3 仕事

(……もう三日)


 魔法使いは帰っていない。

 何日かかるか分からない仕事だと言われた。


『その間に何があっても、お前が死にかけようともアタシは戻らない。助けなんて望めない』


 それでもここに留まるかと問われ、首を縦に振った。


「どんな仕事してるんだろ……」


 森で採ったもの、あの組み立てていたもの。棚の奥の方から取り出した何かやらも袋に仕舞い、魔法使いは出かけていった。


(誰もいない……と、静かだな……)


 天井から吊り下がる乾燥草花。透明だったり木製だったりする棚に並ぶ、石や木の実や見た事のないもの。

 それらを眺めながら、眺めるだけしか出来ないのがとても残念に思えてきた。


『自分だけだからと手を出したりするなよ。そんなもの、すぐ見抜けるんだからね。出したら即刻山から下ろす』


 気にはなるが、ずっと気になってはいるが、流石に大人しくするしかない。


「うぅ……眺められるだけでも……よし……」


 いつもは見れない棚の上段。その中身を椅子に上って目に焼き付けつつ、子供はそう零す。

 ここから離れたくない。あの優しい人から離れたくない。魔法使いにだってなりたいし、こんな自由を手放したくない。


「……じゆう?」


 青と金が瞬いた。


(じゆう、自由……)

「ボク不自由だったの?」


 浮かんだ言葉に頭を捻り、小さな両手を額に置いた。


「……なんだろ」


 頭の奥、仕舞い込んだもの。それに手を伸ばしかけて。


「…………やだ……」


 椅子の上で、うずくまった。


「やだ、やだ! ここが良い!」


 思い出すな。帰り道など、帰る場所など。あんなものなど、思い出すな。

 全てを忘れ、ここで、あの人と。


「魔法使いにぃぃ……なるのぉぉぉ…………」


 ◇◇◇


「ああもうここもか……」


 荒れ地へ目を向け、魔法使いは呟いた。


(乱れている……いや、乱されている?)


 生命いのち溢れるこの山の、こんな深くまで。搾り取られた生命の行き先は、人里。


「何してんだか……見に行かなきゃいけないのかぁ…………」


 ただでさえ気力が削られるのに。


〈早く戻して!〉


 今でさえ。


〈戻して! 元の緑に!〉

〈役割を果たせ!〉

〈何のための管理者か!〉


 下から上から、左右から。近く遠く、頭の中から。

 ここに棲んでいたもの達の声が木霊する。


〈戻して! 次代が出来たばかりなのに!〉


 これでは眠りについてしまう。


〈早く! 糧が何もない!〉


 消えてしまう。


「準備するから、少し待って」


 木霊する声に応えるが、声達はわんわんと叫び続ける。魔法使いはしゃがみ込み、背負った袋から幾つか物を取り出していく。


〈ああ早く! もう何日もこうなのに!〉


 手をかざし、地面を均す。


〈何が起きたんだ! もっとしっかり管理してくれ!〉


 紋様を描き、出したものを並べていく。


〈主のお力を賜っているのに!〉


 慎重に、寸分の狂いなく。もし間違えたら──


〈そもそも来るのが遅いんだ!〉

〈仮の管理者!〉


 この地に命は戻らない。


「そうだね、悪かった。……済まないが、少し静かにして貰えないか」


 魔法使いは目を閉じ、呼吸を整える。


〈何してるんだ!〉

〈戻して! 早く!〉

〈早く!!〉

「……静かに」


 低く、声に威圧を込める。周りは一斉に口を閉じ、皆、身を潜めた。


(……ま、他よりは被害はマシか。犠牲も殆どが根張り者。奪われた量もそんなに多くはない……)


 けれどこの地のもの達は、一時でも絶望を味わった。動転し、怯え、やっと来た魔法使いたすけに気が緩むのも分かる。


(ただもうちょい、静かに……して欲しい……)


 溜め息を落とし、魔法使いは並べ終えたものへ目を向ける。


「……お借りします」


 短く祈り、力を流す。それらは輝き出し、たちまち目を覆うほどの眩い光を放った。


〈……お、おおお!〉

〈戻る! 戻ってくる……!〉


 また辺りがざわめき出す。けれど極限にまで集中した魔法使いの耳に、それは届かない。

 やがて光は収まり、荒れ地は、


〈戻った!〉

〈元に戻った!〉

〈生命が吹き込まれた!〉


 緑深い森になっていた。


「あー、終了。休憩」


 気の抜けた声を出し、魔法使いはその場に寝転ぶ。

 豊かな赤と銀が、戻った緑と入り混じる。


〈管理者! 有り難う!〉

〈有り難う!〉

〈有りが────……


 木霊は遠くなり、魔法使いだけが残された。


「終わると速いんだよねえ……」


 独りごち、むくりと起き上がる。


「ま、まだまだあるし。さくさく行こうか」


 今日はあと二ヶ所、いや出来れば三ヶ所回りたい。

 まだ半分も、傷を癒せていないのだから。


 ◇◇◇


「まさか半月戻らないとは……」


 幼い唸り声が、霧の巻く庭に溶けた。そしてそれは、途方に暮れたものへと変わる。


「これ……どうすればいいですかぁ……」


 訴える子供の足元には、大人の拳ほどの大きさの、様々な色の球体があった。それらは全て透き通り、高く澄んだ音を奏でながら、


「こ、来ないでぇ……」


 子供の後をついて行く。


「なんなのぉ……?」


 庭を走り、その何かから逃げる子供。


「ひぃええぇぇ……」


 シャンシャンキャラキャラ唄うように、子供を追いかける何か。

 美しくて、また気の抜けるような追いかけっこが繰り広げられていた。

 これらを纏める。詰めてしまう。そんな事も考えたが。


『手を出したりするなよ』


 何かあってはおしまいだ。ここから追い出されたくはない。


「あっ……」


 そうこうするうち庭を一周し、以前に登った木の前まで来てしまった。もう何度目か、それを見上げる。


「……うわぁ、また生ってる……」 


 また足元に集まり出す何か。その何かは、見上げた先に実っているもの。


「どんどん増えてるし……」


 しかめっ面の視線の先で、一つ。薄桃色の実が澄んだかと思うと。

 シャンッ、シャン……

 枝から落ち、弾みながら子供の側に寄って来る。


「……なんなんだぁ……」


 子供は地べたにへたり込み、シャンシャンキャラキャラ囲まれながら力なく呼びかけた。


「帰って来てぇ……」


 ◇◇◇


「……何事」

「分かりません」

「妙な気配なんて無かったのに」

「ボク何もしてません……助けてぇ……」


 鈴の実に埋もれた子供は、悲痛な声を出す。


「……はぁぁぁ……」


 疲れた身体を押し、魔法使いは子供を引っ張り上げた。


「っぷぁ!……ふぁぁ出られないかと思いましたぁ……!」

「……」


 そのまま抱きつく子供に、胡乱な眼差しが向けられる。


「何があった?」

「なっ何もしてません! ボク何もしてないです! どっかへやらないで!」


 ぶんぶんと首を振り、顔を青ざめさせる。


「それは分かってるから。何があったって」


 呆れ顔になった魔法使いが重ねて問うと、子供は少しびくつきながら小声で話し出した。


「み、三日前くらいから……あの、前に登った木に、これが生り始めて……」


 季節を考えれば間違いではない。


「わあ、綺麗だなぁっ……見てただけです! 見てただけ!」

「分かった。それで?」

「……それで、そしたら、なんかいっぱい落ちてきて……周りに集まってきて」


 聞くうち、魔法使いの頭が痛くなってきた。


「なっなんかついて来るし、どんどん増えるし今日ぶわあぁっ! て押し寄せてきてあんなんなっちゃったんですぅ! ボク何もしてませんんぅう!!」

「分かった。分かったから泣くな」


 子供の背を軽く叩き、足元に集まる鈴の実に目を向ける。


(一斉に、高純度で……しかも手を加えずに、これだけの鮮度が保たれている……)


 未だに濁りが見えない実は、澄んだ音を奏でて跳ねる。目指す先は抱える子供。


(目を見張るほどの『才』を無自覚に。それにそもそも)


 この子供をどこで見つけたか。魔法使いの頭に、ある可能性が浮かび上がる。


(だとすれば、だが。……まあ)


 ちょうど良くもする。こっちも何か分かるかも知れない。抱きついたままの子供に目をやり、魔法使いはそんな事を考えた。



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