタシが出て行った後、君はどうやってここまで来た?」
「……ぇ、えっと」
シャルプもゆっくりと、そしてどこか恐々と答える。
「……山を出て、すぐに師匠を探しに行こうとしたんです。あなたを見つけたら、一緒にどこかへ行こうとも思ってました。だって、師匠にとってあそこは、あまり良い所ではないと思ったから……」
表情を変えず、ギニスタは続きを促す。
「……けど、……彼らが行かないでと、戻ってくれと言うから『じゃあ師匠を探すのを手伝って、何か貢献したら考えても言いよ』って……」
だんだんと、その二色の瞳が揺らぎ始める。
心許ないようなカオになり、その声も細くなってゆく。
「力は補助するからって……それで、師匠を探して……ここまで……騒ぎになると面倒だから、上にいた元気そうなヤツらは全員眠らせましたけど……」
「なるほどな」
ギニスタは頷いて、シャルプをまっすぐに見る。
「すると、管理者という立場を置いてきたんだな?」
「っ……そんなもの! あなたに比べたら!」
「比べるな。【管理者】は山の大事な歯車だ。おいそれと外して良いものではない。それは【真の者】であろうと【仮の者】であろうと同じ事だ」
乱暴に無くせば、守りが消えるどころか山が荒廃しかねない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます