63 事の次第
「……と、いうような」
「なるほど」
既に
私と海江田さんから数メートル離れた後ろ、そこにはてつと遠野さんがいる。
「だからか」
てつの力を抑えても、私の『異常同調の修復』への──彼らを助けたい思いは強くて。それとその原因をぶっ飛ばしたい気持ちも。
そもそもが上からのお達し、ならば堂々成果を上げようじゃないか。
寝てしまって跳ね起きてからも、その考えは変わらなかった。『修復』が私にしか出来ないなら、なおさら。
私の意思を確認し直した
少しして、だいぶ前からあった計画なんだろうなと、その速さに納得がいった。
『同行者は今送ったリストから選んで下さい』
と、言われたから選んだんだけど。
『……』
選ばれた当の本人は、理解しかねるといった顔付きをした。
『なんで
てつにも若干不満そうにされた。いや選べって言われたから……。
『……この話、絶対危険じゃないですか。犯人に近付くんだし、そうでなくても亀裂は危ないし』
囮だとか、生け贄だとか。この前の海での言葉を思い出す。
そういう思想を持って、未だ私には『そう』とは伝えず、そんな所に素人を放り込む。この組織もだいぶヤバいなと、ちょっと前思い至った。
『だから、リストの中で一番強い遠野さんを選んだんです』
そもそも知らない人もいっぱい載ってるモノだった。横から、誰がこうでああだと、遠野さん自身に説明は受けたけど。それを加味しても『何かあった時に大丈夫そうなの』が遠野さんだと思えた。
『僕はこの間、死にかけましたよ?』
『遠野さん以外が同じ事になってたら確実に死んでたって、てつが言ってました』
そこに舌打ちの音が飛ぶ。
『その話か。いらねえ事を言った』
『だから回復も早いって……』
死にかける事を前提に話をしてる。これまたなんとも、嫌な選び方だ。
でも初めから、そっちではそんな考えがまかり通っていたのかも知れない。私達と行動する人は、生け贄なんだから。
『……説明ありがとうございます。理解出来ました』
目を細めたかと思うと、いつもの笑顔で言われた。
この人の人当たりの良い笑顔、私には胡散臭く見えるそれは、壁を意味する。この前、はっちゃけた力で事故的に気付いた。
まあ、壁はいい。いいけども。
『いえ、あの、死んでもいいやとか、こいつなら死んでも死なないとか、そういった判断では無いんです』
こっちは生け贄にする気は無いんです、全く。
『?』
『そもそも死んで欲しくありませんし、人様が目の前で死ぬのって誰でも嫌ですよね? 大体そうですよね?』
良く解ってないながら私の、てつからの力で
『言うならてつにも死んで欲しくないですし、あっこう言うと線引きしてる感じになりますけど! そういう意図も無いんです!』
何言ってんだこいつって顔をされた。二人共に。
『……要するに、死んで欲しくないという事をご理解頂けると、幸いです……』
その顔に少し挫けて、肩を落とした。
まあ、急にこんな事を言われたら、そんなリアクションにもなるだろう。分かる。
『なので、これで宜しくお願いします……』
けど変える気もない。
『………………分かりました』
それなりに固い声を返された。引きまくられている気しかしない。
そんな経緯を経て、今日。三つめの亀裂修復は、海江田さんの所──第三十三支部だった。
そういえば海江田さんの所属は
「優しいな」
目指すは山奥にある、寂れかけてる神社。その本殿の裏側に亀裂があって、中腹辺りから覆うように結界を張ってるという説明を──
「……私がですか?」
歩きながらのあっけらかんとした言葉に、反応が遅れた。何がどうしてそうなりました?
「おう」
明るく頷かれた。首を傾げてしまう。
「後輩が、こんなにやる気になってるってのにな」
これも、私の事だろうか。そしてなんでちょっと苦しそうなんだ?
「やる気……ですかね。これ」
亀裂──そこにいる
……この前、二度目の時。『かれら』こそが傷であり、それに苦しみ亀裂を広げ、自身と周囲を破壊していくのだと確信した。
だからのた打つ『かれら』を還すと、亀裂は暴力性を失い、荒れた『場』は元に戻るんだ。
「ぶっ飛ばしたい思いで動いてる部分も多いですけど」
あんな惨くて痛ましい、死んでも死ねなくて『自分』すら壊れてしまった『かれら』。『かれら』をそんな風にした犯人に、怒りがこみ上げる。
「ぶっ飛ばすのか」
「……そういう気持ちって感じです。でも」
歩きながら後方を意識する。遠野さんと並んで歩くてつ。今は狼の姿だ。
「てつに酷い事をした奴を……
見てから
「……おいお二人さん」
海江田さんが後ろへ声をかけた。つられて振り返る。
「良いのか?」
何について?
「……」
聞こえてるだろうにてつは顔を背けて、遠野さんは肩を竦めた。
「まあ、良いんじゃないですかね」
「逆にお前らが大丈夫か」
素っ気ない、というか力の無い二人に、海江田さんは少し驚いたようで。
私は申し訳なくなった。
「その、私が……特にてつはわた「関係ねぇ」……」
何がどう関係ないのかなぁ……。
「ちらっとは聞いたが……思ってたのと違うな」
目を瞬かせた海江田さんは、前に向き直りつつ頭を掻いた。
「思ってたのですか?」
少し傾斜がキツくなった、でもまだ整備されてる道を進む。
「あ、や…………うすーく揉めてるっぽい事を聞いてたんだが」
潜めた声に、目を丸くした。
「揉めて……? ……あ」
はっと顔を上げる。もしや、あれの事か。
そもそも言いかけたのは、てつが私を避けてるっぽいって話なんだけど。
「もしかして、第八支部の話ですか」
てつは最近色々とおかしかった。不機嫌だったり、見て分かるくらい不安そうにしたり。違和感ありまくりなのに、聞いても「問題ねぇ」の一点張り。
『修復』には絶対てつも居なきゃいけない。休んでてと言ってもすぐ隣にいるし。
何より『気』が、不安定で。
何か気付いてる節がある遠野さんも、結局止めてくれないし。それでもまだ、今より弱々しくはなかった。
「ああ……」
だから、少し不安になりながらも第八に向かった。そしてトンネルにあった亀裂を無事解いて、風が吹き抜けた時。
てつの気が、崩れるんじゃないかっていうくらい揺れた。びっくりして駆け寄ったら、
『来るな!!』
『ッ?!』
驚きすぎて、変な体勢で固まってしまった。
案の定転けて、同じくびっくり顔の遠野さんが手を貸してくれて。起き上がっててつを見ると、こっちも驚きを超えて固まっていた。
で、その時に掌を擦ってしまったりもしたんだけど。
「あれは私が転んだだけで、喧嘩とかじゃないんです」
第八に戻ったら、それを見た人達に誤解された。動揺してたらしいてつにすっごい距離を置かれてたのも、それに拍車をかけたようだった。
行きは普通に喋ってたし、隣に居たしね。
「怪我もこれくらいですし、自分でやっちゃったやつです」
大袈裟に伝わってたらやだな、と右手を上げる。細かいキズもほとんど治りかけてるそれをひらひらと振った。
「そうか。悪かった、変な事言って」
「いえ」
「……にしても」
ちらりと後ろを見て、
「すまん。何でもなかった」
海江田さんは前に向き直った。見ると後ろとは、最初より距離が開いている。
「……」
何でもないと言われてしまい、わざわざ話すのもどうかと口を閉じてしまう。
多分、海江田さんが言いかけたのは、さっき私が言いかけた事と繋がる。
後ろ二人の雰囲気が、いつもと違くないか?と。そしてそれは私のせいだ。
「……はぁ」
遠野さんは引かせてしまったし、連れ回してるようなもんだし。上司を連れ回すとは、なんという字面。
てつも私と微妙に距離を置いたまま、でも時々すごい寄ってくる。恐らく、未だ気は弱々しく、加えてこっちが不安になりそうなほど不安定なんだろう。
力を押し込めてる今は、何も読めないけれど。
「……。疲れたか? 通路が使えれば良いんだけどな。今は結界の中だからな」
「へ?」
顔を向けると、難しい顔をしてた海江田さんが、にっと笑顔を見せた。
「もうちょいだ。頑張ろう」
え、なんか眩しい。悩んでる脳みそと目にとても眩しいな、これ。
「……はい」
「行かなくて良いんですか?」
「何の話だ」
遠野の問いかけに、てつは唸るように返した。
「何のと言いますか」
睨み上げる顔に怯えもせず、笑顔のまま肩を竦める。
遠野はいつも通り、喪服のようなスーツに革靴。軽装とは言え登山に適した格好の海江田達と比べると、山を舐めてると言いたくなる服装だが、動作に支障はない。
「海江田さんと
言って、少し間を置いて付け加える。
「榊原さんの近くにいた方が、安定するのでしょう?」
少しずつ距離が開いた二人は、なにやら会話をしている。自分にはもう聞き取れないが、横の狼はその内容を、しっかり把握しているだろう。
そんな事を考えていた遠野の耳に、盛大な舌打ちの音が聞こえた。
「『目』を減らしたと思ったらそれか」
木々のざわめき、夏前の山の虫の声。距離もあり、あちら同様こちらの会話は、前を行く二人には聞こえない。
「だからこそ出来る話ですよ。僕に言われるほど、今の貴方は危うさを孕んでいる」
「てめえより弱いつもりはねえ」
「そうでしょうね。僕はそれほど強くありませんから」
「……」
ケッと吐き捨てる狼は、今や羆に近い大きさだった。しかし、煌めくその体躯は、見た目に反してどこか脆さを感じさせる。そして、手負いの猛獣と相対するような緊張感も。
「……貴方に何かあったら、一番に害を被るのは榊原さんですよ」
「ああ゛?」
その言葉に、てつは即座に牙を剥く。遠野は溜め息を吐いた。
「……てつさん。何に怯えて居るんです?」
言えば、その瞳が大きく見開かれる。
「最近の貴方はとても分かり易い。それは僕を信頼して警戒心を解いたから、などではないでしょう?」
分かりきった事を敢えて口にする。けれどそこまでしてやっと、狼は少しの冷静さを取り戻したようだった。
「……そもそもこんな事、
それをわざわざ、と道の先を見据えて言う。
皺の寄る顔は恐ろしいが、ただ不快感を表したに過ぎない。
「ええ、負えてないです。余るどころか死者が出る」
かなりの傾斜と凹凸のある、山道らしくなってきた道を、遠野もてつも難なく進む。前の二人も危なげなく登っており、それを観察するように、遠野の目が細められた。
「今回も、実際てんやわんやですが」
意識的に軽い言葉を使う。
「前回より被害が少ないんですよ。規模は大きいのに。てつさんはどう思います?」
「……さあな」
静かな声音で返される。
「俺は未だ思い出せてねえもんがあるが、それがお前らの望むものとは限らねえ。……あぁ、言えるのは」
同じく前の二人を見ていた目が、隣の人間へ向けられた。
「お前の知りたいもんを、俺は知らねえって事だな。十年前は、山に来る奴らの相手ばかりだった」
遠野の足が一瞬止まり、
「……しっかりしたらしたで、こちらが困りますね」
蹴躓く前に動き出す。
「あ?」
「あなた方のそういった気質を、忘れかけていましたよ」
にこやかな、しかしどこか困ったような表情を見せ、遠野は穏やかに言葉を紡ぐ。
「己の弱さを見せつけられた気分ですね」
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