69 追憶の

「──なんです」


 どこか、遠くのような。それでいてすぐ傍のような所から、声が聞こえた。


「分かって頂けました?」


 ぼんやりと景色が形作られていく。


「……分かるが、解らねえな。それがお前に何をもたらす?」

「あなたという友が出来るのです」


 入り口から陽が射し込む。薄暗いそこは洞窟のようにも見えた。

 けど少し埃を被った道具や布が奥に、入り口近くには手入れされた鞄みたいなのや本がある。


「友になると友が出来る? 頓知か?」


 そこで溜め息を吐く狼と、対面で正座になっている人間。いつも夢て見る袴の人だ。


「こっちは結構真面目なんですけど……まぁいいか」


 見覚えのある場面……いや、その続きかな。


「追い追いやっていきましょうか。無理矢理に進めるものでもないですし」

「はあ?」


 となると、これもてつの記憶か。私はいつの間に寝たんだろう。

 ……寝たんだっけ?


「あ。言葉も崩して良いですか?」

「あ?」

「崩すね。……おぉ、距離が縮んだ気がする」

「あ??」


 手を打つその人に、てつがまた溜め息を吐いた。


「……酔狂な奴だ」



 気付いたら森の中。

 金色の狼とあの人が歩いている。


「君と一緒にいるといつでもどこでもきらきらして、ある意味怖くないな」


 ……私はこれをどこから見てるんだ?

 自分の姿は掴めないし、時々視点が二人と重なる。

 幽霊にでもなった気分だ。


「ハァ……警戒は怠るな。そもそも今一番の驚異は俺だろう」


 ダルそうに、けどしなやかに歩くてつ。その歩調は、多分この人に合わせてる。


「それはそうだけど。けど君、僕の事を「面倒な奴」としか思ってないだろう?」


 てつの眉間に皺が寄る。


「ははっ、君は良い奴だなぁ」


 明るい声が、緑に吸い込まれていく。

 それと一緒に、周りが一段とキラキラしているように思えてきた。これは、視点が重なってる。


「……何がそんなに楽しい?」


 重なったまま、その目線が動く。

 横に、深い青緑の瞳。


「んー、全てが楽しいかな。生きてる実感が湧くんだよ」


 その声に、影が差す。煌めいていた景色も、少し褪せたようになる。


「ハッ、来る度死にかけるからか」


 弄るような言葉に、また景色に色が戻る。


「なかなかに言ってくれるね」



 段々と思い出してきた。

 私は死にかけて、同じく死にかけたてつに力を戻して。

 今、私の身体がどうなってるか、それは分からないけど。魂はこうして、てつとこの人・・・の記憶を視ている。


「なんだ? そりゃあ」


 臨死体験? 既に死んでる? あっちはどうなった?


「饅頭」


 それと、ちょっとほっこりするこの絵面は何。


「また『貢ぎ物』か」

「母様への、ね。直々に横流しされる」


 その言葉は、ほっこりとは言い難いけど。

 ふすふす鼻をひくつかせるてつを見て、その人はにんまり。


「結構甘いものが好きだよね、君は」

「……」

「お茶沸かすけど、要る?」

「それは要らねぇ」


 分かりやすい。


「猫じゃなくても猫舌なんだよね……」

人間てめえらよかマシだ」

「それはまあ。……あ」


 五徳なやんやを持ったまま、螢介えいすけが振り向く。……螢介?


「そうだ。ずっと聞こうと思ってたんだけど」


 視界がその人──螢介さんを見据えている。

 今度はてつに引っ張られたのか。


「君の名前」


 螢介さんから、好奇心と不安が視える。そうだ、てつはこの力を持っている。


「あ?」

「なんて言うの?」


 てつは首を捻り、耳を振った。そんな感覚があった。


「ねぇ」

「……『ネエ』?」


 螢介さんも軽く首を傾げる。それに応えるように、尾を一振り。


「お前は『螢介』というらしいが、俺はそういったもんは持ってねぇよ」


 視界が歪むような、そんな感覚がある。本当に歪んだ訳じゃなく、これはてつのイメージだ。


「……そっか」


 螢介さんは、僅かに落ち込んだらしい。少し俯いて、


「……お「あ!」ぃ……」


 パッと上げたその動作に、てつは面食らったみたいだった。


「今度は何だ?」

「あ、ああいや! なんでも!」 


 随分明るく首を振り、「じゃ!」と外に火を熾しに行く。


「……」


 すぅっと離れ、見えたてつは、疑問と呆れが入り混じった表情だった。


「人、てぇなぁ……」


 これはあれか、名前の話に繋がるやつだ。




 場面は、途切れ途切れに切り替わる。



 山に雨が降っている。結構な土砂降りの中、住処で寝そべる私……じゃなくて、てつか。

 時々耳を立て、顔を上げたりもする。



 次は目線が高い。激しく上下して後ろを振り返っ……待って追いかけられてる?! は?!

 えっ馬から振り落とされた?! ぅお、転がって落ちる?!


「ハァッ、ハッ……ハァ……」


 逃げるように進む。螢介さんだ、これ。



 また変わる。夜だった。

 血生臭さが、少しずつ風に流されていく。


「懲りねぇな、お前らも」


 雲が切れ、覗いた月に照らされて、より・・鮮やかにそれらが照らされる。

 肉塊、血溜まり。遠くに残党。


「もう来るんじゃねえよ」


 腕を振り、爪に付いた赤が飛んだ。



「螢介さん、ちょっとすみません」

「何か」


 えっ山じゃない。

 どこかの家だ。屋敷みたいな、しかも大きい。和服の人が沢山出入りしてて、時代劇か大河でも見てる気分。


「ここの数字が」


 その隅で何かを出し入れしていた螢介さんに、年配の人が和綴じの本らしいものを持って近寄る。


「……そういうものは、旦那様に」


 困った顔をする螢介さんへ、その人は肩を竦めた。


「また、いらっしゃらないのです。どこぞを遊び歩いているのでしょう」


 螢介さんは、困り顔に諦めを滲ませた。



 ……この映像、映像? いつまで続くんだろう。


 夏になって、蝉が鳴いて。

 秋になって、葉が落ちて。

 冬でも螢介さんは山に行った。

 川で泳いだり、お菓子や山の恵みを食べたり、かまくら作るのを見せられて。

 こうね、こう。なんのムービーですか?


 見たい! って事で見てるなら良いよ。まだ。

 強制的に見せられてるからね?

 しかも、いつもと違って私の意識がある状態だよ。声も届かないよ。



「ちょいと、人間の若旦那様」


 あぁまた、勝手に場面が変わる。


「? ……どちら様?」


 てつの山の手前で、螢介さんが狐に声をかけられてる。


「いえ、私は小間使いでして」


 ……あれ? この声、どこかで?


「ここの山のぬし殿にですね、私のあるじ様方がお会いしたいと」

「それで、僕に?」


 首を傾げる螢介さんに、狐は困った声で続ける。

 主である四獣に命じられここまで来たが、山に踏み入れば問答無用で殺されてしまうと聞いたと。


「けれど、人間が出入りしているとも。それであなたを知ったのです。どうかご協力頂けませんか」


 四獣、とは……あ、朱雀とか、青龍とか? あの?


「あー……彼は山を守ってるんです。根は優しい奴ですよ」

「そうなのですか?」


 狐も首を傾げる。なんかだんだん可愛く見えてくる。

 あ、これ、螢介さんが重なってる……?


「……すみません、私は臆病者です。そう聞いても、足が竦んでしまいます。日を改めて参ります」

「そうですか」


 残念だ。

 けれど、こんなに震えてしまっては、引き留めるのも気が引ける。


「代わりにこれを」


 どこからか、化粧縄のかかった白磁の壺が現れた。


「主方の気に入りの酒です。どうぞお持ち下さいませ」


 狐が恭しく頭を垂れる。


「や、それは」

「いえ。持って帰りなどすれば、私が叱られてしまいます。どうか」


 断りたいが、狐も引かない。

 押し切られ、螢介さんはお酒を持って行く事に。

 螢介さん、ケモノ系に弱い気がする。


「何度言えば解る」


 縄張りテリトリーに一歩踏み入った途端、眼前に牙が迫った。


「……あ、視てたのか」

「また、妙なもんに纏わりつかれやがって」

「いや、藍鉄あいてつへのお客さんだよ」


 そんな顔をしなくても良いだろうに。


「ほら、断りきれずに土産まで持たされてしまった」


 背負うくらい大きな壺だ。それにしては重くはないが、物の怪の持ち物なのだから、そういう事もあるだろう。


「会わねぇし呑まねぇ。戻してこい」

「僕は丁稚じゃないんだけど」

「……戻しに行くぞ」


 そう言って、するりと脇を抜けられる。


「おら、行くぞ」

「はいはい」


 しかし、呑まないとは。下戸じゃなかったと思うけど。

 けじめかな。


「あぁ、だけど。出直すと言っていたしもういないかも」

「未だいる。隠れるのが下手……違うな」


 何が違うのか聞く前に、先ほどの黄色が見えてしまった。


「どうも。まだお帰りに……」


 狐は固まってしまっている。その上尋常じゃなく震えている。


「……」


 藍鉄に圧されてしまったのか。


「怯えてしまってるじゃないか」

「……チッ。お前」

「!!」


 その尻尾がびくんと跳ね、毛がぶわりと広がった。


「…………会う気があんなら、てめぇらが来いと伝えろ。俺から行く気は無い」


 上からだなぁ。なんだか苛ついているから余計に。

 どうしたんだ。


「それにお前、こいつ・・・が何だか知ってるな?」


 ちらりと目を向けられ──いや、酒か。


「!!!」


 狐は全身を使って飛び跳ねた。それから何とも分かり易く「しまった」という顔になる。


「阿呆らしい。誰がそんな見え透いた手にかかるってんだ」


 成る程、友好的な相手ではないらしい。

 それが視えていたのかな?


「二度はねぇ。……降ろせ、行くぞ」

「はいはい」


 結局、荷物持ちの役回りになってしまったな。まぁいいけれど。


「……っ」


 あー、落ち込んでいる。黄色い耳が垂れてとても哀愁を誘う。

 少し可哀想ではあるけれど、


「おい」


 友の凄みに屈してしまったよ。

 ごめん、狐さん。



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