66 通じない話
狼が来るまで? ここに?
……てつの事?
「まさか、あなた達が?」
てつ達を酷い目に遭わせた、犯人? じゃなくても、その下っ端……とか?
「……なんの話?」
首を傾げられる。
考え過ぎかな。こんな子供……いや、見た目と実際の年齢はイコールじゃないか。気も幼げだから、そっちに引っ張られてしまう。
でも、圧迫感なんかはあっても、殺意みたいなものは感じられないのに。
「……耐え抜けって、どういう意味?」
私の言葉に少し意識を持ってかれたのか、その圧迫感も僅かに減った。
「そのままだけれど」
「いや、そのままって……」
身振りを加えながら、半歩下がる。もう少し距離を取れれば、後は一気に駆け抜けて──
「お前さ。俺達の作ったもん、壊したろ」
もう半歩下がろうとして、ガクンと目線が下がった。
「っ……!」
後ろ手を突いて、倒れるのを耐える。同時に、右足に何かが巻き付いているのが見えた。
……石? それが床から、蔦みたいに絡みついてる?
「あ! そうよ! 謝って!」
「わあっ?!」
それに纏わりつくように炎が?!
無理! ちょっ火傷する?!
「っんぎ……!」
「はっ?!」
足を捻って、絡みつく石をバキバキと折る。案外脆い……ワザと脆くしてた?
「へぇ」
石と一緒に炎も剥がれ、幸い服に燃え移ってもいない。
「やるなぁ。な?」
「え?! あ、そうね! 別にどうも思わないけど!」
手加減をされてる?
でも、それなら今のうちに!
「おっ?!」「ひゃ!」「っ……」「!」
ドゥ、と彼らをありったけの『力』で押しやる。
同時に走り出す!
「…………これだけ?」
「……ぁ、!」
扉目前で、また動きが止められた。
「?! ッ……、……ゥ、ッ」
合わせて、締め上げられる。
全身に、今度は木の枝が巻き付いて、ギリギリと。
「もう、抜けられない?」
なんとか振り向けば、今まで口を開いてなかった青の子が喋っていた。
この子も、他の三人も。確かに衝撃に煽られたのに。
「どう?」
なんともなかったように、立っている。いや、腕回したりとか、裾確かめたりとかしてるけど。
その仕草になんとも、腹が立つ。
「ッ……ぁあ!」
さっきよりも強い衝撃を! そんで枝も折る!
「あっ」「また?!」「ん」「……」
効いてなさそうだ! どうしようもない!
何にしても戻らなきゃ! てつが……
「────?!」
左からの、もの凄く重くて冷たい衝撃が直撃して、私は吹っ飛んだ。
その勢いのまま、壁に叩きつけられる。
「……!」
カヒュッ、と、潰されかけた肺から空気が押し出された。
「活きが良い」
黒の、声だ。なんとか起き上がり、噎せながらそっちを見る。
「楽しませて。じゃなきゃ、割に合わない」
ぱちゃぱちゃと水浸しの床を歩いて、こっちに……水? あ、私もびしゃびしゃ……。
「……わり……?」
さっきのは、水の塊?
「そうよ! 私達の今までを、アンタが勝手に無かった事みたいにしたのよ!」
赤も、
「どうせなら戻してよ!」
「それはさすがに無理なんじゃないか?」
白と青も、こちらにやってくる。
「それとももしかして、出来る?」
「なんの、話……?」
やっと呼吸が整ってきた。鈍った思考が回り出す。
「はあ?!」
「あれ、聞いてなかった? 壊したろ、お前」
壊した?
「俺達の作ったもんを、幾つか。壊して、戻して、キレーに無くした」
何を……
「ついさっきも、そのために動いてたらしいじゃんか」
ついさっき……は、山にいた。
『かれら』を助けるために。
「……亀裂、異常同調の事を言ってるの?」
四人は顔を見合わせ、話し始める。
「道の事?」
「だと思う」
「何? その異常なんとか」
「そういう名前を付けてるんだろ」
「勝手に変な名前付けないで欲しいんだけど」
「んー」
赤と白ばかり喋る。
でも、彼らの言う事が本当なら。
「……ねぇ」
「黙ってて今こっちで話してるの」
「なんでそんな事したの? 誰かにやらされたの?」
その言葉に話し声はぴたりと止み、四人が今までになく鋭い目つきを向けてきた。
「……アンタ、馬鹿にしてるの?」
なにか地雷でも踏んだか。やっとなんとか立ち上がっても、その気迫で見下ろされた気になってくる。
「誰かって誰よ? 私達が誰かにやらされてるって言うの?!」
「?!」
目の前が赤く染まる。全身が炎に包まれた。
「あづっ!」
濡れてるのに燃えてる?!
「
「誰かのためにやってるって言うの?!」
なんだこれどうやって消せば?!
「麗燿、落ち着け」
「……麗燿」
今度は視界が歪んで、
「?! ……ゴボッ!」
瞬く間に白くなる。口から吐き出された泡で。
「……? ……っ!!」
水に包まれた。反射的に口をふさぐ。
けど、苦しい。酸素が足りない。
今吐いてしまったから。
「……! ……?! …………ッ」
滑った、と思ったら水の中で身体が回った。
……これ、閉じこめられた? 衝撃もいなされる、上にも横にも出られない。
球状の水の中でくるくると、焦れば焦るほどただ回る。
「……ッ……ぅ、っ!」
息は、どれだけ持つ?
「落ち着いた?」
「……そうね、少しは」
そんな私を見て、彼らの、特に『りよう』と呼ばれた赤の子の溜飲は下がったようだ。
こっちは死にそうなんだけど?
「そう」
黒が頷く。
浮遊感が消えて重力が戻り、大量の水と共に落下。
「ガ、ッ……!」
いきなりで受け身もとれず、顔面から床に叩きつけられる。
落ちたのに一瞬天地が分からなくなり、意識が飛びかけたと、噎せながら理解した。
「ねえ、人間」
その声に顔を上げようとして、胸辺りに強い衝撃が来た。息が詰まり、耳元で風が鳴る。
唐突にそれは止まり、気付けば、見上げるほど高い天井のすぐ近く。
「ッ ゲホッ!」
木を巻き付けて、私をここまで押し上げたんだ。
同じ高さにいる、この青いのが。
「ぼくらは、ぼくらのためにやってる」
表情を変えず、たった今伸ばした枝に降り立ち、呟く。
「ぼくらの未来のために」
「……未来のため?」
あれが? あんなのが?
「……亀裂から……傷からは、とても苦しげな叫び声が聞こえてきた。とても、沢山……の」
枝が少しずつ太くなり、手足や首を締めてくる。
「未来のために……かれら、に、な、にを……っ……」
曲げちゃいけない方向へ曲げてもくる。引き千切ろうともしてる。
あぁくっそ、この木。
「? 材にした」
「ざい……?」
流れてる力がさっきと全然違う。簡単に折れそうにない……!
てか、ざいって何? 財? 材? ……材料のざい?
「……は、あ?」
あまりにも間抜けな声が出た。顔もそうなったと思う。
「?」
頭をこてん、と傾けられる。なんだこいつ、と気が揺らめく。
それはこっちの台詞だ。
「
下から、白が声をかけてくる。この青は『せいが』と言うのか。
「あんまやりすぎんなよー」
気が跳ねながら近付いてくる。ぴょんぴょんと登ってきてるんだ。
「そろそろ戻った方が、お?」
にやにやと顔を覗き込んでくる。全くもって良い気はしない。
何をそんな、愉しそうに。
「何? お前、さっきより強気な顔してんね?」
「……あなた達、未来って言ったけど」
そのために。
「自分達のために、自分達の手で、彼らを苦しめて縛って」
それは、全てを壊してしまいかねないほどの。
「その周りも苦しめた……今も苦しめてるって分かってるの?」
きょとんとして、薄青い瞳が瞬く。
「彼ら? ……あ、材にした奴らの事?」
そしてすぐ、不可解そうに眉がうねった。
「え? そうしないと意味ないからやってんだけど。あれ、結構手間かかってんだからな?」
何言ってんだこいつ。
「靖華、何言ったんだ?」
何の話をしてるのか、分かってんのか。
「……材の話?」
「そりゃそうだろうけどさ」
まあいいやと、白が首を振る。
「……良くないでしょ。何言ってんの、分かってんの? そんな明るく言える事ぁ゛っ?!」
右腕に痛みが走る。
「……?!」
首を固定されたまま、目を動かして見たそれに、息を呑む。
「なあ、人間」
腕に何本も太い針が刺さって……逆だ、内側から貫かれてる?!
「お前がどう思おうが、俺達には関係ないんだよ」
そこから、当たり前だけど血が垂れてくる。
けど、ここに来て初めての、目に見えて分かる怪我。
「……っ!」
「お前は苦しんで、抵抗して、死にそうなギリギリの所まで生きたいってなってくれりゃいいの」
痛い。熱い。
前に転んで擦った掌なんて、比べるまでもなく。
「……
しっかりしろ。この程度、そうこの程度。
「あ、そうだった」
『かれら』にしたら、てつにしたらもっと痛くて、苦しかったんだ。
「あー……苛ついてんな。下ろそ下ろそ」
二人が木から離れる。腕の針はそのままに。
「!」
途端、巻きついていた木が、枝先から幹にかけてボロボロと崩れ始める。
私は宙に放り出された。
「ぅぐっ!」
腕が痛んで気が散る。でも、この高さ、今度こそ受け身をとらないと……っ!
「────?!」
下から吹き上がった大量の熱と火の粉に炙られ、
「ぅっ……ッ?!」
一瞬で肺が焼けた気がして。
そんな事確かめる間もなく、また横からの水の塊。
「ッッ……ぅ……」
意識を失いかけて、多分、床に転がった。
「寝ない」
「っ?」
頭を蹴りつけながら、黒がそんな事を言う。
「ちゃんとしなさいよ。まだまだかかるんだから」
「……遠い」
「こっからだぜ? 人間」
面倒くさそうに、愉しそうに。
「あれが来るまで、死ぬのは駄目」
希望を湛えた眼差しを、こちらに向けてくる。
……この景色、どこかで。
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