3 癒しの薬-1

 シャルプは元々、近くの人里──人が言う『領地』の、その領主の子供だ。

 そして実の親である領主の、彼の用いる呪具からその情報を読み取った際、ギニスタは非常に不愉快な気分にさせられた。

 幼気な子供を、己の利のために殺そうとするとは、と。


 ◇◇◇◇◇


「ここです」

「……これは、だいぶ酷いな」


 空中に浮かんだシャルプに抱き上げられた状態で、ギニスタは谷間の土地を見下ろす。

 抱えて移動すると言われた時は抵抗があったが、今はそれより目の前のものに意識がいった。

 緑溢れるそこは、一見変わらずにあるように見える。しかし、草木は立ち枯れ土は汚され、そこは荒れ地と化していた。


「……」


 その辺りには生物も妖精かれらもいない。遠くから不安そうに揺らめく彼らを視界に捉え、ギニスタの眉根が寄った。


「なんか、遠くの方で戦争があったっぽいんですよね」


 軽い口調のシャルプは、高度を少しずつ下げていく。


(戦争……飽きもせず……)


 それを聞くギニスタの眉間の皺が深くなる。


「それほど大きかったり長かったりは……してない、みたいなんですけど……」


 枯れ草枯れ木の大地の真ん中に降り立ち、


「その“流れ”がここに来ちゃった、らしくて。吹き溜まりに……」


 説明しつつ、シャルプの視線は上方へ彷徨う。


(なんで気付かなかったって……怒られるかな……?)


 ギニスタが静かになった事で、ここに来て、そんな考えが脳裏をよぎった。

 前々から、何か“良くないもの”がこの辺りに流れ込んでいたのは認識していた。しかし、まだ大丈夫だろうとも思っていた。

 ギニスタの【蘇生】の大詰めで、そちらに集中していたのもある。肉体うつわなかみを染み込ませ、それが定着するまで一瞬たりとも気は抜けなかった。


『……?』


 開いた瞼から薄く覗く、水色の瞳が自分を捉え。

 安堵し、有頂天になり、気付いたらここまで進行していた。


「シャルプ」

「ぃっ、はい」

「下ろしてくれ」

「あっはい……」


 言われるままに、そっとギニスタを地面に下ろす。

 ギニスタは地面に手をついてしゃがみ込み、目を閉じて意識を集中させる。


(……。意図的なものでないからか。あの時より生命力自体は削られてない……)


 以前の、畑に蒔くだの何だのでごっそり持って行かれた時より、傷は浅い。けれど傷は傷だ。

 あの時は肉を引き千切られるようなものだったが、今回は異物──毒物での壊死。その数歩手前。


(思ったより読めるものだな。この残り滓、どこまで保つか)


 立ち上がり、掌の土埃を落とす。


「師匠……?」

「【癒しの薬】で一度全体を鎮め、ある程度期間をかけて治していくのか?」

「えっ」

「?」


 意表を突かれた。そんな顔のシャルプへ、ギニスタは首を傾げた。


「ぁいやっと、えーと。薬はこう、呼び水みたいにして……ボクの力でそのまま押し流しちゃおうかなぁ、とか」

「は」


 それに水色が瞬くが、見上げた先の口は事も無げに続ける。


「で、流しきってから元の力を満たす」

「……それを、今から?」

「? はい」

「やりきるのか?」

「はい」


 絶句したギニスタは、ややあって思い直す。


(ああ、そうだ。この子は真の者なのだから)


 それくらい出来て当たり前なのだ。


(仮の者にはそこまでの力は無い……特にアタシは弱かった)


 だから道具やらにも頼ったのだ。

 文字通りに、規格が違う。


「そうか……アタシは、見てればいいか?」

「! はい! お願いします!」


 姿勢を正した自称『弟子』は、緊張した面持ちになり、


「……じゃ、……いきます……」

「うん」


 どこか遠くを見るように、ギニスタはそれを眺めた。


「……」


 空間に仕舞われていた【癒しの薬】が中空に、シャルプの前に湧き出てくる。

 流動性を持つそれは渦を巻き、様々な形を成す。

 そして一際高く、一直線に伸びたかと思うと、


「──!」


 一瞬にして空間に溶け、目に見えないほどの粒子となって地面に染み渡った。


(精密な操作を、脳内だけで)


 腕を振りもしないシャルプを見て、ギニスタはまた力の差を思い知る。


(本当に見ているだけだな………)


 深層まで一気に浸透させ、自身の力も流れ込ませる。言っていた通りに“淀んだもの”を押し流していく。

 もう少し丁寧でも、しかし手際はいい。

 そう思って噤んでいた口から、無意識に声が漏れた。


「ぁ」



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