63 事の次第

「……と、いうような」

「なるほど」


 既に簡易検査機ゴーグルを付けている海江田かいえださんは頷いて、後ろへ視線を投げた。

 私と海江田さんから数メートル離れた後ろ、そこにはてつと遠野さんがいる。


「だからか」




 てつの力を抑えても、私の『異常同調の修復』への──彼らを助けたい思いは強くて。それとその原因をぶっ飛ばしたい気持ちも。

 そもそもが上からのお達し、ならば堂々成果を上げようじゃないか。


 寝てしまって跳ね起きてからも、その考えは変わらなかった。『修復』が私にしか出来ないなら、なおさら。

 私の意思を確認し直した遠野とおのさんは上層部へそれを伝え、瞬く間に準備が整えられた。調査地は、被害規模が大きい所から順に回る。同行者兼指示者は一人。それと別に、調査地の各支部の者を都度付ける、などなど。

 少しして、だいぶ前からあった計画なんだろうなと、その速さに納得がいった。


『同行者は今送ったリストから選んで下さい』


 と、言われたから選んだんだけど。


『……』


 選ばれた当の本人は、理解しかねるといった顔付きをした。


『なんで遠野コイツを選んだ?』


 てつにも若干不満そうにされた。いや選べって言われたから……。


『……この話、絶対危険じゃないですか。犯人に近付くんだし、そうでなくても亀裂は危ないし』


 囮だとか、生け贄だとか。この前の海での言葉を思い出す。

 そういう思想を持って、未だ私には『そう』とは伝えず、そんな所に素人を放り込む。この組織もだいぶヤバいなと、ちょっと前思い至った。


『だから、リストの中で一番強い遠野さんを選んだんです』


 そもそも知らない人もいっぱい載ってるモノだった。横から、誰がこうでああだと、遠野さん自身に説明は受けたけど。それを加味しても『何かあった時に大丈夫そうなの』が遠野さんだと思えた。


『僕はこの間、死にかけましたよ?』

『遠野さん以外が同じ事になってたら確実に死んでたって、てつが言ってました』


 そこに舌打ちの音が飛ぶ。


『その話か。いらねえ事を言った』


 天遠乃あまえのの血だかなんだか知らねぇが、そこいらの人間とは段違いに気が図太い。大凡他の奴らが耐えられねぇ事にも耐えられるし、気は──魂は、留まる力を持っている。だとか。


『だから回復も早いって……』


 死にかける事を前提に話をしてる。これまたなんとも、嫌な選び方だ。

 でも初めから、そっちではそんな考えがまかり通っていたのかも知れない。私達と行動する人は、生け贄なんだから。


『……説明ありがとうございます。理解出来ました』


 目を細めたかと思うと、いつもの笑顔で言われた。

 この人の人当たりの良い笑顔、私には胡散臭く見えるそれは、壁を意味する。この前、はっちゃけた力で事故的に気付いた。

 まあ、壁はいい。いいけども。


『いえ、あの、死んでもいいやとか、こいつなら死んでも死なないとか、そういった判断では無いんです』


 こっちは生け贄にする気は無いんです、全く。


『?』

『そもそも死んで欲しくありませんし、人様が目の前で死ぬのって誰でも嫌ですよね? 大体そうですよね?』


 良く解ってないながら私の、てつからの力で彼ら・・を解放出来るならとは思ってる。


『言うならてつにも死んで欲しくないですし、あっこう言うと線引きしてる感じになりますけど! そういう意図も無いんです!』


 何言ってんだこいつって顔をされた。二人共に。


『……要するに、死んで欲しくないという事をご理解頂けると、幸いです……』


 その顔に少し挫けて、肩を落とした。

 まあ、急にこんな事を言われたら、そんなリアクションにもなるだろう。分かる。


『なので、これで宜しくお願いします……』


 けど変える気もない。


『………………分かりました』


 それなりに固い声を返された。引きまくられている気しかしない。





 そんな経緯を経て、今日。三つめの亀裂修復は、海江田さんの所──第三十三支部だった。

 そういえば海江田さんの所属は二十五支部うちじゃなかったと、いつか聞いたのを思い出す。


「優しいな」


 目指すは山奥にある、寂れかけてる神社。その本殿の裏側に亀裂があって、中腹辺りから覆うように結界を張ってるという説明を──


「……私がですか?」


 歩きながらのあっけらかんとした言葉に、反応が遅れた。何がどうしてそうなりました?


「おう」


 明るく頷かれた。首を傾げてしまう。


「後輩が、こんなにやる気になってるってのにな」


 これも、私の事だろうか。そしてなんでちょっと苦しそうなんだ?


「やる気……ですかね。これ」


 亀裂──そこにいる想いかれらを解き放つ。何故か分からないけど、それが私には出来る。

  ……この前、二度目の時。『かれら』こそが傷であり、それに苦しみ亀裂を広げ、自身と周囲を破壊していくのだと確信した。

 だからのた打つ『かれら』を還すと、亀裂は暴力性を失い、荒れた『場』は元に戻るんだ。


「ぶっ飛ばしたい思いで動いてる部分も多いですけど」


 あんな惨くて痛ましい、死んでも死ねなくて『自分』すら壊れてしまった『かれら』。『かれら』をそんな風にした犯人に、怒りがこみ上げる。


「ぶっ飛ばすのか」

「……そういう気持ちって感じです。でも」


 歩きながら後方を意識する。遠野さんと並んで歩くてつ。今は狼の姿だ。


「てつに酷い事をした奴を……鈴音すずねさんや天遠乃さんや、他にも沢山のひとに同じようにした奴の顔は見たいです」


 見てからどう・・するか決めようか。


「……おいお二人さん」


 海江田さんが後ろへ声をかけた。つられて振り返る。


「良いのか?」


 何について?


「……」


 聞こえてるだろうにてつは顔を背けて、遠野さんは肩を竦めた。


「まあ、良いんじゃないですかね」

「逆にお前らが大丈夫か」


 素っ気ない、というか力の無い二人に、海江田さんは少し驚いたようで。

 私は申し訳なくなった。


「その、私が……特にてつはわた「関係ねぇ」……」


 何がどう関係ないのかなぁ……。


「ちらっとは聞いたが……思ってたのと違うな」


 目を瞬かせた海江田さんは、前に向き直りつつ頭を掻いた。


「思ってたのですか?」


 少し傾斜がキツくなった、でもまだ整備されてる道を進む。


「あ、や…………うすーく揉めてるっぽい事を聞いてたんだが」


 潜めた声に、目を丸くした。


「揉めて……? ……あ」


 はっと顔を上げる。もしや、あれの事か。

 そもそも言いかけたのは、てつが私を避けてるっぽいって話なんだけど。


「もしかして、第八支部の話ですか」


 てつは最近色々とおかしかった。不機嫌だったり、見て分かるくらい不安そうにしたり。違和感ありまくりなのに、聞いても「問題ねぇ」の一点張り。

 『修復』には絶対てつも居なきゃいけない。休んでてと言ってもすぐ隣にいるし。

 何より『気』が、不安定で。

 何か気付いてる節がある遠野さんも、結局止めてくれないし。それでもまだ、今より弱々しくはなかった。


「ああ……」


 だから、少し不安になりながらも第八に向かった。そしてトンネルにあった亀裂を無事解いて、風が吹き抜けた時。

 てつの気が、崩れるんじゃないかっていうくらい揺れた。びっくりして駆け寄ったら、


『来るな!!』

『ッ?!』


 驚きすぎて、変な体勢で固まってしまった。

 案の定転けて、同じくびっくり顔の遠野さんが手を貸してくれて。起き上がっててつを見ると、こっちも驚きを超えて固まっていた。

 で、その時に掌を擦ってしまったりもしたんだけど。


「あれは私が転んだだけで、喧嘩とかじゃないんです」


 第八に戻ったら、それを見た人達に誤解された。動揺してたらしいてつにすっごい距離を置かれてたのも、それに拍車をかけたようだった。

 行きは普通に喋ってたし、隣に居たしね。


「怪我もこれくらいですし、自分でやっちゃったやつです」


 大袈裟に伝わってたらやだな、と右手を上げる。細かいキズもほとんど治りかけてるそれをひらひらと振った。


「そうか。悪かった、変な事言って」

「いえ」

「……にしても」


 ちらりと後ろを見て、


「すまん。何でもなかった」


 海江田さんは前に向き直った。見ると後ろとは、最初より距離が開いている。


「……」


 何でもないと言われてしまい、わざわざ話すのもどうかと口を閉じてしまう。

 多分、海江田さんが言いかけたのは、さっき私が言いかけた事と繋がる。

 後ろ二人の雰囲気が、いつもと違くないか?と。そしてそれは私のせいだ。


「……はぁ」


 遠野さんは引かせてしまったし、連れ回してるようなもんだし。上司を連れ回すとは、なんという字面。

 てつも私と微妙に距離を置いたまま、でも時々すごい寄ってくる。恐らく、未だ気は弱々しく、加えてこっちが不安になりそうなほど不安定なんだろう。

 力を押し込めてる今は、何も読めないけれど。


「……。疲れたか? 通路が使えれば良いんだけどな。今は結界の中だからな」

「へ?」


 顔を向けると、難しい顔をしてた海江田さんが、にっと笑顔を見せた。


「もうちょいだ。頑張ろう」


 え、なんか眩しい。悩んでる脳みそと目にとても眩しいな、これ。


「……はい」




「行かなくて良いんですか?」

「何の話だ」


 遠野の問いかけに、てつは唸るように返した。


「何のと言いますか」


 睨み上げる顔に怯えもせず、笑顔のまま肩を竦める。

 遠野はいつも通り、喪服のようなスーツに革靴。軽装とは言え登山に適した格好の海江田達と比べると、山を舐めてると言いたくなる服装だが、動作に支障はない。


「海江田さんと榊原さかきばらさんの方へ」


 言って、少し間を置いて付け加える。


「榊原さんの近くにいた方が、安定するのでしょう?」


 少しずつ距離が開いた二人は、なにやら会話をしている。自分にはもう聞き取れないが、横の狼はその内容を、しっかり把握しているだろう。

 そんな事を考えていた遠野の耳に、盛大な舌打ちの音が聞こえた。


「『目』を減らしたと思ったらそれか」


 木々のざわめき、夏前の山の虫の声。距離もあり、あちら同様こちらの会話は、前を行く二人には聞こえない。


「だからこそ出来る話ですよ。僕に言われるほど、今の貴方は危うさを孕んでいる」

「てめえより弱いつもりはねえ」

「そうでしょうね。僕はそれほど強くありませんから」

「……」


 ケッと吐き捨てる狼は、今や羆に近い大きさだった。しかし、煌めくその体躯は、見た目に反してどこか脆さを感じさせる。そして、手負いの猛獣と相対するような緊張感も。


「……貴方に何かあったら、一番に害を被るのは榊原さんですよ」

「ああ゛?」


 その言葉に、てつは即座に牙を剥く。遠野は溜め息を吐いた。


「……てつさん。何に怯えて居るんです?」


 言えば、その瞳が大きく見開かれる。


「最近の貴方はとても分かり易い。それは僕を信頼して警戒心を解いたから、などではないでしょう?」


 分かりきった事を敢えて口にする。けれどそこまでしてやっと、狼は少しの冷静さを取り戻したようだった。


「……そもそもこんな事、人間てめえらの手に負えねえだろう」


 それをわざわざ、と道の先を見据えて言う。

 皺の寄る顔は恐ろしいが、ただ不快感を表したに過ぎない。


「ええ、負えてないです。余るどころか死者が出る」


 かなりの傾斜と凹凸のある、山道らしくなってきた道を、遠野もてつも難なく進む。前の二人も危なげなく登っており、それを観察するように、遠野の目が細められた。


「今回も、実際てんやわんやですが」


 意識的に軽い言葉を使う。


「前回より被害が少ないんですよ。規模は大きいのに。てつさんはどう思います?」

「……さあな」


 静かな声音で返される。


「俺は未だ思い出せてねえもんがあるが、それがお前らの望むものとは限らねえ。……あぁ、言えるのは」


 同じく前の二人を見ていた目が、隣の人間へ向けられた。


「お前の知りたいもんを、俺は知らねえって事だな。十年前は、山に来る奴らの相手ばかりだった」


 遠野の足が一瞬止まり、


「……しっかりしたらしたで、こちらが困りますね」


 蹴躓く前に動き出す。


「あ?」

「あなた方のそういった気質を、忘れかけていましたよ」


 にこやかな、しかしどこか困ったような表情を見せ、遠野は穏やかに言葉を紡ぐ。


「己の弱さを見せつけられた気分ですね」



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